[店主戯言00203 2002/03/01〜2002/03/31 "There goes talkin' MOMO"

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2002/03/31 (日)  
【少なくとも我々は熱く行こうぜ!】

桃知@のぞみ79号%名古屋経由岐阜行きである。
明日は午前中に岐阜で一仕事しなくてはならないので,前日入りというわけだ。

空知から。
師匠、今、空知は熱い! ですよ。

で,いつものA木さま。
 経営トップの方々が真剣に「建設業の顧
客」とは何か?を考えている姿には、本当
に頭が下がります。
 今はそれほど実感できないかもしれませんが、
空知のみなさんは意識レベルが高く、気がつ
くと「道内建設業の先頭を走っている」と
驚くはずです。
 こうした建設業の真摯な姿を身近で見てい
るので、わたしも桃知さんも地場建設業者の
ことを本気になって考えているわけです。
 国土交通省はゼネコンの再編問題が一段落したら
今度は地場建設業の再編・統合に手を突っ込んで
くるでしょう。これは要注意です!

この指摘は正しいだろう。
国交省は間違いなく地場建設業の再編・統合に手を突っ込んでくる。

→CALSの自治体レベルでの全国展開はそのツールとして存在しえる。

そして,空知の方々同様に栃木の方々も熱い。
私は,病み上がり後,二つの事業者団体さまのIT化のお手伝いを,同時にさせていただいている。

それが,空知建協(北海道)と栃木建協(栃木県)なのだが,どちらの方々も,今熱く活動をされている。
そのエンジンはどちらも若手経営者の方々である。

→建設業の次世代を担う,若い方々のエネルギーしか,地場型中小建設業の閉塞を打破するものは存在しえないであろう。
→そして事業者団体でのIT化とは地場型中小建設業の真の顧客を見据えたミーム変革作業である。

一方こんなメールもいただいている。
>郡上建協は,こうしてどんどん先に行ってしまう。
>そこにあるのは,従来の事業者団体の機能を超える建協の姿だろう。

うらやましい団体ですね。当地の協会など、とり残されてつぶれる輩の集まりですよ。
協会が反主流と主流派に分かれて、仕事の分取り合いをしているのですから。
もちろん政治家たちが後ろに居ます。
○○○の業者みたいで、反主流の業者は指名もはずされてしまう、という愚痴が耳に、いつも入ってきます。
当社は、中立というより反でも主でもありませんが、主からは、当然 反と思われているわけです。
ほんとなさけなくなるし、悲しいものがあります。

これはどことは言わないが,まあ,日本国中のほとんどがこんな状況なのだろう。
つまり,危機の本質をなにもわかっちゃいないんだ。

→きっと何年か過ぎると(我慢していれば)また,昔のようないい時代が来ると信じている(信じたい)んだろう。
→でもみんなが信じている(た)神様は,とっくにみんなを見放している。

それは,今起こり来る危機を知らない方が幸せなのかもしれないが,市場原理の洗濯(選択)機は,そういう方々を排水溝に流し込むのは朝飯前の仕事なのだ。



【オヤジの復讐】

29万ヒットはまたしても北海道から。
小林様,ありがとうございます。

さて,昨日は多慶屋に行って,プリンタを調達。
EpsonのPM-830Cを1万8千円(税込)で購入。税抜きだと1万6千4百円,それにUSBのケーブルサービスだから,まあまあの線だろう。

ついでに,ウルトラマン(B)とキカイダーとハカイダーを2体とデビルマンの貯金箱を購入。
こっちの方がプリンタよりもずっと高い。

帰ってきてから,現実逃避気味に,以前,家人が調達してきていたX-PLUSのガメラを作成。
作成っていっても,頭と尻尾と両手両足を,胴体の結合部分をドライヤーで暖めながら,えいや!って組み込みだけなの,そういうしろものなのだけれども。

このガメラは面構えが好き。
姿勢はなにか座等市を彷彿させてとても好き。

私はこの年になってウルトラマンやゴジラやガメラなんていう,子供の頃にお世話になったヒーローや怪獣たちのフィギャを集めているのだが,自分自身で思うのは,それはつまり,まずは復讐なんだと思っている。

つまり,ガキの頃は欲しくても貧しくて買えなかったマルサン,ブルマァク,ってことだ。

マルサンもブルマァクも既に倒産しちゃった会社なのだ。(マルサンはその名前で復活
それは当たり前で,当時の顧客であるガキどもときたら,総じて今の子供たちのように金なんか持っていないし,親だって高度成長期の最中とはいえ,こどもにプラモデルやソフビの人形を自由に買い与えられる家庭なんてまれな存在だったわけだから。

当時の大人はウルトラマンなんて買わないわないしね。
ブルマァクが今存在していたら,ゴジラやウルトラマンで成長してきたオヤジ達を相手にそこそこの商売は出来ているのじゃないだろうか。

こう書くと,これらのおもちゃが私の復讐の怨念の塊のように思えるけれども,実はそれだけじゃないってものわかってはいる。

『幼少時の純粋な感情をぶつけた対象物だからこそ,熱き思い入れを込めることができるのだ。子供の頃に遊んだオモチャ達に再会して胸がときめくのは,オモチャを通して昔の空気,好きだった人々,食べ物,楽しかったこと,悲しかったこと等々が連鎖反応的に思い出されるからに他ならない。』(くらじたかし『マルサン−ブルマァクの仕事』,2001年6月10日,文芸春秋

そうなんだ,貧しかったけれども,なにかいつも楽しかった,(そう思えるだけかもしれないが),なんだかわからないエネルギーに溢れたあの時代が,いつも私の心の中にあって,幸せって事を考えるときにいつも思考のどこかに顔をだしているわけだ。

2002/03/30 (土)  
【(I Can't Get No) Satisfaction】

まずは,トップページの一お連カウンターが29万になりそうなのでお知らせ。
今回の景品は前回に引き続き,特性フェイスタオル。
今度こそサイン入りにしたいと思う。(笑)

■6月6日第3回IT CITY MESSE in GIFU(岐阜)

6月6日に行われる第3回IT CITY MESSE in GIFU(岐阜)で4時間の講演枠をいただいてある。
その演題を何にしようかとのメールが届いたので,以下のように返事をしてみた。

------------------------------->8
さて,6月6日の講演ですが,演題は
「それはIT化ではない −受注確保のためのIT化概論 −」
副題は 「建設業における信頼の再構築」
で行きたいと思います。

それから14年度の講演計画は今しばらくお待ちください。
以上,宜しくお願いします。
------------------------------->8

地場型中小建設業が建設業として生きるすべはいよいよ狭まってしまったなぁ,というのが最近の私の率直な感想である。
公共工事依存型の地場型中小建設業は,環境依存型の生き物であり,その自立とは,公共工事依存からの脱出と同義でしかない。

最近の公共工事ダメダメミームは何ゆえのものだろうと考える。
それは単純に「国・地方財政の悪化に伴うもの」なのだろうか。

→この視点でモノを考える限り,今の閉塞は永久に解決されることはないであろう。
→なぜなら財政の好転なんか永遠にありえないから。。。

公共工事に依存する限り,その環境で生きる地場型中小建設業の生死は,その環境(公共建設市場)変化に左右されるのであり,その環境変化の中で生殺与奪権を握るのが誰なのかを確りと見極めなくてはならない。

それが顧客という言葉の持つ意味であろう。

私の中小建設業IT化論は全てここから始まる。
すなわち,市場を考察し,そこに流れる原理(市場と公共工事と建設業)を考察する。

つまり制度・慣習=環境×原理である。
IT化(制度・慣習)とは,環境と原理の乗数でしかない。

そして,この視点からのIT化の考察は,ほとんどの方々のIT化の取り組みを根こそぎ否定することになるだろう。

そして私はこういうだろう。
「それはIT化ではない」。それじゃ仕事は取れません,ってね。

■建設CALS/EC研修センター(岐阜県)での平成14年度講演計画

岐阜県の建設CALS/EC研修センターも3年目を迎える。
今年は隣接して建設されたワークショップ21に宿泊設備も完備されるので,宿泊付きの研修を行う予定で,現在その内容の検討を行っている。

具体的には昨年法大のエクステンションカレッジで行ったものの大幅改定グレードアップ版にする予定で,それを1泊2日の宴会付きを1回として,毎月1回開催,4ヶ月ぐらいで全ての内容が完了するパターンで考えている。

内容はめちゃくちゃ高度にする予定であるが,私の言う「高度」とは,どこかのCALSセミナーみたいに,聴衆を煙にまくような話ではなく(つまり,わざとわかりにくい話にするのではなく),本当に内容が高度なだけで,話は極めてわかりやすいことを心がけるつもりでいる。

→内容が高度なことはわかりにくいと同義ではない。

そして,受講料も低く抑えて,なるべく沢山の方々に全国から岐阜においでいただけるようなものとしたいのだ。
→とにかく旅費がかかる。

そのためには,私の経費はボランティアベースでと考えている。
後はCALSセンター次第だな。

■出版の準備

ちっとも進んでいない原稿書き。
編集氏からのメール。

先日の桃知さんの富士ゼロックスでの講演は、私も大変勉強になりました。
桃知さんの考えておられることが大変よく分かる内容でした。
また、ホームページにアップされておりますPPも
改めて拝見させていただきました。
これで、出版予定の本の構成は承知いたしました。

細かい点は、原稿の進行とともに、打ち合わせさせていただくとしまして
お忙しい合間をぬって、少しずつでもご執筆いただくか、
どこかでまとめてお時間を取っていただき、一挙にご執筆いただくか。

いずれにしましても、なんとか、秋頃には、
書店の店頭に桃知さんの処女作を並べることができれば、
当方としましても、ありがたいと思っております。

出版物は、桃知さんの分身となって、全国に伝播していき、読者の手に取られて、
ミーム理論を、中小建設業の皆さんに伝授していく力があると思います。

超ご多忙のところ、ご執筆のお時間を取っていただくのは大変難しいとは思います
が、
なにとぞ宜しくお願い致します。

ナイス・プレッシャーである。

■引越しの続き

浅草は快晴で雲一つなく青空が広がっている。
なので,私は引越しの続きを黙々とするのだが,その前に資材調達に多慶屋へ行ってこなくっちゃ。

2002/03/29 (金)  
【机とバイオライトが到着した】

私の部屋に,ようやく机とバイオライトが設置された。
これで椅子に座って仕事が出来る環境となったわけである。

さて,VEセンターの水田氏からのメール。
水田です。
全官庁機関にCIOの天上がりがなければ、電子政府はできません。
VEセンターのHPが機能していませんので、このメッセージをこころある人に
配布をお願いします。

Hiroshi Mizuta

Virtual Enterprise Center Nippon (NPO)
HP: http://www.ven.gr.jp

そして,以下は添付されてきた新聞記事の内容。
天上がり422人
行革などで民間人活用増
−2002.3.29(金)日本経済新聞
総務省は28日、国と地方自治体の人事交流状況と、国が民間企業から受け入れるいわゆる「天上がり」職員の状況(いずれも平成13年8月現在)をまとめた。それによると、地方から国の室長級以上に出向しているのが、32人だったのに対し、国から地方の部長級以上のポストに就いているのは281人に上った。
国から地方への出向者は前年より13人少ない1606人で、内訳は都道府県へ1219人、市町村へ387人。一方、地方から国への出向は116人減の1680人。市町村の出向者は117人だけで大半が都道府県からだった。
地方分権整備法施行や住民の自治意識の高まりなど地方の自立に向けた環境が整いつつあるが、人事交流は依然として国依存体質であることが浮き彫りになっている。
また、「天上がり」状況は、常勤、非常勤合わせて422人と前年を77人上回った。内閣官房の情報収集、行政改革関係で民間人の活用が多かったのが増えた要因。企業以外の弁護士、公認会計士ら12人を含めた民間全体の受け入れ数は464人だった。

以上,配布終了。


【(WHAT A) WONDERFUL WORLD】

桃知@のぞみ14号東京行きである。
今日は美濃加茂市からの帰りである。

昨晩は,堀建設CALS/EC研修センター長と(センター長としては)最後の晩餐。
堀センター長,2年間本当にご苦労様でした。

あなたじゃなかったら,岐阜における建設業のIT化はここまで進むことは無かったでしょう。
新しい職責でも頑張ってください。

で,私は昨晩は相当に飲んだくれていて,最後は眠ってしまって記憶がな〜い。
最近,ビールと日本酒を一緒にやると,まず間違いなく眠るんだなこれが。

で,今日は痛い頭に気合を入れながら,美濃加茂市建設業協会さんまで出向いてサーバーの設定をしてきた。

歴史に凄く詳しいわけでも
生物学に強いわけでもない
科学だって フランス語だって
ぼくはそんなに知らないけれど

でも,サーバーの設定ぐらいはできるんだ。。。

って,(WHAT A) WONDERFUL WORLDだな。

2002/03/28 (木)  
【今日は郡上へ】

桃知@ひかり211号で岐阜羽島下車郡上行き%今はおにぎりを食べている。

最近,私は好んでおにぎりのお弁当を家人に要求している。
もう駅弁には飽き飽きしているし,そしてなによりも,おにぎりには,握った人のパワーがみなぎっている。

→だからおいしい!

今日は,郡上建協さんまでISOの文書管理システムの打ち合わせでおでかけ。

郡上建協さんはISOを会員の皆さん(といっても希望者だけだけれどもね)でグループ認証を受けているわけで,会員企業のISO認証の取得率で言っても,多分全国bPの建協かもしれない。

当然に,この取得には協会イントラネットを活用しており,コンサルティング費用を大幅に削減している(コンサルもイントラを使って指導しなくてはならないのだ),という実績があり,ISOの電子会議室は取得時のデジタルマニュアル化している。

この実績をもとに,今回第2期の方々の取得も開始される。

そこで,IT野郎の私としては,次のステップも当然に準備しているわけだ。
それがISOの文書管理システムってことだ。

今回は協会のサーバーでASP的に会員に提供できるシステムを考えている。
会員各社は,自社サーバーを持たなくとも,ISO文書のデジタル化が簡単にそして格安に出来る仕組みを,協会が提供しようというわけだ。

郡上建協は,こうしてどんどん先に行ってしまう。
そこにあるのは,従来の事業者団体の機能を超える建協の姿だろう。

→ここを理解していただけるだろうか。

→結局は護送船団方式ではないのか,という非難もあるだろう。
→確かにその通りではあるが,ここには従来の護送船団方式を凌駕する戦略が存在する(とだけ書いておく,まだ公にするものでもない)。

地場型中小建設業の場合,所属する協会幹部の方々が,ここに気がつかないばかりに,会員企業は自らのステップアップの機会を逃しているところもあろう。

→中には露骨にIT批判をされる方々もおられるが,個人的にそうであることに対して私はとやかく言うつもりはない。
→しかし,それを会員各位に強要するよな態度を取られる方をたまに見かけるが,それは果たして協会の牽引者として正しい姿勢なのだろうかと思うのだ。

つまり,ここで事業者団体の機能は閉塞する。
これは,特に地場型中小建設業,零細企業にとっては死活問題になりかねない問題であると指摘しておこう。

確かにIT化は個々の企業の問題である。
そしてIT化は時代の趨勢であり必須である。

しかし地場型中小建設業の多くは何がIT化なのかを知らないままでいる。
そこに指針を示すのも事業者団体の仕事だろう。って,こんなこと私がいまさら言うまでも無いことだろうけれどもね。

2002/03/27 (水)  
【大学芋っていうより博士課程いも】

外出したついでに千葉屋で大学いもを調達してきた。
ついでに切揚も。

これは想像を超えて本当にうまい。
たかが芋されど芋なのである。

切揚も当然に薩摩芋なのだけれども,これもまた趣向が違ったうまさであって,癖になるなぁ,多分。。。

それから近所の酒屋に電気ブランが売られているのを発見。
まあ,これは神谷バーで飲んだ方が趣はあるだろうが,遠方の方で電気ブランを是非に飲んでみたいと言う方がおられましたら,ご依頼くださいませ。発送承ります。

しかしだ,この酒屋,店内にちゃんとカウンターがあってね,まだ日も高いというのに,もっきりで一杯やっている爺が沢山。
WINSも近いしね,愛すべき方々が多いのは確かなんだよ。



【東京は雨】

私の部屋にはまだカーペットも机もない。
→それぞれ28日,29日に到着する。

カーテンもまだない。
→昨日,秋葉のヤマギワに正式に発注した。

既製品が合わないのでオーダーになってしまった。
→つまり,あと2週間ほどはカーテンなしの生活ということだ。

ようやく先ほど自分の部屋の照明器具を装着してみた。
→不器用でもこのぐらいはできるわけだな。

でも,まだリビングの照明器具は届いていない。
照明器具どころか,リビング関係はまだな〜んにも届いていない。

ウォッシュレットの取り付けも終わっていない。
なにやら取り付け金具があわないとかで4月5日予定になってしまっている。

つまり,私の引越し整理作業は暫くの間続くわけだ。
→こういう時には脳みそは思考を拒否しているわけで,暫くの間は,このようなどうしようもないような文章を書き続けるだけだろう。

東京は今日は雨。
部屋から見える,観音様の五重塔も花やしきのスペースショットも雨にけむっている。

今日は空知建協はGBの勉強会だったはずだったな,とふと思う。



【今日は一日中引越しの続きなわけだ】

引っ越してきてはじめてのゴミだし。
ゴミだしっていうのは,ローカルルールの塊のようなものなので,最初のデビューは緊張するものなのだ。

ゴミをだして,散歩がてらにROXのデニーズまで行って朝食。
帰ろうとしたら雨が強くなってしまっていて,近くのコンビにで傘を調達してしまった。

帰りはWINDSの前を通って花やしきの裏側の通りを抜けて帰ってくる。
こうして歩いてみるとROXは近いっていうよりも,浅草の真ん中で生活し始めたんだなぁと思う。

しかし,この愛すべき(っていうよりも不思議な)街では,まだまだ私はお客さんなわけで,知らないことが多すぎる。
→なので暫くは散策の日々が続くだろう。

昨日から使い始めたAirH"128Kはいたって快調。
32Kに比べれば,はるかにストレスは軽減した。

新潟の近藤さんからお米20K到着。ありがとうございます。m(__)m
SGSの大月さんからすき焼き用牛肉到着。ありがとうございます。m(__)m

と言うことで,私は今日は一日中引越しの続きなわけだ。

2002/03/26 (火)  
【ふむ】

昨日は栃木建協でのスタートアップセミナーを終えての懇親会。
→会場はなぜか郡上建協さんのご指名で,相撲茶屋玉龍さん。

菊池栃木建協会長さんは(お酒も飲めないのに)ず〜っとお付き合いしていただいたわけで,私は,建設業協会の会長っていうのはこれだよね!ってね,それこそ納得しながら酒飲んでちゃんこ鍋を食べていたわけだ。

まあ今のところ,お世辞にも栃木建協全体のIT化レベルは高いとは言えないし,栃木県庁側の意識も岐阜県庁に比べれば,それはお寒い限りだろう。

だけれどもね,今回で郡上建協の方々とのつながりは出来たわけだし,私も居る(って,たいした力にはなれないかもしれないが)。

つまり,とりあえずは関東圏1を目指そうってことだ。

ということで,昨日は郡上建協の皆様と新幹線で帰ってきた。
上野駅で下車して,自宅までタクシー。

料金900円。
うれぴー!

ということで,今日は午前中は水道橋へ。
午後から秋葉。

2002/03/25 (月)  
【今日は宇都宮へ】

■引越しで一番疲れたこと

引越しのついでに,電話をiナンバー対応にしてみた。。。らしい。
そしたら,今まで使っていた年代モノのダイアルアップルータ,NetVehicleが使えないのだ。

ファームウェアをバージョンアップしようにも,そもそもインターネットにつながっていない。
なので,急遽ターミナル・アダプタを購入することにした(そうしないと電話がいつまでも使えないのだ)。

しかし,TAって最近は売ってないのだね。
秋葉のサトー無線でこれも年代モノのAterm IT60Lを見つけて7,800円(税抜き)で購入してきた。

TAの設定なんて何年ぶりだろう。
それもこのTAはWin98時代のもの,私のマシンは全てWin2Kだし,家人のはMeだものね,先が思いやられたわけだが,その通りなのであった。

まずは,Meのマシンでセットアップ。
。。。しようとしたらCD-ROMドライブが不調。

ソーテックのマシンなんだけれども,ここのマシンはどうも耐久性に問題があるな。
それで,急遽,私の携帯用CD-ROMドライブ(TEAX製,USB接続,ドライバは自動で認識,その上電源なし)をつないでセットアップした次第。

その後はいたって順調にことは進み,しばらくぶりに,ISDNでso-netにつないでみる。
なんか懐かしいスピード。

それから,新しいファームウェアをダウンロードし,バージョンアップ。
そして,新しいユーティリティもダウンロードしてバージョンアップしてみた。

まあ,インターネット接続はOK。
問題はその後の電話機の接続&設定なのであった。

もういろいろあって書きたくも無いが,設定時間を書いておくと3時間である。
たかだか電話機2台でだ。。。(T_T)

■今日は宇都宮へ

本日は以下の予定で宇都宮へ。
浅草 11:02 営団銀座線 上野 11:07
上野 11:30 Maxやまびこ 103号 宇都宮 12:14

やまびこで,郡上建協の前田会長と一緒になる予定である。
本日は,栃木建協の経営者の方々向けに協会ベースでのIT化の取り組みを説明する(すでにイントラネット研修の第一弾は終了しているので順序は逆なのだが。。。)。

私の説明よりも,ここは日本で一番IT化の進んでいる協会の会長自らお話いただいたほうがよろしいだろうということで,前田会長に遠路ご足労をお願いした次第。

しかし,出発の準備をしようにも,どこに何があるのか。。。わからん。

2002/03/24 (日)  
【まだまだ引越し整理中】

くたびれている。。。
なので,休みだわ。

2002/03/23 (土)  
【引越し中】

ほとんどの荷物が新居に運び込まれた。
私は当然に自分の部屋担当なわけだが,溢れる書籍とフィギャアの前で唖然としている。。。

。。。つづく。

2002/03/22 (金)  
【今日も元気に引越し準備中だよ】

荷物ってものは,後から後から出てくるものだ。
部屋中ひこしのサカイの箱だらけになってしまっている。

本日の私は一人でPC周り,電源関係の整理。
家人は引越し先の掃除に出かけたので一人ぼっちなのだ。

しかし,なんでこんなにLANケーブルやら電源コードっていうのは沢山あるのだろう?
たかだか3年ちょっと住んだだけなんだけれども,まあ,いろいろとたまるもんだ(っていうよりも人間てヤツはためるのだろうな)。

インターネット環境は,既にCATV関係からはずしてしまっているのでね,今はH"の32Kbpsを使っている。
まあ,いつものように外にいる時を考えれば,たいして変化は無いのだが。。。

今は,エアコンの取り外しとウォッシュレットの取り外しに電気屋さんが見えている。
なぜかトイレ水浸し。。。

しかし雑巾の場所なんてわからないわけで,バスタオルでふきふき。。。
なんだか,引越しは楽しい。。。しかし,疲れる。

2002/03/21 (木)  
【引越し準備中】

北海道から帰ってきたのもつかの間,私は既に引越しモードなのである。
とにかく私は今回の引越しについてはなにもしていないわけで,そのツケはここに来てどっとやってくるわけだ。

午前中から御徒町にある下町のデパート多慶屋でいろいろと調達。
絨毯とかソファーとかそういうものなんだけれどもね,まあ,ここはとにかく安くて怪しいのだよ。

その後,近くのイタ飯屋で昼食をして,そのまま歩いて秋葉へ移動。
ミナミで空気清浄機を2台調達。

ついでにTゾネでH"の128K固定サービス用のカードを購入してきた。
なにしろ引越し先でADSLが使えるのは来月10日以降らしくて,暫くは26日からサービスが開始されるこれが頼りなのだ。

そして,必要な電化製品等を見てまわる(それらはこれからネットで調達なのだ)。
それで午後4時になってしまた。

それから引越し先へ移動。
今頃部屋の大きさを確認している。。。あほか。。。

まあ,いろいろとする予定だったのだけれども,タバコを一服して帰ってきてしまった。★\(^^;
24日までは引越しのため業務はお休みです。

店主戯言は私の肉体的な疲労次第ですな。

2002/03/20 (水)  
【脳軟化症状態】

桃知@岩見沢%ホテルでコアップ・ガラナを飲んでいた。
吉川さん,差し入れありがとう。

。。。これじゃ昨日とおんなじだ。
でも,昨日と同じ今日が始まるのも確かか。

今日も空知建協さんでイントラネット勉強会。
後残すところ1回。つまり今日は午前中でお終いなのである。

嬉しいって言えば嬉しいなぁ。

昨日は,北海道の地元の一般紙さんが取材にこられていて,こう聞かれた。
「なんの為にやっているんですか?」

私は心の中では「こいつは阿保か」と思ったのは当然なのだが,それはこの業界を知らない方なのだからと,瞬時に気を持ち直し,優しく言った。

「建設業の持っているミームを変えているのですよ。」

しかし,この言葉を出した瞬間,私は失敗したなぁ,と思ったわけだ。
つまり,私は貴重な休み時間をつぶして,この記者さんにミームのお話から始める羽目になってしまったわけ。

→一所懸命説明したのだけれども,たいして興味なさそうだった。(T_T)

一般紙の方々から見れば,また建設業者がなにかわけのわからないことを始めたぞ,ぐらいにしか思えないのかもしれないなぁ,と私自身の力の無さを痛感したわけだ。

それは,私自信が地場型中小建設業という限られたドメインの中で通用する言葉を沢山使っているってことだ。
それじゃ想いは伝わらない。

と言うことで,今日は帰る。久しぶりにだ。

2002/03/19 (火)  
【電子調達はうまくいかなかったけれども勉強会はうまくいった】

桃知@岩見沢%ホテルでコアップ・ガラナを飲んでいた。
吉川さん,差し入れありがとう。

昨日のお願いは,私が如何に都内にシンパを持たないかの証明をしたようなもので,反応があったのはようやく夜。
吉谷さん,ありがとう。でも秋葉原のお店にお願いしてしまった後だったよ。

昨日は空知建協勉強会初日。
はっきり言おう,思ったよりもかなり出来が良い!(*^^)v

終了後,Microsoftの平野氏を交えIT委員会会議。
その後場所を変えて懇親会。

勝井さんの準備してくれた旭川の男山の大吟醸,木綿屋七ツ梅をいただく。
この大吟醸は驚く程すがすがしい香りをもち,その飲み口は限りなくスムーズである。

驚くべき大吟醸である。
すばらしい!

さて,本日午前中は役員様向けの勉強会である。
私の疲労もピークだが,今回の勉強会の山場も今日なんだわね。

2002/03/18 (月)  
【お願い】

お願いがあるわけだ。
私は23日に浅草に引っ越すのだけれども,部屋の照明器具とカーテンの手配をすっかり忘れていたわけ。

どなたか,浅草で仕事をしてくれる照明器具屋さんと内装屋さんを紹介してくんなまし。^m^



【岩見沢です】

桃知@岩見沢%金の烏龍茶を飲んでいました。
シャワーを使おうと思ったら,ちっともお湯になってくれません。

外気が冷たいせいなのでしょうが,なんともなのです。

さて,私は今日から空知建協イントラネット勉強会を20日まで行います。
つまり,3日で5回の勉強会を連戦を行います。

これは,かなり疲れることは目に見えてはいるのです。
体力と,忍耐力(笑)と根性(大笑)がないと出来ません。

今日は午後からMSの平野氏もおいでになる予定です。
夜はみんなで懇談会の予定です。

2002/03/17 (日)  
【こんどく】

桃知@高山%今日はホテルで煎茶を飲んでおりました。
ここ高山は,私の「今の仕事(岐阜県におけるIT化戦略)」が始まった地でもあり,思い入れもまた深い。

あの頃を思うと泣きたいような気持ちにもなる。

昨日は高山管設備工業協同組合さんで講演。
ドメスティックな産業としての地場型中小建設業。
この地における,その存在意義の問題。

そして,昨晩は,「きよみず」さんで,鴨鍋と手羽先をいただきながら懇親会。
ここの手羽先は,私たちが名古屋近辺で馴染んだものとは違うのだけれども,胡椒,カレー,七味,どれもがとてもおいしい。

さて,昨日岐阜駅を出るときに,キヨスクで買った本。
エドワード・ファウラー,川島めぐみ(訳)『山谷ブルース』,新潮社,2002年3月10日。

山谷ブルースって言えば,私的には岡林信康なわけだ。

山谷ブルース

岡林信康 作詞/作曲


今日の仕事はつらかった
あとは焼酎をあおるだけ
どうせどうせ山谷のドヤ住まい
他にやることありゃしねえ


一人酒場で飲む酒に
かえらぬ昔がなつかしい
泣いてないてみたってなんになる
今じゃ山谷がふるさとよ


工事終わればそれっきり
お払い箱のおれ達さ
いいさいいさ山谷の立ちん坊
世間うらんで何になる


人は山谷を悪く言う
だけどおれ達いなくなりゃ
ビルもビルも道路も出来やしねえ
誰も分かっちゃくれねえか


だけどおれ達や泣かないぜ
働くおれ達の世の中が
きっときっと来るさそのうちに
その日は泣こうぜうれし泣き

(この歌詞の出典はこちら)

私は翻訳書の場合「訳者あとがき」から読む癖があって,実はこの本はまだ「訳者あとがき」を読んだところに過ぎない。
なので,後々その思いは覆されるかもしれないが,なんとも複雑な心境にさせられる「訳者あとがき」なのである。

多分,私もこの訳者のよう人間なのかもしれない,と思うのだ。
つまり,「本当はなにもわかっちゃいない!」

自らの正当性を保つためにわかろうとしていないのかもしれない。
→訳者の一連の女性軽視関連(つまりジャンダーだ)の記述を読んでの感想。

さて,今日はこの文庫本をポケットに入れて名古屋空港から新千歳に飛ぶ。
名古屋-新千歳よりも,高山-名古屋空港の方が時間がかかるのはご愛嬌である。

明日から岩見沢三連戦である。

2002/03/16 (土)  
【今日は高山へいくだ】

桃知@大垣%ホテルで梅茶をいただいておりました。
今日はこれから高山へ。

時間が無いので常套手段(笑)。
A木さまのお言葉。

 政官業の問題は@政治家は建設業界からの金と票を期待できないA官庁は天下り
先を失うB建設業界は激烈な市場原理の中に放り込まれるーの三方一両損の考え
方があるが、このとき最も大きな被害を受けるのは地場建設業ではないでしょうか?
地場建設業者がいきなり「市場原理という洗濯機」(桃知氏)に放り込まれたときに
かつての「タバコ屋」のように業態そのものが跡形もなくなる恐れがあります。
 やはりハミングを入れて「手洗い」しないと…。
 国内の中で「地場建設業」という視点でその過渡的なシナリオを設計できる人はほとんど
いません。(桃知さんぐらいかなあ〜国島正彦先生でも地場建設業に特化した考えではない
はずです)。だから「解」はわれわれが見つけるしかありません。でも時間が間に合うか?
それが最近の憂鬱です。

そう,はっきり言って「答え」は無くて,こういう時に必要なものは「別解力」なわけだ。
で,「別解力」については,また後程。

2002/03/15 (金)  
【ご心配メールをありがとうございます。】

昨日,一昨日と,二日続けて,(↓)のようなこと書いたものだから,ご心配のメールを沢山いただいてしまいました。
私の体は,まあ,元気であります。(少々疲れ気味ではありますが)

しかし,問題は私の脳みそでありまして,これが現在,大量の情報を(キャパを超えて)整理している最中でありまして,つまり(↓)のような按配なのです。

ご心配をお掛け致しました。<(_ _)>

さて,昨日は午後から新宿打合せ2連戦。
最終の打ち合わせ終了は午後8時を過ぎました。

それから,MSKKの平野氏,安田氏とVISIO鮨(後楽のことだよ)でいろいろ。。。
家に辿り着いたのは,日付変更線をまたいでから,という具合なわけです。

それで,今日は,大垣へ移動します。
新潟の私の関与先の皆様(新潟電設業協会さんと新空衛さん)が,ドリーム・コアを見学に来てくれますので,同伴(笑)です。

ただ施設を見学してもね,それはつまんないので,建設CALS/EC研修センターにて,岐阜県建築士事務所協会の向井会長と郡上建協の前田会長から,生で岐阜県の先進事例の話を聞いて頂く,というオプションを準備いたしました(贅沢な組み合わせだね,これは!)。

そして夜は,講師の皆さんを囲んで,当然のように懇親会が準備されています。
つまり,私は大垣泊です。

明日は,大垣から高山へ移動します。
高山管設備工業協同組合様で久しぶりの講演をします。

お題は,当然に「ミーム,ミーム,ミーム」なのです。
3時間ほど,ずーっとミームの話ですな。

そして夜は,私を囲んで,当然のように懇親会が準備されています。
当然に高山泊です。

日曜日は高山から名古屋へ移動し,名古屋空港から新千歳へ飛んでいくのです。
月曜日(18日)から水曜日(20日)まで,空知建協3連戦です。

多分。。。当然のように毎晩飲んでいるのかもしれません。。。

こうして,私の3月は(皆さんと同じように)あわただしくも,賑やかに過ぎていくのでした。
そして,今,我が家は引越し準備の真っ最中。

ゴジラとガメラが一緒にやってきたような状況なのです。

2002/03/14 (木)  
【脳死状態】

脳死状態中。

2002/03/13 (水)  
【お疲れ】

お疲れ中。

2002/03/12 (火)  
【後楽の鮨はやっぱりうまい!】

私は,この戯言を例によって前日に書いているのである。
すなわち,私は後楽でビール1本,冷酒2本をいただき,酔っ払って帰ってきたところである。

今日(本当は明日)は,朝早く羽田へ移動して,北海道まで飛ばなくちゃいけないので,戯言を書いている時間がないのだ。

読者様からのメール。
この前は空知のほうにいかれていたそうで
なんとか十勝にきていただきたいのですが
どうもきてもらう方法がねえ・・・・

店主戯言拝見しました
>根本的な問題を作り出したのは誰なのか?

その答えは政治家ですか?だとしたらわたしゃ違うと思うんですよ
本当はその取り巻きたる有権者(建設業界)じゃないのかなと思うのですが

>地場型中小建設業はどこまでも制度依存の存在なのだ
>金魚の自己努力(内部的な努力)は,制度依存の中では
>どこまでも悲しいマスターベーションでしかない

その制度を作ったお偉方(政治家、官)が悪いのか?
じゃあ業界の中で出る杭を抜くような真似をなぜ業界自身でしちゃうのでしょう??
(出る杭はたたくのではないですよ。この辺は抜かれちゃうんですよ)

>いつまでもこの状況を保持しておきたい,というのがミエミエなのだ。
>→コンピュータも使えない哀れな建設業従業者という集団。
>→つまり弱者としての地場型中小建設業というマス。

保持しておきたいのは政治家ではなく業界本体でないのかな
そう思うんですけど。どうでしょう?

業界(私の地元だけかもしらんけど)が「このままじゃやべえぞ」って気が付くのは
大やけどしてからでないと分からんのでないかな

手後れ?そうでしょうね。けれどその手後れの中で
私らはもがいて行かなきゃならんのですよ
ほんとに・・・

とまあ、長文愚痴メールになってしまいましたが、
鈴木なにがしを産出した地元としては、あながち外れていないと思うのですが
いかがでしょう?

私の話には必ず裏があります。(笑)
→これは大切なことで,単純に読むと損をします。

昨日の私の話は,そのまま業界に向けた話と深読みすればよいのです。
なので(↑)のメールの解釈はそれでいいわけですけれどもね。

そういう風に読んでいただくために書きました。

って,酔っ払っていい加減なことを書くのもなんなのでとりあえずお終い。
わたしゃ北海道へ移動だ。

2002/03/11 (月)  
【今日のお話し】

■赤坂で講演

今日は午後から赤坂で東建協さん向けの講演。
終わったら四谷にでも寄って,後楽で鮨でも食べて帰ろうかと思っている。

しかしだ,問題は今日の講演枠が2時間しかないってことだわ。
最近,短い講演は全然納得できていない。つまり,全くもって自信が無い。

私の話は,私の考察が前提としている条件の説明に時間がかかる。
それは,私の話が,制度・慣行(IT化)=環境×原理から始まるから。

原理としての市場をミーム理論から話す。
環境の変化としての開発主義の終焉とポスト工業社会の到来 and etc.も説明したい。

そして,そこから導き出される乗数としての建設業のIT化を語る。
これが最近の私の講演パターンなわけだ。

なので2時間枠の時は,この前提条件(環境と原理)を中心に話すのか,それとも前提は軽めにして乗数としてのIT化について話すのか,で違ったものとなってしまう,っていうか,聞いている方の桃知理解度によっては,勘違いされちまうような内容になってしまうわけだ。全く困ったものである。

→困ったものである,と言えば,私の理解も日々変化しているので,毎回の講演が微妙に違う。

私をおよびくださる皆様へ,是非,私には最低4時間枠で話させてくださいな。
2時間でも4時間でもお代一緒なのですから。。。(笑)

■合理的な愚か者(アマルティア・セン)

野中広務氏曰く(私は基本的にはこの人は嫌いではない)。

リストラ,失業者対策としてのセーフティネットの構築が打ち出された。IT研修の費用負担もそのひとつだが,たとえば昨日まで建設現場で汗を流していた人が,パソコン教室に通って一〜二カ月でこれをマスターし,新しい職場を見つけることが果たして可能なのだろうか。(中央公論4月号,62頁)

私から言わせていただければ,『馬鹿にするな!』なのである。
いつもこのやり口なのだ。この方々は。。。

そういう現状(たとえば昨日まで建設現場で汗を流していた人が,パソコン教室に通って一から二カ月でこれをマスターし,新しい職場を見つけることが果たして可能なのだろうか)の根本的な問題を作り出したのは誰なのか?。何をいまさらなのである。

そして,そういう方々のためにも公共事業を,という言葉が続くのは言うまでもないのだが,それは建設業界を見下した言葉である。

いつまでもこの状況を保持しておきたい,というのがミエミエなのだ。
→コンピュータも使えない哀れな建設業従業者という集団。
→つまり弱者としての地場型中小建設業というマス。

私の今の意見としては,それは,もうやめてくれなのである。

確かに短期的視野においては,財政発動(公共事業)は必要である。
→とにかくこのデフレから脱却しなくてはなにも始まらない。

しかし,それがコンピュータも使えない哀れな建設業従業者という弱者集団を永遠に存続させる目的のものであってはならない。
つまり,公共工事かIT教育かという二者選択の問題ではない,ということを強調しておかなければならない。

→工業社会の終焉,ポスト工業社会の到来は避けられない事実として存在する。

国民が最低限の生活もいとめない様な国は確かに不幸である。
その最低限の福祉は「仕事」(雇用)と言う形で保障する必要がある。これにはなんら異論はない。

そして,問題はそこからの変革の必要性である。
→雇用が確保されても,尚教育は必要なのである。そしてその機会は保証されなくてはならない。
→仕事を提供することで安心させるのではなく,仕事を保証しながら自らの能力を発揮する機会を提供するようなインセンティブを提供できる政策の必要性。
→そこからしか潜在能力の自由は保証されない。

野中広務氏は「平等」という言葉が好きである。
人間の社会は平等でなければならない。その前提があってこそ,公正な競争が可能になるのだ。
(中央公論4月号,61頁)

でも,この言葉は非常に曖昧である。それは,そもそも「平等」の概念があやふやなままだからだ。
→「機会の平等」,「結果の平等」?

それじゃ,平等ってなに,ってことになれば,私は,人間誰しもが生まれながらに持つ,潜在能力の自由が保証される,と言う平等なのだと思う。

コンピュータを使える人たちだって,生まれながらにして使えたわけではないのだ。

2002/03/10 (日)  
【「地場の建設業者を地域の重要な産業としてきちんと認知する」視点】

標題の件なのだけれどもね,なんだか最近旗色悪すぎだわねぇ。
加藤さんのところも結局建設会社がらみってことになってしまった。

こういう事態に対して,国民が公共事業はダメダメ(=建設会社もダメダメ)ミームを持つのは当然の成り行きなんだろうなぁ,と思う。

そこに,「地場の建設業者を地域の重要な産業としてきちんと認知する」視点,なんてね,いくら私が大声張り上げてもなんの説得力もないってことだ。(T_T)

まあ,いま崩れようとしているものが,開発主義によって作り出されたインカベント(既得権)だとすれば,時代考証的な説明は確かに付く。
しかし,こういう終わり方しかないのかなぁ,と悲しく思う。

→それは村上泰亮先生のいう「開発主義は日没が難しい」という卓見が正しかったことの証明かもしれない。

今,国民の多くが嫌っている公共工事インカベント(鉄のトライアングル)を壊してしまう方法はいくつか考えられるけれども,その中でも最も説得力があるのが,既存のルールを撤廃して新しいルールを導入することなわけで,その新しいルールが,つまり「市場原理」の導入なわけだ。

→つまり,業界再編,淘汰は市場原理の洗濯機によって行われる。

しかし,これさえも「業者は常に悪玉を演じさせられ、発注者の不具合を最終処分する「悲しきアンカー」(A木さま)にしかならないだろう。

つまり,発注者(自治体)はいつも蚊帳の外を決め込もうとしている。
だけれども,世の中はそんなに甘くはないんだ。

3月6日の建設通信新聞の「きしむ構造」に,国道交通省技監の青山俊樹氏のインタービュー記事があって,その中にすさまじい言葉を見つけてしまった。。。曰く,

「CMの最終ターゲットは市町村への普及。ただ,直轄でやらずに市町村に対してCMがいいとは言えない。だから直轄でのCM試行は,その問題点も含め市町村に広がるステップになる」

私はCM(特にCMnet)については,かなり前から研究対象にしていて,そのCALS最適性(市場重視の視点)を指摘していた者なので,別段の違和感を持たない(つまり,だから言ってたじゃないか,ってことだ)。

しかし,(↑)の文脈では,国交省さまと都道府県の立場は益々強くなるんじゃないかなぁ,と思う。

最近,ある方とのmailのやりとりで,こういうお話をいただいていた。

先日、ある国交省の方が各地方の自治体は発注業務に関して
発注者の技術力が無いから上受け、談合、一括下請け等の問題が起きる!
だから、工事の発注はすべて、中央で行う との話を聞きました
地方において、この対抗策の一つとしてCM的な発想が
必要と考えています。地方行政も地方業者も!
大手ゼネコンと同じような動きをしても、大手と中央に
押しつぶされてしまうだけ・・・・・だと思っております。
でも、右肩上がりしか経験のない指導者が多いこの業界で
ブレークスルーする辛さと難しさを味わっています・・・・

先の青山技監の言葉とこのmail(↑)を読めば,今地場型中小建設業と自治体は何をしなくてはならないかが理解できないだろうか。

→それが,「地場の建設業者を地域の重要な産業としてきちんと認知する」視点の確立の努力,なんだろうけれどもね,なんだかねぇ,今一説得力に欠けてしまっているのが私なのよねぇ(なにせ「わかんない」の親父だもの)。
頑張んなくちゃ,急がなくちゃ,と一人思うわけだ。(T_T)

→つまり市場原理の洗濯機でガラガラやられるその痛みを,最小限にしようと言うのが私のアプローチに他ならないわけだ,が。。。

ただね,この流れは,楽しいこともないことはないわけだ。
それは,この変ろうとしている制度下では,自己の努力は認められるかもしれないってことだ。

悲しいかな,公共事業依存の地場型中小建設業はどこまでも制度依存の存在なのだ。
→水槽の中の金魚にしか過ぎないことを自覚すべきだ。

金魚の自己努力(内部的な努力)は,制度依存の中ではどこまでも悲しいマスターベーションでしかない。
つまり,制度維持の前では,その努力が報われることはほとんどないだろう。

→すなわち,今までの環境が市場原理が働いている環境だとすれば,絶対に58万社なんていう許可業者は存在していないのだ。

そこに市場原理なのだ。
つまり,制度が変る。
この変ろうとしている制度下では,自己の努力(自己変革の努力)は報われるかもしれないのだ

→ただし,全ての努力が,ってことはありえないけれどもね。

そうして,もう一つ加えることができるとすれば,既存の制度依存が壊れるときこそチャンスだということだ。
相互作用の存在をかなりの確率の高さで認識することが出来る,ということでもある。

それは,自らを信頼して欲しければ,自らが高信頼者になるということなのだが,それは従来の「やくざ型コミットメント関係」の維持ではない。

これは,「信頼の解き放ち」(山岸),っていうものなのだが,これについては,今後,嫌と言うほど書かせていただく。。。予定である(笑)。

2002/03/09 (土)  
【疲れた。。。】

栃木県建設業協会様のイントラネット講習は一通り終了。
まあ,Fast Stepが終わったというところかな。

なにせ全県が対象だものねぇ。
今後は,各支部単位で根気強く啓蒙と教育の繰り返しを行うことになるかと思う。

後は順序が逆になっているのだけれども,25日に上層部に対して建協イントラネットの効用の説明会をすれば,私の仕事は一通り終了となる。

しかし,3時間の勉強会を一日2回×2日連続っていうのは相当に疲れるわけだわ。
なので,協会イントラネット構築の目的でも書いて寝ようと思う。

って,(↓)はいつものA木様のお言葉だ。
発注者の保身的な態度による取り繕いの入札契約システムは「悪貨が良貨を駆逐する」構造的な欠陥を生み、地域経済の衰退を招くだけです。

だが、発注者と受注者の片務的な関係を打破し、市民を納得させる公共工事の入札契約システムは残念ながら見当たりません。

「ベスト」がないから「ベター」を追求する現在の入札システム…。その中で決定的に欠けているのは「地場の建設業者を地域の重要な産業としてきちんと認知する」視点です。

これがない限り、業者は常に悪玉を演じさせられ、発注者の不具合を最終処分する「悲しきアンカー」になるのです。

この意味がわかりますか?>ALL
「地場の建設業者を地域の重要な産業としてきちんと認知する」視点,これを消費のミームの中にもっていただくこと。

それは言葉で言うほど容易なものではありませんが,協会イントラネット構築の意味とはこれに尽きるのです。
イントラネットは組織ミームの培地でしかありませんから。

2002/03/08 (金)  
【宇都宮にて】

栃木建協さんのイントラネット講習を終えて宿に入ったところ。
一休みして,メールチェックを沢山。。。実は講習会場のSSCTはH"が使えないのだった。

建設業における信頼について続きを書きたいのだけれども,疲れているのと,これから青経連の方々と懇談会(お酒付き)があるのでね,今日はもう書けないわね。

元気があれば,明日の朝にでも書きましょう。

明日も引き続き栃木建協のイントラネット講習。



【デンキブラン】

昨日は午後から浅草へ。(謎)

晩飯に「神谷バー」にて「デンキブラン」+生ビールをやってしまったため,意識不明(笑)。
今朝はよううやく起きたのだが,なにか後遺症が残っていたりする。

今日は,これから栃木建協さんの勉強会である。
じゃ,行ってくるのだ。

2002/03/07 (木)  
【やくざ型コミットメントの終焉】

病院へ行ってきたわけ。
まあ,順調ってところで,私的にはなにより。

さて,私の最近の関心事は,以前も書きましたが「信頼の構築」というところにある。
なので暫くは「信頼」について考えいくことになっちょります。

この「信頼」という概念は結構把握が難しいわけですが,これも前に書いたわけです(例えば2月26日の『■信頼という概念の分類への試行」を読んでね)。

つまり,『なんでこんな阿保みたいなことを考えているか,っていえば,私は建設業のIT化っていうのは顧客との信頼の構築ツールだと考えているわけで,例えば建設CALS/ECさえもその文脈上に存在するわけだ』ということでり,それは,私が地場型中小建設業の唯一のコアである,と指摘する「信用とか信頼とか言うような,なんだかかわからないけれども大切なもの」を明らかにしようとするアプローチでもあるわけだ。

→こんなこと,誰も教えてくれないだろう。
→私も教えてもらった覚えが無いわけで,なので自分で考えるわけだ。(「わからない」という方法)

つまり,私は,今,建設業が直面している問題とは,「信頼の崩壊」ゆえのものだ,というアプローチを取っている。
それが,私をして,ミーム理論を持ち出す大きな理由なんだわね。

さて,表題の「やくざ型コミットメント」というのは,山岸俊男の言葉である(『信頼の構造』,1998年5月15日,東京大学出版会)。

コミットメント関係の形成は,社会的不確実性を低減するための有効な方法である。
(この「コミットメント関係」の定義もしておかなくてならないのだが,今回は後回しだ。)

このやくざ型コミットメント関係って言うのは,『社会的不確実性の大きな社会的環境におかれた人たちが,特定の関係の内部で社会的不確実性を低めるために形成している関係』(山岸,66項)なわけだ。

これは,『その内部で「内集団ひいき」的に行動することがそれぞれにとって有利な結果をもたらす関係であり,また互いにそのことを理解して,それゆえに維持している関係でもある』(山岸,94頁)

つまりだ,地場型中小建設業が依存していた公共工事というのは,社会的相互作用が固定したコミットメント関係のネットワーク(やくざ型コミットメント関係)を通して行われてきた,ということができようか?

『このやくざ型コミットメント関係は,その紐帯の強さだけではなく,アクセルロイドが指摘しているように,その内部における相互コントロールによっても特徴づけられている。それぞれが自分の必要とする資源(お金とかサービスといった物質的ないし経済的な資源の場合もあれば,愛情や理解といった心理的資源,村営や地位などの社会的資源の場合もある)を相手から獲得する必要があるからこそ,安心してそれらの資源を手に入れることのできる相手との間に安定したコミットメント関係を作ろうとすると考えれば,やくざ型コミットメント関係は,それぞれのパートナーにとって重要な資源を相手と交換しあっている関係だと考えることができる。』(山岸,99,100頁)

つまり,これが進化ゲーム理論(囚人のジレンマ)から見る談合の根源ということができよう。
(注意:私はそれが良いとか悪いとかの議論をしているのではない。今まではこういうものだった,ということを把握しようとしているだけである。)

今と言う時代は,まさにこの「やくざ型コミットメント関係」としての地場型中小建設業の存在に疑問符をつけている。
→鈴木宗男様をみなされ。。。

じゃぁ,それは何故なのか?ということをこれから考えていこう。

そこから,また地場型中小建設業が存在するためのヒントやアイディアが生まれてくるのじゃないか,と私は思っているわけだ。
(「存在するための」,という言葉を安易に使ったが,それは後々私自身が後悔するかもしれない)



【病院へ行ってくるだ】

昨日は,ほとんど日付が変るごろに岩見沢から帰宅。
でも,夕方5時過ぎまで岩見沢で仕事をして,その日のうちに帰れるのだから,まあ,北海道も近くなったものなのだ。

ということで,今日は歯科と肛門科の日。
朝からばたばたなので,書きたいことは山ほどあるが,それは後ほど。。。

では,病院へ行ってくるだ。

2002/03/06 (水)  
【岩見沢にいるのだ(かしわ鍋)】

昨日は,午後2時まで赤坂で面談。
この内容は内緒。

それからTAXIで羽田空港へ向かい,遅い昼ごはんを食べ,16:00のANA便で新千歳へ飛んだ。
空港へは秋野さんが迎えに来てくれていて,秋野さんの車で岩見沢入り。

ホテルへチェックイン後,岩見沢駅近くの三船さんで,空知建協の皆さんと「かしわ鍋」を食べた。

→かしわ鍋画像
→中身はこんなもの画像

はっきり言おう。
これはものすごくうまいぞ!

しめにそばを煮込んで食べるのだが,これなんか絶品である。
ただしだ,痛風の人はもだえ苦しむだろう。(笑)

今日は一日中空知建協さんで,イントラネットの勉強会とシステム設定の予定。
ちょっと疲れ気味。

2002/03/05 (火)  
【地理学?】

このところ,公共工事システムは益々信頼の度合いを落としている。
報道は,現役の贈収賄事件を報道していた。(徳島県知事)

この手の話は今始まったことではなく,恒例行事のように存在しつづけてきた。
そのためか,国民もかなり慣れっこになっていたところもあるだろう。

しかし,このような公共工事システムの暗部のイメージ(ミーム)はボディブローのようにダメージを蓄積させてきた。
そして,そのダメージはとっくに致命傷のレベルに達してはいたはずだ。

さらに,この右肩下がりの時代がそれを加速する。
右肩下がりには「あそび」がないからだ。

しかし,そこにモルヒネを打ってようやく生きているというのが,公共事業システムの偽らざる姿だろう。
つまり,政も官も民も,もう限界なのだと思う。

それは,戦後日本というシステムの限界に直結している。

しかし,当の建設業界(特に地場型中小建設業)には,まだこの事態に気づかない方々が沢山おられる。
今の危機は,単なる目先の受注減にしか見えな方々が沢山おられる。

一体どうしてなんだろうか。
(ちなみに,私はその答えは言えるが。。。)

今日届いたメールにはこんなことが書かれていた。

対象としている主な研究テーマは次の通りです。

1.建設市場の構造や建設産業をめぐる制度的な諸問題
2.建設業・公共事業をめぐる政治経済的な特徴(政界、官界と経済界との関係など)
3.公共事業の特徴(投資基本計画・中央と地方との関係、財政赤字の問題、地域への
   効果・計画の見直しなど)
4.公共事業と政治改革との問題(地方分権・中央省庁の再編・財政構造改革・PFI方式)
5.地域開発の特徴(地域活性化をめぐる議論・環境政策・持続的な発展など)
6.地域開発における住民参加・住民投票

この要約された内容を見て,私の考察していることは,結果的にこういうこと(↑)にもなるのだろうなぁ,と思わされたが,このmailをくれたのは,なんとドイツの方なのだ。

この方は大学の地理学研究室の研究員さんとのことなのだが,そんな方が,なんで日本の建設業・公共事業なんか研究してんだろうなぁ?って疑問がわかないだろうか。

それにだ,そもそも「地理学」ってなんなの?
って,私は,ますます「?」おじさん状態なのだ。

地理的な特徴と地域経済の成り立ち+戦後の開発主義の裏側あたりまでを考えると,地理学と建設業が結びつくのかしらとか,日本の地理的条件が今の公共工事システムを生み出した,というような仮説から考察するようなものなのか,とも思うのだが,しかしだ,地理屋さんがなんで建設業・公共事業なの?っていう「へん」さをここに感じてしまう。

もしかしたら,建設地理学なんていうものがあるのかなぁ,と思い,googleで検索してみたけれども,そんなものは存在していない。(笑)
それで,あれこれ検索してこういうものを見つけた。

「離島における小規模独立町村の存立─福岡県宗像郡大島村を事例に─」 新井祥穂(東京大学・院)

このあたりだと,ああなるほどねぇ,と思うわけだわ。
しかし,あいかわらず,「へん」だとは思うけれども。

ただし,この「へん」は,私の硬直的な思考の中の「へん」なのであると自覚している。
つまり,多分,「わかんね〜」といいながら,また「地を這う」のだろうなぁ,とは思う。それは「地理学」っていうのは。「使えるかもしれない」っていう私の直感なだ。

ということで,今日は空を飛ぶ。(笑)
北海道で鳥鍋だ〜!(謎)。

2002/03/04 (月)  
【28万】

お一連カウンターの28万ゲッターは北海道の勝井様。
前回の前後賞も北海道の長谷川様と吉川様。

偶然なのか狙ったのか,北海道の皆様が並んでしまったので,律儀な私は,明日は午後2時まで都内で打ち合わせをした後,景品を届けに北海道に飛ぶ。(冗談だよ。北海道へ飛ぶのは本当だけれども,景品はたまたま,つまり序でにだ。)

今日は栃木建協イントラネット勉強会の3日目。
この仕事は意外と疲れるのだな。。。

なので,早々と眠ることとするのだ。
つまり,おやすみなさいだ。>ALL



【私の「わからない」ということ】

ちょっと前まで,こと建設業に関することは(全てにおいて)「建設業だから・・・」という,殺し文句が存在していて,例えばIT化が進まないのも「建設業だから・・・」だったし,CALSがうまくいかないのも「建設業だから・・・」だったわけだ。

このフレーズは本当に便利なフレーズで,多くの方々は,このフレーズの前では一様にものわかりがよくなるのであり,つまりそれは「へんじゃない」ということなのである。そして,そこに疑問を持つやつは「へん」なヤツというレッテルを貼られていたわけだ。

本当に,ちょっと前までは,このフレーズで全てをうやむやにできた。つまり「魔法の言葉」だった。
かく言う私も,このサイトを立ち上げた頃には「建設業だから・・・」という文脈を,暗黙のうちに「へんじゃない」ものとして全てを考えていたわけだ。

けれども,近頃この業界に起きていることとは,この「魔法の言葉」が「へん」」だと思い始めた人間が多くなってきたということの具現化だろう。
つまりは,「なんであいつらだけが」って,国民が何かが「へん」だと思い始めたのだろう。

多くの国民は「建設業だから・・・」というフレーズに間違いなく疑問を持ちはじめている。
つまり「建設業だから・・・」というフレーズの持っていた信頼性は間違いなく低下している(初めから無かったが,経済成長がそれを覆い隠していた,というのもありだな)のが今の時代なわけだ。

それに対して建設業側の答えは,いまだに「建設業だから・・・」ってしか言えない。
つまり,多くの方々は,自分は「へん」だとは思っていないわけだ。いまだに。

消費ミームにおける「信頼という情報力」の低下は,もう一つの経済取引における情報である,「価格と量の情報」を選択のメトリックとして使う事態を招くのは当然の理であるにもかかわらず。。。

つまり,建設業界は,たかだか戦後生まれの『高度成長という一時的な異常事態』(橋本治)が生み出したフレーズにすぎない「建設業だから・・・」を,後生大事に守ろうとしていることで,今の状況を自ら作り出してきたとも言えよう。

今,(旧来の文脈で)この「魔法の言葉」を守ることはにはほとんど意味はないだろう。
むしろ自らの首を絞めているような状況を招いているだけである。

→青木建設や佐藤工業を見舞った不幸。
→鈴木宗男氏への国民感情。

「わかる」を当然とする時代が終わった時,「わからない」をキイモチーフとする時代がやって来るのは,事の必然のようなものである。ところがしかし,そうなった時,「わかる」を当然としていた時代に慣れてしまった人は,「わからない」が発見できない。「わからない」が登場してしまったのは,「わかる」の当然が崩れてしまった結果なのだと思って,それを時代のせいにする。時代が変ったのは確かだが,それを時代のせいにしていれば,一向に解決は訪れない。なにしろ,もう時代は変ってしまったのだから。(橋本治)

だから考えるべきは,この先にある「建設業だから・・・」なのである。
そして,私の「わからない」とはこのことである。

なので,なぜに,多くの市民が(旧来の)「建設業だから・・・」というフレーズに疑問を持つようになったのかが「わからない」ので「わかる」まで考えてみる必要もでてくる。

なぜに,建設業側の答えは,いまだに(旧来の)「建設業だから・・・」ってしか言えないのかが「わからない」ので「わかる」まで考えてみる必要もでてくる。

そして,「この先」とはなんなのか「わからない」ので「わかる」まで考えてみる必要もでてくる。

そもそも「信頼」ってなに?っていうのも「わからない」ので「わかる」まで考えてみる必要もでてくる。

そこには,私の「わからない」様々な思想,考え方,原理原則のようなものが存在しているので,それらを「わかる」まで考えてみているわけだ。

そして,ITが,ここで何が出来るのかが「わからない」ので「わかる」まで考えてみるのである。
じゃないと,ITは効力のない呪文にもならない。

これは,橋本治の言う,「地を這う方法」であり,ひたすら持久力だけで問題を解決する方法である。
私がここで言っていることとは,そんな「わかる」までの過程の記録なわけだ。

ずっとわからないままかもしれないが。。。

しかし,私にも起こる(それは確実に全ての国民の皆様に降りかかる)危機に対応するには,私はこうするしか方法を知らないのだよ。

そして,私の講演とは,私自身が今までわかったことの発表会のようなものなのだろう。
だから,いつも違う。それも微妙に。そして,誰とも違うものとなっている。

でも,いつも途上なわけだ。つまり,「答えはない」。

ということで,今日も栃木建協さんで勉強会なわけで,朝早くに出かけなくてはならない。
この勉強会の「答え」は明確で,つまり体で覚えてもらうのだけれども。。。(笑)

2002/03/03 (日)  
【今週の読書,もしくは私を「師匠」と呼ぶことについて】

橋本治の『「わからない」という方法』(集英社。,2001年4月22日)は,個人的にはとても素敵な本である。
この本についてなら,何万字でも書ける。

それは,この本が私に『「教える」ってこと』について,いろいろと考えさせてくれる本だからだ。

一応,私も世間一般では「センセー」などと呼ばれる種類の最末端ぐらいには存在しているらしく,「教える」ことを職業としている。なので皆さん「センセー」などとと呼ぶわけである。

私自身,「センセー」と呼ばれて嬉しがるほどの馬鹿ではないと思ってはいるが,そう呼ばれ続けていると,まるでニックネームのようなもとななってしまうわけで,そのうち「はーい」なんて能天気に返事しているのだから始末が悪い。

まあ,慣れって言うのは人間の感覚を麻痺させるのは十分な効力があるってことだろう。

それから,私のことを「師匠」って呼ぶ方々がかなりおられる。
これは個人的にはかなり好きだ。(まあ,その多くは単なるニックネームのようにだろうが。。。)

なぜなら,こういう方々は,(私を「師匠」と呼ぶにあたって)かなりの覚悟を必要としているんだと思う(って言うか,かなりの度胸の持ち主なんだなぁ,って逆に尊敬しているわけだ)。

それは「私から学ぶ」ということが「私のあり方をなぞる」と言うことだからなんだわ。
橋本治,曰く。

(「学ぶ」とは「真似る」である)

「習う」は「倣う」であって,その根本は「真似る」である。「学ぶ」も,その元は「まねぶ」で,「真似る」である。学習の根本にあるものは。「教師となる人のあり方を真似すること」なのである。今では手っ取り早く「はやくノウハウだけを学ぶ」ですまそうとするが,そういうことは,その昔にあり得なかった。「学ぶ」とはすなわち,「先生に従う」で,それはモラルではなく,一つの実際的な学習方法だったのである。

初めにマスターするのは,「自分のやり方」ではなく,教師という「他人のやり方」なのである。それが「基本のマスター」であって,学ぶ側の人間は,その後で,自分の身に備わった「他人のやり方」を,自分の特性に見合ったものとして変えて行かなければならない。このプロセスを,「一般的なものから,自分オリジナルの個性的なものへの変化」と思っている人も多いが,しかし本当は,「自分とは違う他人のやり方から,自分に見合った個性的なものへの転換」なのである。

「学ぶ」とは,「師」となった他人の人生と,自分の生き方とを一致させることであり,「わかる」とは,その一致からはずれるような形で存在している「自分自身のあり方」を理解することなのである。自分と他人の違いは,そのようにある。それは「ある」のが当たり前だから,「学ぶことのうっとうしさ」もそこから生まれる。

「私が学びたいのはあなたの持つノウハウだけです」と言っても,先生となる人は,そんな手前勝手なことを許してはくれないからだ。「学ぶ」ということは,「生き方を学ぶ」であって,だからこそ,「お行儀」は学習の第一になる。それは,「学ぶ」ということが,「師となった人の生き方を学ぶ」とイコールになっているからである。

つまり,私を「師匠」って呼んでいる方々は(↑)の世界で生きなくちゃならないわけだ!
わかった?>私の親愛なるお弟子さんの皆様。(笑)

ところがだ,この師匠ときたら,天下無敵の方法論である「”わからない"という方法」を無意識に実践してきてしまっている。
皆さんは,知らないことの方が知っていることよりもはるかに多いことを自覚している,という,かなり厄介なヤツを師匠などと呼んでしまっているわけである。(まあ,その多くは単なるニックネームのようにだろうが。。。)

その厄介なヤツの人生と,自分の生き方とを一致させるわけだもの,『「わかる」とは,その一致からはずれるような形で存在している「自分自身のあり方」を理解することなのである。』なんて言われても,やたら「うっとうしい」だけなんだろうなぁ,と思う。

なので『「学ぶことのうっとうしさ」もそこから生まれる。』のだろうけれどもね。
その「うっとうしさ」に付き合ってくださる方々を,私は逆に尊敬しているわけだ。

そんなものだから,私は,「私が学びたいのはあなたの持つノウハウだけです」って言われても,教えることが出来るのは「わかんない」っていう方法(ノウハウ)だけだったりするから,私という存在はますます「うっとうしい」のだろうと思う。(笑)

私といえば,いつも答えは「わからない」か「今考えていることころ」なのだ。
そして,「今考え中」という看板を立てて(この戯言がそうだよ),なにやらごそごそとやっているわけだ。

「わかる」のであれば,つまり私に明確な「解」があるのならば,東京にでも事務所を構えて,おいでいただいた皆様だけに,ちょっとした紙切れ(ノウハウ)を渡して大金をせしめることが出来るのかもしれないのだろう。

しかし,私の現実はひたすら「わからない」なのである。
なので,私は「わかろう」として,こうして日夜日本中を駆け回り,ひたすら他人の脳みそを使う(つまりコミュニケーションと読書だよ!)って体で覚えようとしているわけだ。

私が体で「わかろう」としているものはなにかって?
それは「基本」だよ。ひたすら「基本」。

地場型中小建設業の「基本」です。
→だから酒飲みは大事なの。★\(^^;

Amazonのブックレビューに,

『だがそのまえに、どうやったらわかるようになるんだろう、それを誰か教えてくれとついいいたくなる。残念、本書には、明確な答えはない。当たり前だけど。』

というのがあったけれども,『それを誰か教えてくれとついいいたくなる。』っていうのが,マニュアル化に慣らされたた我々世代の正直な声なんだろうと思う。つまり「私が学びたいのはあなたの持つノウハウだけです」なのだ。

みなさん,なにかというと,こうして頭で覚えようとする。
そうすれば全てが解決するような幻想に陥っている。

でも本当は,学ぶと言うことは体で覚えないとすぐに忘れてしまうんだよ。
つまり「基本」が身に付かない,ってやつだ。

このレビューの,『本書には、明確な答えはない。当たり前だけど。』というのは読みが浅いのだな。
そこには明確な答えが書いてある。それが『「わからない」という方法』なわけだ。

「わからない」時にはどうするのか。

→その前に自分には「わからない」と認知する作業が必要だけどもね。
→多くの優秀な(と呼ばれる,もしくはそう思っている,錯覚している)方々は,まずこれが出来ない。
→芥川龍之介曰く,「バカは自分のことを決してバカだとは思わない」(こんなんだっけ?)

橋本治に言わせれば「"わからない”という方法」には二つの行き方がある。

(天を行く方法と地を這う方法)

「天を行く方法」は,「俺,なんにもわかんないもんねー」のまんま,正面から強行突破を果たしてしまうことである。これは,「どこへ行くかわからないが,俺の行くところが正しいゴールである」というような,とんでもない行き方である。天才のやることかもしれないが,バカのやることかもしれない。

一方の「地を這う方法」とは,「わかんかい,わかんない,なにもわかんない,俺なんかどうせバカなんだからなにもわかんないんだよー」とぼやきながら,ひたすら持久力だけで問題を解決する方法である。これは「地図をなくしたから磁石だけを頼りにひたすらトンネルを掘り続ける」というようなものである。バカのやることかもしれないが,もしかしたら,こっちの方が天才のやることかもしれない。

・・・
「天を行く方法」も「地を這う方法」も,方法としては「バカと紙一重」のようなものだが,それもしょうがない。そもそも「"わからない”という方法」自体が「いい度胸」の産物でしかないからである。

つまり,私のやり方は『方法としては「バカと紙一重」のようなもの』なのだろう。
→これを評して,私には「羞恥心」が無い,と評価くださる方もおられるが,まあ,当然の結果だろうと受け止めている。

(困った人と困った時代)

目標は「大学にいく」で,「大学に行けたら就職はできるはず」と考えていた若者たちは,バブル以後の不況前まで,いくらでもいた。その「目標」を達成するためには,「したくもない勉強」や「好きでもない状況」に我慢をする。−そして,「俺はこれだけ我慢したんだから,"目標以後”は好きにさせろ」という図々しさが,いつの間にか育ってしまう。つまり,「就職する」までは頭にあるが,その先にある「働く」がまったく見えなくなるのである。

「働く」と「就職する」とがイコールになっているのだから,「就職できた俺に仕事ができるのは当たり前だ」という錯覚が宿る。「"結婚する”と"結婚生活を持続させる”はまったく別だ」が常識となる前,多くの男女は,「結婚した以上,幸福な結婚生活は自動的に続く」と錯覚していたが,「就職した以上は仕事もできる」だって,それと同じ錯覚なのである。

「できるはず」と思い込んでいる人間が壁にぶつかると,厄介なことになる。「できる」と思い込んでいる人間は,「自分の無能」を理解せず,「自分を不適合にしている状況が悪い」という,とんでもない判断をしていまうからである。

仕事が「自分のもの」にならないのは,その仕事の中に隠されている「基本」が見えず,マスターできなくなっているからである。教えられた通りのことを教えられた通りにやっていたって,その先はない。薄っぺらな自分が薄っぺらに見た程度のことだけを「仕事」と勘違いしていたら,すぐに壁にぶつかってしまう。ただそればかりのことである。

その昔は「まず基本」がその初めにあった。時代が進むにつれて,「基本」の上に暑い堆積物が積もった。「基本」が見えないまま,小器用な人間がテキトーにやれば,それでOKになった。そして,その二十世紀という便利な時代は,壁にぶつかるのである。「この自分のイージーさはなんかへんだな!」という自覚がない限り,その壁を越えるための「基本」は姿を現さないだろう。それくらいのシビアさはあるのである。

そう,私の仕事にだって,『それくらいのシビアさはあるのである。』
皆さんの仕事にも,『それくらいのシビアさはある』はずである。

2002/03/02 (土)  
【もうすぐ28万】

まもなくインデックスページの一お連カウンターが28万になります。
→今回の景品はサイン入りオリジナルフェイスタオルです。
  って,サインなんかしたことねぇぞ。。。



【宇都宮から帰る】

3月1日2日と,栃木県建設業協会イントラネット導入時教育のため,宇都宮にあるSSCT(システムソリューションセンターとち)で仕事をしていたわけだ。

このSSCTはなかなか立派な教育システムを持っていて,30名程度が一度に一人一台のパソコン環境で学習することが出来る。イントラネット教育の場合には,実際にイントラネットへ接続して,体験を通じてミームのプールを理解していただくのが基本であるから,このような教育施設は必ず必要なわけだ。

例えば,この教育施設の良さ(ドリーム・コア)のおかげで,他県の一歩先を行ってるのが岐阜県だよ,ということが出来よう。
栃木県もSSCTという施設があってよかったね,ってことだ。

今回は,朝9時から12時,午後1時から4時と,一日2回の講習を行っている。
3月4日,3月8日と9日も同様に勉強会を行う。

しかし,栃木県も広いわけで,遠くからおいでになる皆様,本当にご苦労さまなのです。
それから,サポートをしてくださる皆様,ありがとうございます。

この勉強会を,私は「体で覚えるイントラネット講習会」と呼んでいるわけで,それは俗にいう「わからない方々」を前提とした「くどい」勉強会である。

しかし,私はイントラネットのようなシステム利用に関しては,初心者の皆様は,「わからない」というようりも「出来ない」というものだと理解している。その「出来ない」というのも,理解が「出来ない」ではなくて,「体が動かない」というようなものだ。

つまり,ことコンピュータ操作に関する理解は頭でするのではなく,体で覚えるものである。

なので,教育は「体が動かない」を前提に行うわけで,なのでそこには難しい理論もなにもない。
すなわちそれは「くどい」ぐらいに具体的で簡単なものの繰り返しなわけで,そこには私が講演などで見せる攻撃性のかけらもないわけだ。

なので,今回の世話役の一人,川上さんはこう書いたわけだ。

これほど柔らかい先生の語りは初めてでした。
お疲れ様でした。

さて,昨日と本日のお昼ご飯は近所の「みんみん」で餃子とラーメン。
さすがに餃子はおいしいなぁ,と思うが,以外にラーメンもおいしいことも発見。

そして,昨晩は,シェルパの高松社長も一緒に午前2時まで酒飲みをやらかしてしまったわけだ。
轟青経連会長,八木沢さん,細内さん(昨日から私を師匠と呼ぶようになった),遅くまでお付き合いありがとうございました。

今朝は,八木沢さの7時のモーニングコールでようやく目覚めたわけで。
なので今日一日は大変な状況だったわけだ。。。

仕事が終わって八木沢さんに自宅まで車で送っていただく。
車中爆睡!八木沢さん,どうもありがとう。


【餃子を食べ過ぎてメロメロ】

なので,今日は帰ってから書く。
@宇都宮

2002/03/01 (金)  
【私について,もしくは,例えば,『「わからない」という方法』について(もしくは,バカの開き直り)】

博多から新潟までは918.3Kmもあって,新潟から蕨までは314.2Km もある。今日はこれを一日でこなしている。
私の仕事にはこういう移動が付き物なのだけれども,わたしゃそれが大変だなんて思ったことはない(って確信はもてない。★\(^^;)。

桃知@Maxあさひ326号でおうちへ帰る途中なわけ。
でも,この文章をアップするのは明日(読者の皆様にとっては今日,つまり3月1日)なの。

なぜかと言うと3月1日は朝早くから夜まで予定(宇都宮で餃子を食いまくる)が詰まっていて,とても戯言を書いている時間なんてないわけだ。

昨日(本当は今日,つまり2月28日)の(社)新潟電設業協会と(社)新潟空調衛生協会の両技術委員会様主催の技術フォーラムでは,予定通り80分の講演。やはり圧倒的に時間が足りないのでね,ミーム理論で見る経済取引というお話しをやらかしてきた。

ここではITはちょこっとだけ出てくる。
つまり,インターネットちゅうのはミームが手に入れたあたらしい培地(プール)だってこと。
だから,イントラネットは御社のミームの培地に他ならないわけだ,ということ。

私の後に,新潟県営繕課さまから講話があったのだけれども,どうも私のミームがうつっちゃったみたいでね,とても面白いお話を聞くことが出来たわけで,なんか得した気分なのだなぁ(笑)。

遠くからおいでいただいた皆様,ありがとうございました。
今度は是非近くに呼んでください。そして4時間以上喋らせてください。私の凶暴なミームは近頃欲求不満なんですよ。(笑)

さて,【構造不況への錯覚】でも触れたけれど,ここのところ橋本治の『「わからない」という方法』を読んでいたりする。
これは思うところがあってのことなのだね。

それは何かと言うとだ,私は4月18日に予定されている神奈川県行政書士会さんでの公演内容について考えていて,お題は「私について」にしようかと思っていたのだ。
→基本的には行政書士さんっていうのは,私と同じ個人事業主って事ぐらいしか共通項はないからね。

それで,自分自身の仕事のスタイルというものについてあれこれ考えていたのだけれども,自分の商売(こういうのを商売って呼ぶことが可能ならばだ。。。)のやり方って,考えてみるに,『「わからない」という方法』を使った商売なのだなぁ,と解釈しはじめている。

つまり,私はある時期から「わかっている」ふりをすることを一切やめている(つまり,ある時期までは「わかっている」ふりをしていたことは素直に認める。。。って威張るようなことではないな。)
でもそれは,結局ろくな結果に結びつかないのでね,「わかんない」ことは「わかんない」って言うことにしただけだ。

なので,最近の私には,いつも「解」がない。
つまり,このHPの常套句は「わからない」になっちまっているのである。

例えば2月1日に私はこう書いた。

公共って本当に何なんなのだろう。この明確な答えを私は持ってはいないのよ,じつは。わからない。多分私の日々とはこれを毎日考えていることなんだと思う。

それで,挙句の果てにこう(↓)書いちまっている。

私は確かにシステムを作るという意味では技術的なコンサルテーションもします。しかし,このHPに訪れてくださいます方々は既にお気づきのように,私という存在は,思考することを許されている,もっと極論すれば,思考することでご飯を食べることを許されている人間なのだと感じています。

なんていやらしいヤツなんだろうねぇ,と自分でもそう思いますぅぅぅ。。。
この「わからない」って方法は,言ってみればバカの開き直りなわけですからねぇ。

でも,これが私なのだ,と思うのだな,今は。

私は,こうすれば必ず儲かりまっせ!とか,IT使えば効率化が進みますぜ!なんてことは,まず書かない,って言うよりも書けない。つまりそんなことは「わからない」し,別段興味もない。

そんなこと知っていたら教えてちょーだい,なのである。
→と言ってね,教えてもらっても,多分「わからない」って答えるだけだわ。。。(笑)

今までで,唯一わかったことと言えば,インターネットはミームのプールである,って事(これは私の実体験からなのでかなり確信を持って説明できる)と,「わからない」ことが多すぎる,ってことがわかった!,。。。ぐらいだ。★\(^^;

そういう意味(「解」をなにも提供できないでいること)で,わたしゃコンサルタントとしては失格じゃないのか,と思うのだよ。最近。
つまり,わたしゃタダの思考オタクってわけだ。それもかなり低レベルのね。(笑)

しかし,橋本はこう教えてくれるのだ(つまり,わたしゃ「解」を求めて橋本治を読んでいるのだ)。
二十世紀は「正解がある」と信じられていた時代である。だから「私はその正解を学習しマスターした」と信じる人達が,「知識人」をやっている。「知識人」をやっている人達にとって,「わかっている」は当然のことで,それに対して「わからない」と言う人間は,バカなのである。「わからない」と思って,自分独自の思考方法でものを考えると,「なんだそれは?」と,怒られるか,へんな顔をされる。それは神聖なる「正解」の有効性を信じる人達にとって,不真面目で不愉快で許しがたい行為なのである。

つまり,私も,『「その正解を学習しマスターした」と信じる人達』になろうとしたわけだ。
でもね,この『神聖なる「正解」の有効性』の部分に,何でもいいから(例えば既存のいろんなマネジメント手法を)入れてみてくださいな。

小粒なところではISO9000なんかぴったしだろうし,ITはコストダウンのツールっていうロジックも結構ぴったしとはまるんじゃないかなぁと思う。

もっとでかい視野で見れば,市場原理とかケインズ政策とかもここに入れてみればよい。
さらには様々な経済学とか哲学とか社会科学とかね,そういうものでもかまわない。

私は,これらを決して認めていないわけではないけれども,本当に「正解」なの?っていう疑問があるのよ。
→だってそうじゃない,。。。っていうのは愚痴にしか聞こえないだろから今回は書かない。

なので,いろいろと考えた挙句に(本当は考えていない),『「その正解を学習しマスターした」と信じる人達』の一員になることはやめてしまったのだ。

なので,私がいつもここでごちゃごちゃとやっていることと言えば,それは「正解」なのかどうか「わからない」なぁ,と言っているだけだ。
そして,その「わからない」を私自身の思考方法で考えているわけだ,本当にそうなの?ってね。

だけど,その道の「知識人」の方々は,そういう私を何も知らない「バカ」だと思っているんだろうなぁ(笑)。たぶん。。。
私から見れば,そういう方々(知識人)は幸せな人達なんだろうなぁ,とは思うけれども,「わからない」を楽しんでいる私も結構楽しいのよ。(笑)

そして,橋本はこう言ってくれるわけ。

・・・それは二十世紀が「わかる」を当然とした時代だったからである。

全てに関して「正解」と思えるようなものがもう存在している−これが当たり前になった時,人は競って「正解」の方へ走る。それが「正解」であるかどうかは別にして。「あっちに正解がある」の声があがれば,とりあえずそちらの方向へ走る。走った後で,「なんだ,違うのか」という落胆が一時的にあったとしても,「正解を求めて走る」という習慣だけは崩れない。それが,「正解はどこかにある」と信じられていた時代のあり方である。

その時代の中で,「他人の言う"正解”が自分の求める答えと同じかどうかわからない」と思う人間は,「へん」である。「わかる」を当然とする時代に必要なことは,「まず学ぶ」ということで,これに対して異を唱えることは「へん」である。「すべてに,"正解”がある」と思われているということは,すべてがマニュアル化されているということであって,これに異を唱えていたら,社会的な不適合者になってしまう。進んで不適合への道を選択する人間は,「変人」である前に,愚かな脱落者である。

「変人」と思われることは,まだしも「変人であろうとする当人の意思」が認められた結果である。「変人」とは,「ある違う選択をした結果,変人になった人」と思われているものだが,「わからない」を掲げる人間の立場は,それ以前である。意志によってわかることを拒否するのではなく,「理解能力がないからわかることができない」と思われるのである。

「わかる」を当然とする時代が終わった時,「わからない」をキイモチーフとする時代がやって来るのは,事の必然のようなものである。ところがしかし,そうなった時,「わかる」を当然としていた時代に慣れてしまった人は,「わからない」が発見できない。「わからない」が登場してしまったのは,「わかる」の当然が崩れてしまった結果なのだと思って,それを時代のせいにする。時代が変ったのは確かだが,それを時代のせいにしていれば,一向に解決は訪れない。なにしろ,もう時代は変ってしまったのだから。

時代は,「わかる」を当然とするものから,「わからない」を当然とするものへと,一八〇度転換した。「わかる」の時代に慣れていた人間は,その時代には「へんじゃない」だった。しかし,その前提は変ってしまったのである。つまり,あなたのあり方は,もう「へん」なのである。

「へんじゃない」に慣れてしまった人は,「へん」を排除することに慣れて,「へん」の存在を発見することができない。それはつまり,「自分を把握できなくなった」ということなのである。「わかる」も「わからない」も自分の頭からでることなのだから,その根本の自分が見えなくなってしまったら,「わかる」も「わからない」も方法にならない。二十世紀以後の時代に必要なのは,まず自分の「へん」を把握することだと思って,私はこのような余分をつけくわえているのである。

わたしゃ涙がでたね。
私は,この橋本の言葉に限っては,よく「わかる」なのである。(笑)

つまり,皆様も,まずは自分の「へん」を把握してみてはいかがでしょうか,って私は言いたいわけだ。

でも,余計なお世話だ!って怒られてんのが今の私なわけ。
なぜなら,皆さんは『「その正解を学習しマスターした」と信じる人達』なんだものねぇ。

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