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【終了】平成24年1月28日(土)第4回「小さな勉強会」兼、新年会のご案内。



新東京新幹線車両センターのチルトシフト。(VQ1015 Entry+Picnik)

新東京新幹線車両センター
新東京新幹線車両センター 2009/06/13  はやて14号の車窓から
撮影したカメラ VQ1015 Entry +ファンシーフォーカス by Picnik

新東京新幹線車両センター
新東京新幹線車両センター 2009/06/13  はやて14号の車窓から
撮影したカメラ VQ1015 Entry +ファンシーフォーカス by Picnik

新東京新幹線車両センター
新東京新幹線車両センター 2009/06/13  はやて14号の車窓から
撮影したカメラ VQ1015 Entry +ファンシーフォーカス by Picnik

これはあたしの個人的な楽しみ。写真になにかを語らせようとしたり、表現の解釈を求めようとしているはずもなく、この写真に解釈の必要はない。ただ見ているうちにミニチュアのように見えてくる(たぶん)。

それは目眩であり、感覚表層に現れる視覚刺激との戯れ。この写真を楽しむこと(楽しめればだけれども)とはそういうことだろう。それは写真のノエマ《それは=かつて=あった※1を超えようとはしていないし、しようとも思わないし、できるわけもない。

ただこうして注釈のように添えられたテクストだけが、雄弁なのだ(ブログのノエマであるかのように)。

ということで午前7時起床。浅草はくもり。今日は午後から札幌入り。

※注記

  1. それゆえ、「写真」のノエマの名は、つぎのようなものとなろう。すなわち、《それは=かつて=あった》、あるいは「手に負えないもの」である。 (ロラン・バルト:『明るい部屋―写真についての覚書』:p94)
    もしくは「愛の抗議」
    『父と母が互いに愛し合っていたことを私は知っている、その二人が並んでいる唯一の写真を見て私はこう思う。永久に失われてしまうのは宝のような愛である、と。なにしろ私がいなくなれば、もはや誰もそれについて証言することはできないからである。そのあとには、もはやただ無関心な「自然」しか残らないであろう。それはまことに痛切な、まことに耐えがたい別離の悲しみであるから、ミシュレはただ一人、彼の世紀の人々に対して、「歴史」とは「愛の抗議」であると考えたのである。 (ロラン・バルト:『明るい部屋―写真についての覚書』:p117)  
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Written by 桃知利男のプロフィール : 2009年06月15日 08:04: Newer : Older

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コメント

一瞬「模型かな?」と見えますが、ホンモノなんですネ
ツ(^o^)シ

投稿者 ほっとあいず : 2009年06月15日 09:37

> ほっとあいず さん

はい、本物です。
このやり方の解説というのも既に書いてあるのですが未公開です。近日中に公開したく思いますが、あんまり需要はないでしょうね。(藁

投稿者 ももち : 2009年06月15日 09:46

凄いなぁ!
何度見ても、どう見てもNゲージにしか見えない!
絶対Nゲージにしか見えない!

なぜか、くやしいです。(笑

投稿者 よしかわ : 2009年06月16日 09:21

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