店主戯言050502 2005/5/16 〜2005/5/31 "There goes talkin' MOMO"


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IT化を通して建設業に貢献する

2005/05/31 (火)  
【熊本にて】

午前6時起床
 熊本は 晴れ

朝からメールサーバーの調子が悪いです
 パスワードを何度も尋ねてきます
 そのうち直るでしょうから ほっておきますが…

昨日は山鹿市にて打合せでした
 7月9日の予定で準備をしていた 地域再生フォーラムが
 諸般の事情で順延になりましたので 次の骰子一擲です

打合せ後 プチ市内観光をしましたが
 これは 明日にでも書こうかと思います

今朝のご紹介は 昨晩の〆です
 これがなんだか わかりますか

しおまねきの塩辛です
 塩辛いというよりも 辛いのですが 複雑な味がします
 ネットを検索してみると 「がん漬」というものがありましたが
 たぶんこれに近いものだと思います
 これを肴に ちびちびとやるとたまりません

それからこれです

かわがにのおじやです
 かわがには 味がとても濃いのです
 ねぎとたまごがふわっとしていて正しいおじやです

これを出してくれた店は 「味よし」さんといいます
 きれのいい 気合の入った親方でした
 そして 親方の気合が伝わってくるような料理でした
 
山鹿市管工事協同組合の皆様 今回も大変お世話になりました
 ありがとうございました
 お約束のものは 早速準備いたします

2005/05/30 (月)  
法大EC「考えるIT化」講座第二回の講義内容PPT】

午前6時起床
 浅草は 雨
 
今日は 熊本へ向かいます
 今朝は 5月28日の 法大EC「考えるIT化」講座第二回の講義内容をPPTにまとめるだけで精一杯でした

資料はこちら(↓) (今回はFLASHPAPERを使っています)

→ http://briefcase.yahoo.co.jp/pinkhip
「法大EC2005」フォルダ、HELP0502.swf ファイルです

今回の法大EC「考えるIT化」講座は 講義全体を通じて
 <私>(自ら)の基本理念を作れるようになること目的としています

それが 単純に個性と呼ばれるものではなく
 個性を生み出すための「かたち」(型)であり
 種であり 中景であり 地域であり 協会であり 会社であり
 家族であり クラスターであることの理解を深める作業を続けています

個性はそもそもゲノム的なものであり DNAではありません
 「かたち」をゲノム的なもの(身体)を通して表現するとき それが個性と呼ばれます
 DNAは種です
 ここは次回の講義で ミーム論に触れますので理解は深まるかと思います

では そこで「IT化」はなにをしようとしているのかに
 今回は すこし触れていただきました

2005/05/29 (日)  
【二日酔い−反省】

午前6時起床
 浅草は くもり

昨日 法政大学エクステンション・カレッジは 1名増になりました
 夜は宮崎から お客様がお見えになり
 にぎやかにやり過ぎました 帰宅は午前1時過ぎ
 今朝は 見事な二日酔いでした

最近は ますますのんだくれに拍車がかかってしまっています
 回復に時間がかかります

−反省

2005/05/28 (土)  
【東京へ】

午前6時起床
 札幌はくもり

今朝は 8時には まにあ1号さんが迎えに来てくれ
 10時のJAL便で東京へ戻り
 そのまま 法政大学エクステンション・カレッジへ向かいます

では 帰り支度です

2005/05/27 (金)  
【ハイブリッド】

午前6時起床
 札幌はくもり

今日は 芦別へお邪魔し 午後から会議をし 終了後 札幌へ戻ります

昨日は 空知建設業協会さんでの会議終了後
 札幌へ移動し 「うめ野」にて一献しました

店の顔である ねぎま鍋をつつきながら 芋焼酎をいただきました
 若い人たちのインスピレーションは
 ねぎまの後の雑炊の前に麺を入れてみるということでした

細いラーメン ソーメン等の提案がありましたが
 店にあったのは稲庭うどんでしたので(本来は単品メニューです)
 それを入れてみましたが  これが見事においしい
 その後に 雑炊をつくってくれましたが これも大当たりでした

こんなことさえ じつはハイブリッドなのです
 ハイブリドを 「対立している二項から新しい意味を生み出す オタク的才能 の可能性」と考えていますが
 このデータベース・モデル(東浩紀)能力は それは若い人たちのものです

一昨日盛岡での懇親会の挨拶でも話しましたが
 今 私たちの世代(四十代後半)でさえ やらなくてはならないことは

私たちよりもさらに若い人たちの可能性を認め
 そして積極的にその可能性を生かせるような環境をつくりだすことなのだと考えています

そしてその時に 私たちができる最も大切なことは
 「変えてはいけないもの」を 若い世代に伝えることだと考えています

でも  「変えてはいけないもの」がなければ それを伝えることもはできません
 それは とても悲しいことだと思います

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則 ジェームズ・C. コリンズ(著) p310

2005/05/26 (木)  
【今日は岩見沢へ】

午前5時起床
 浅草は 晴れ

ACミラン VS リバプールは 3-3になったところです

昨晩は23時過ぎに 盛岡から帰り
 今日は 8時30分のJAL便で 札幌へ飛びます

今日から北海道二泊
 28日の法大ECは 札幌から直行となりますから
 書籍で 少しばかり旅行鞄が重くなります


昨晩は こまちの車両で帰ってきましたので
 こまち ならではのお土産です

ラスク フランス


金萬

では 出発の準備をします
 

2005/05/25 (水)  
【今日は盛岡へ】

午前6時起床
 岐阜は快晴

今日は 岐阜から盛岡まで移動をし 午後ある会合に出席いたします
 時間的な余裕があるのと
 せっかくなので セントレア(中部国際空港)に行ってみたかったので
 中部国際空港 11:35 JAL3161便 花巻空港(空港) 12:50を使います

さて 昨日のオタクの三つの世代の図で
 宇宙戦艦ヤマトが 宇宙戦艦大和になっていましたので
 訂正させていただきました
 みるきいさん ご指摘ありがとうございました

同時に http://www.momoti.com/050523s.swf の変更も行いました


テレビからは VANの創業者 石津謙介さんが お亡くなりになったというニュースが流れています
 IVYには まるではしかのように 感染しVANにはあこがれた世代ですが
 なにか 一つの時代の終わりを感じました

アイテムという言葉を始めて知り
 コーディネートという言葉を知り
 ノベルティというモノの楽しさ教えてくれたのはVANでした


 熱中していた頃には ただ楽しかったのも事実です

今考えれば そんなものはどうでもいいような薀蓄を知ること
 そしてそれを 自分のものにしたときは なにか楽しかったのです

ボタンダウンシャツ ローファー レジメンタルタイ
  コットンパンツ ブレザー フィッシャーマンズセーター 等々

最初は基本どおりに着ました
 そして やがて着崩すようになりました

IVYへの憧れは なにか大きな物語の穴埋めとだったのかもしれませんし
 それは今になって言えば
 物語の消費 そして 消費のデータベースモデルの始まりだったのかもしれません

図: 網状言論F改 p27

ということで 昨晩の講演の反省は後ほど書きたいと思います

 今は FTPサーバーの調子が悪いのか
  http://www.momoti.com/050523s.swf が 転送できません (T_T)

2005/05/24 (火)  
【マッシュ・アップ】

午前6時起床
 浅草は くもり

最近 わたしが楽しんでいるものに マッシュ・アップというものがあります

マッシュ・アップとは
「DJの間でリミックスのスタイルで使われてきた、1つの曲からメロディーを、もう1つの曲からボーカルを取り出すなどして、複数の曲を1つに合成して新しい曲を作る手法の総称。」(マルチメディア/インターネット辞典)というもので

私たちが使い慣れた言葉では 既成音楽の 「ハイブリッド」とでも呼べるかと思いますが
 なによりも大切なことは 「ウケる」事!
 であることに その特徴があるように思います
 
わたしは mixiの 関連コミュニティで紹介されている
 和洋折衷ものを中心に楽しませていただいておりましたが
 たとえば  ”Sweet Dream Machine(モーニング娘。vs Eurythmics)”には
 もう ウケまくっておりました

それは 単純なAとBとの組合せではなく 新しい意味を生み出します
 たしかに高尚さはないかもしれませんが
 ジャンル破壊という ハイブリッド的な 革命性さえ孕んでいるように思えます

マッシュ・アップの構造分析(?)については
 四方宏明氏のAll About Japanの記事「マッシュ・アップの作り方」が参考になります

さて この マッシュ・アップですが
 東 浩紀氏 による オタクの議論(主に第三世代オタク)を下敷きにして考えると たしかに理解しやすいのです

  東氏のいう 第三世代オタクについては
  講義用にまとめたPPTの抜粋を置いておきますので
  興味のある方はご覧ください(ほとんど説明になっていませんが…)
  http://www.momoti.com/050523s.swf

マッシュ・アップは データ・ベースモデルであり
 二次創作であり シミュラークルであり
 ついでに言えば 大きな物語の喪失であり 象徴界の喪失なのかもしれません

しかし マッシュ・アップ製作者のもつ ハイブリッドな感覚というか才能を見ていると
 彼ら(第三世代オタク)が 公文先生の言う 智民の先祖になる可能性は高いのだろうな と思います

そして そこには 公文先生の「情報社会学序説」法大EC 考えるIT化講座のテキスト)流に言えば
 個人用工作機械である(正確には工作機械ではありませんが)
 カンタン作曲(作曲というのだろうか…?)ソフト(たとえばACID)の存在も見て取れますし
 なんと言っても ベースはインターネットにありますから
 確かに智識文明の芽生えは起きているのだなぁと思います

このあたりは 法大EC 考えるIT化講座では次回以降に触れる予定の部分ですが
 それにしても このような現実を感じてしまうたびに
 わたしは 少し落ち込みます

『ただし、このような「複合現実」とでもいうべき世界は、政治的・経済的・社会的にはこれまでの現実の延長上にあり、その限りではこれまでの現実と本質的に異なるものではないだろう。そこには 新しく台頭して進化を続けている「智民」たちもいれば、既存の政府や企業もいる。美しい理想も醜い現実も、これまでの現実世界と変わることなく存在している。それどころか、物質やエネルギーの制約が相対的に弱い「自由な」世界では、情報や知識の(そしてそれらがもたらす名声や富や権力の)不平等や格差は、これまでの現実世界よりもはるかに極端に発現してしまう傾向すらみられるのである。』(公文 p133)

「IT化を通して建設業に貢献する」という わたしは
 「複合現実」である今という時代の 一つの現実である
 物質やエネルギーの制約が相対的に強い「不自由な」
 地域や「公共工事という産業」という世界で
 悶え苦しむ 開発主義の終局の局面の 抵抗理念でありながら
 新たな波への 架け橋を架ける ことで
 そこに新しい意味をが創り出せないか と考えています
 だからハイブリッドなのであり 骰子一擲なのですね

それでは 今日は岐阜へ向かって出発です

網状言論F改網状言論F改―ポストモダン・オタク・セクシュアリティ

東 浩紀(編)

2003年1月10日
青土社

1470円(税込)




動物化するポストモダン動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会

東 浩紀(著)

2001年11月20日
講談社

735円(税込)




それから
自由を考える自由を考える―9・11以降の現代思想

東 浩紀(著) 大沢正幸(著)

2003年4月30日
日本放送出版協会

1071円(税込)





2005/05/23 (月)  
【地理的・社会的クラスタリング(第U象限)の足場】

午前7時起床
 浅草は うすぐもり

昨日書いたように 明日は
 (社)岐阜南法人会 青年部さまから 講演依頼をいただいておりましたので
 そのPPTをまとめていました

昨晩の成果です(笑)
 http://www.momoti.com/BD050524s.swf(現在ダウンロードは中止しております。必要な方は店主へメールでお知らせください。2005/11/13 )
 一部構成は変わるかもしれませんが たぶん大幅な変更はないでしょう

今回はいつもの生PPTではなくて
 FLASHPAPERを使ってみましたが どんなものでしょう?
 容量的には 少し小さくなりますが PPTの再利用はできませんね

今回の講演は 対象が建設業の方には限りませんので
 構成には少々気を使いました
 いつものように コミュニティ・ソリューションを考えているのですが
 その基本理念や基底を どこに置くのかはけっこう頭を悩ませる問題です

インターネット社会のはじまり ITがフツーにある時代 
 複雑で不安定なこの変化の時を
 はたしてどうやって生きようか と考えているのですから
 
簡単に言ってしまえば その流れを見極め 流れに逆らわず
 それこそ サーフィンでもするように
 時流に乗って生きられればいいのでしょうが
 
しかし 「IT化を通して建設業に貢献する」と 大見得をきっているわたしの立場では
 どうしても 地方の中小建設業が足場にしている
 地理的・社会的クラスタリングの強い 第U象限を基底に
 はたしてどうやって生きようか と考えざるを得ないのです
 
地理的・社会的クラスタリングの強い 第U象限を足場をすることは
 簡単に言ってしまえば 地域コミュニティを大切にしましょう ということです

しかし その基底にしようとするコミュニティが
 まるで 頻度依存行動における相補均衡の結果のように
 壊れかけている(壊れてしまっている?)のですから
 これも 一筋縄ではいきません
 
 
心でっかちな日本人―集団主義文化という幻想

山岸俊男(著)

2002年2月25日
日本経済新聞社

1470円(税込)




新版 コミュニティ・ソリューション―ボランタリーな問題解決に向けて

金子郁容(著)

2002年4月20日
岩波書店

2415円(税込)



長い間 コミュニティ・ソリューション を考えてきました
 その間にも今という時代は
 古いコミュニティを壊し 新しいコミュニティを作り出していますし

地方を足場にしている 中小建設業の苦悩は
 自らの足場(基底)としている コミュニティ(地方)の崩壊と歩調を合わせて深まっていきます

そこで  この変化の正体と(つまりどこから来て)
 その変化は どこへ向かっているのかを つかまえようとしてきました
 (それは今でも続いています)

情報社会学序説情報社会学序説―ラストモダンの時代を生きる

公文俊平(著)

2004年10月28日

NTT出版
2100円(税込)




ダンカン・ワッツが言うように
 第一に 個人は未来に関心をもたなくてはならないのですし
 第二に 自分の行動が他者の意思決定に影響を及ぼすと認識しなくてはなりません(ワッツ p266)
 わたしは この姿勢が コミュニティ・ソリューションのための基本姿勢だと考えています

スモールワールド・ネットワークスモールワールド・ネットワーク

ダンカン・ワッツ(著)
辻 竜平/友知政樹(訳)

2004年10月28日
阪急コミュニケーションズ

2940円(税込)



しかしそれが 自らの力では どうしようもないと思える程 絶望感が強い現実の前では
 「動き出したくない」のではなく
 「動くために動き出すことができない」という ニートの文脈が支配的になってしまい ワッツの二要件が機能しないのものたしかだと思います

(実際にはメタレベルで働いているのでしょうが
 ただ そのメタレベルで生み出されるものがニートの文脈だということです)

ニートニート―フリーターでもなく失業者でもなく

玄田有史(著)
曲沼美恵(著)

2004年7月10日
幻灯社

1575円(税込)



わたしは 「公共工事という産業」の変化の必要性を否定してはいませんが
 ワッツの二要件が コミュニティ・ソリューションの基本姿勢として機能するには
 変化のための時間と 変化の方向性を導くものとしての
 地理的・社会的クラスタリング(第U象限)の足場が
 欲しいのだと あえて主張し続けているのです

その時間と足場を作り出そうとしているのが
わたしの考えているIT化(特に 事業者団体ベースのIT化)なのです

2005/05/22 (日)  
【お尻に火がつきはじめてきました】

午前8時30分起床
 浅草はくもり

そろそろ お尻に火がつきはじめてきました
 やらなくちゃいけないことは やらなくちゃならないから
 やらなくちゃいけないことなのですから

なにもしないでいても 問題解決には ならないばかりか
 ますます 自分で自分の首をしめるだけです

ますは手をつけることから はじめなくては なりません
 環境と モチベーションは かなり低いのですが…

とっかかりは 24日(火)に (社)岐阜南法人会 青年部さまから
 講演依頼をいただいておりましたので
 そのPPTをまとめることからはじめました

2005/05/21 (土)  
【お祭りです】

ゆっくり目覚める
浅草は 晴れ

今日はお祭りです
明日もお祭りです

ハリネズミと狐―『戦争と平和』の歴史哲学
網状言論F改―ポストモダン・オタク・セクシュアリティ
動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会

2005/05/20 (金)  
【自己の卵モデル】

午前6時起床
 浅草は 晴れ 三社祭日和

場の思想場の思想

清水 博(著)

2003年7月17日
東京大学出版会

2,940円(税込)




清水博先生の「場の思想」は好きです
「経営は倫理の道にそっていなければならない」とあっさり言ってくれます

清水先生は 生命の二重存在性を言いますが
 これは 「種の論理」から 「広くて薄い紐帯」を作り出すへの
 わたしのIT化の展開と 同根の論理をもつものだ と理解しています

その生命の二重存在性を 清水先生は
  「自己の卵モデル」として説明しています

今朝は それを 「場の思想」にそって読んでいきたいと思います
(そのために 卵を三つ割りましたので 朝食は卵焼きでした)

(1) 自己は 卵ののように 局在的性質をもつ「黄身」(局在的自己)と
 偏在的特性をもつ「白身」(偏在的自己)の二領域的構造をもっています

 黄身の働きは 意識的頭脳(大脳新皮質)の活きに
 白身の働きは 身体の活きに相当します
 この身体には大脳古皮質(大脳辺緑系)の活きも含まれます

(2)黄身には中核があり そこには自己実現のルールが存在しています
 それはもって生まれた性格に加え 人生のなかで獲得した体験がルール化さ れています
 
 黄身と白身は決して混ざらないのですが 両者の相互誘導合致によって
 黄身の活きが白身に移り また白身が黄身に移り やがて黄身を変えます

(3)場所における人間は「器」に割られた卵の相当します
 白身はできるかぎり空間的に広がろうとし その器に広がった白身が「場」に相当します
 黄身は場のどこか適切な位置に広がらずに局在しようとします

(4)人間の集まりは 一つの「器」に多くの卵を割って入れた状態に相当します

 器の中では 黄身は互いに分かれて局在しますが
 白身は空間的に広がって互いに接触します
 そして互いに混じり合って一つの全体的な秩序状態(コヒーレント状態)を生成(自己組織化)します
 
 このコヒーレントな状態の生成によって 複数の黄身のあいだでの場の共有(空間的な間の共有も含む)がおきます

 このような集団では 多くの「我」(独立した卵)という意識に代わって
 「われわれ」(白身を共有した卵)という意識が生まれます

(5)白身が広がった範囲が場です
 器は 白身の広がりという活きを通して 黄身(狭義の自己=自分)に「自己全体の存在範囲」(自分がいま存在している生活世界の範囲)を示す活きをします

 そして黄身は 示された生活世界の存在するために 適切な位置を発見します
 つまり全体があるから そのなかで部分を定義できます
 器の中の黄身の合計は「全部」であって「全体」ではありません
 
(6)「全体」の範囲は器(境界)が与えています
 器は その内部に広がるコヒーレントな白身の場を通して 黄身に全体性を与えています
 現実の世界では いつもはじめから器が用意されているとは限りません
 実際は 器はそのつど生成され またその器の形態は 器における人間の活きによって変化します(空間的に広がった白身の境界が器の形だと考えることもできます)

 しかし全体(器の形態)は自己(卵)の活きだけでは決まりません
 一方では 卵が空間的に広がろうとする活きによって 器を内部から外へ押し広げる内力が生まれます
 この内力は卵の広がりが小さいほど大きくなり 大きいほど小さくなります
 
 そして他方では 卵が広がって存在する空間をできる限り限定しようとする活きが存在します
 つまり 卵の中心に向かって働く外圧が生まれます
 卵がある程度広がったところで 内圧と外圧が釣り合って そこで卵の境界が生まれます

(7)この二種類の力のうちで 内側からの力は自己拡張の本能的欲望から生まれます
 外側からの限定力は 終局的には 純粋生命がその内部にさまざまな生命を包摂しようとする活きによって生まれます

 つまり 全体は器の形態によって与えられていますが
 それは 白身が広がろうとする活きと純粋生命が白身を包摂しようとする活きのバランスによって生成します
 清水先生は この器の形態を決める活きを 場の生成作用と読んでいます

(「場の思想」,p49)

器のなかの卵は 全体としての場を共有しますから
 その全体におけるそれぞれの位置を決めることができます
 その時 二つ以上の黄身が 同じ位置を占めようとする場合には
 黄身と黄身とのあいだの直接的なインターアクションが必要になります

2005/05/19 (木)  
【一番】

午前6時30分起
 浅草は 晴れ
 久しぶりの夏日になるらしい 浅草は 明日から 三社祭
 わたしは ちょとした身体のメンテナンス日です

さて法大EC「考えるIT化」講座の 今回の宿題ですが
 講座のコミュニティを設けている mixiを拝見すると
 既に皆さん いろいろと考えてくださっているようです

宿題は とりあえず今の段階での
 自分自身の基本理念を考えてみましょう というものです

まず 自分が一番になれるもの(今回はなりたいものでもよい)を考えます
 そして それは情熱を持って取り組めるものか
 仕事として経済的な原動力をもつのかを考えてください

しかし 今回の宿題は とても曖昧な設問があります
 それは 一番になれるものの範囲(テリトリー)です

つまり 今回の「一番になれる部分」は
 それが 世界一なのか 日本一なのか 県下一なのか
 それとも 地域一番なのか 村一番なのか を 曖昧にしています

じつは 次回の講座では この一番の範囲 を
 皆さんが 考えている一番と 重ね合わせる作業が隠されていたのですが
 (ちょっとだけ悩んで) それを 事前にお知らせすることにしました

氾濫する情報
 つまりテレビや新聞という マスメディアが流し続ける情報の素材は
 基準を 最低でも 日本一とした「一番」ですし
 グローバリズムの言うそれは 当然に世界一です

今という時代は 世界一や日本一の情報の 氾濫と蔓延の時代であり
 マスメディアは 常に世界一や日本一を求め続ける リビドー経済のように思えます

また 政治や経済の面でも
 新自由主義の空気は 無邪気にかつ無慈悲に 日本一 世界一を目指せ といいます

最近感じるのは 意識の中に 「身近なこと」と「世界的なこと」の2種類しかなく
 中間が抜けている方々が多いことです
 (この心理学的 ネットワーク的な説明は 講座の中で行います)
 特に わたしのように大都市圏に住む 流浪な人間は まさにそうかもしれません
(わたしは 地域に溶け込もうとする 努力は惜しんでいないつもりですが)

そんな中 ぽつんと抜けているのが たとえば 町一番とか 村一番
 地域一番 町内会一番 といった時の
 地政学的には小さなテリトリーでの関係性なのだと考えています
 (それはむしろ 会社という単位でではなく 個人の単位ででしょう)

それが 別役実さんの言葉では「中景」なのだと思いますし
 岩井國臣国土交通副大臣のいう 「地域」もこれに近いものだと思います

わたしは これを「種の論理」の「種」として考えています
 「種」とは本来 地政学的な テリトリー性を持ったものです
  
社会的な「種」である 人のコミュニティを ネットワークの用語を使って
 クラスターとも呼んでいますが
 個人は あくまでも このクラスターをベースにしながら
 広くて薄い紐帯の可能性の探求すること
 そして そのことによって また「種」が変化すること それが
 わたしの「公共工事という産業」を中心とした「IT化」の基底にあるものです

そして 当然 地方の中小建設業は
 常に地政学的なテリトリー性を帯びるているのですから
 まずは 地政学的な テリトリー性としての「種」をベースにしなくてはなりません

その上で テリトリー性を持つ「種」をベースにすることの欠点 問題点を
 あきらかにし(それが信頼の問題です)
 その克服を IT化という文脈で 考えているのが わたしのIT化論です

しかし 問題は 情熱の欠如なのです
 
わたしは 以前 ニートについて 触れたところで こう書きました

  たとえば 公共工事依存型の 地方の中小建設業は
  減り続ける公共事業という 将来性のなさ という安心の崩壊に
  「動きたくない」のではなく 「動きだすことができない」ように思えます

  それは 自らの力では どうしようもないと思える程絶望感が強い環境の前では
  「働きたくない」のではなく
  「働くために動き出すことができない」という ニートの文脈とそっくりです

世界一や日本一という 言葉は
 減り続ける公共事業という 将来性のなさと同じようなものです

それが 自らの力では どうしようもないと思えるとき
 一番とは言わないまでも なにか自分が 頑張ろうとする意欲や情熱は失われ
 ただ「生き残り」という言葉が一人歩きします

中小建設業は いまや 意欲と情熱を失いつつあるように見えます
 そんなときには もう一度 自分の原点に立ち戻ってみることは
 決して無駄なことではないと思うのです

今回の宿題は まあそのような意味を含んでいると理解していただければ嬉しいのでした

2005/05/18 (水)  
【近景 中景 遠景】

午前5時20分起床
 浅草はくもり

「負けた」教の信者たち「負けた」教の信者たち - ニート・ひきこもり社会論

斉藤 環(著)

2005年4月10日
中央公論社

798円(税込)





今朝は 斉藤環氏がこの本に引用した 言説から(つまり孫引きですね)はじめます

劇作家の別役実氏は 皮膚感覚でお互いに感じ取れる距離については「近景」
 家族や地域社会といった共同体的な対人距離で構成される「中景」
 神秘的なものや占いを信じるような態度は「遠景」につながり
 そしていまや 近景と遠景を媒介するはずの「中景」が抜けてしまって
 近景と遠景がネットワークを通じていきなり接続される と言います

これとほぼ同様のことを 哲学者である東浩紀氏は ラカンの用語を用いて
 「象徴界の喪失」と表現していているのですが
 ここでは 「近景」は「想像界」に 「遠景」は「現実界」に相当することになります

例えば アニメ作品 『新世紀エバンゲリオン』 『ほしのこえ』
 漫画 『最終兵器彼女』等に見られることは
 主人公たちの学園生活といった日常 すなわち想像界と
 世界破壊の危機といった 無限達の彼方にある現実界とが
 いきなり結びつきがちなことだそうです そして
 そこには「中景」にあたる「社会」や「イデオロギー」が存在しないらしいのです

わたしは この中では エバンゲリオン しか知りませんので
 「らしいのです」としか書けませんが なるほどうまいことを言うなぁ と感心しました

わたしの「公共工事という産業」を中心に据えた IT化論は
 そもそも 地域社会の崩壊に対する危機感が その原動力になっています
 わたしのことばで言えば 「中景」とは コミュニティであり
 共同体であり 地域社会ですから 別役氏のことばも 東氏の言葉も 理解はできます

斉藤氏は これらの指摘はいずれも
 個人と個人とをつなぐ中間的な媒介類(つまり 中景であり 象徴界です)の衰弱を指摘しながらも
 その衰弱をもたらした要因としては インターネットをはじめとする ネットワーク的媒介を指し示している点で 共通している
 というのですが それには全面的には賛成はできません

わたしは ネットワーク的媒介を必要としたのは 中間的な媒介類(中景=象徴界)の喪失こそが原因じゃないのかな と考えています

まあ これは卵と鶏の議論のようなものなので中断(笑)
 (こんなこと考えていたら 脳みそが ビジネスに向いてくれません)

わたしは ここに 普遍経済学的なトポロジーを持ち込んでみました

それだけでは なんだかよくわからないのも事実ですが(笑)
 なんとなく見えてくることも あるのです

たとえば  素朴に考えられることとして
 とりあえず 中景は象徴界であり交換でもある という関係を見て取れます
 中景=象徴界=交換?

これを文字通り単純に東氏の文脈に重ね合わせ
  「交換の喪失」もおきているのね 考えてよいのか

それとも 中景=象徴界=交換であることで
 交換の持つ特性(交換の原理)が 中景=象徴界の喪失を起こしているのか

それとも 中景=象徴界の喪失を埋めているものが
 「交換」であるのか ということぐらいは 思いつくのでした

現実とすり合わせしてみれば
 中景=象徴界の喪失は現実に起きていることであり
 一方 交換の原理は 益々支配を強めているのも現実でしょうから
 交換の持つ特性(交換の原理)が 中景=象徴界の喪失を起こし
 それはまた 中景=象徴界の喪失を埋めている
 とでも 考えておけばよいのでしょうかね ということで 今朝はおしまいです

以上は 法政大学エクステンション・カレッジ 次回講座の構成で考えていたもので
 それは (かなり大雑把に) 近代(モダン)の概観で 触れるところです

公文氏は 今という時代を モダンの成熟局面 つまり ラストモダンと表現していますが
 それは ポスト・モダンの出現局面との重複を持ちますから
 つまり 「公共工事という産業」を取り巻く環境は
 複雑な顔を持っているのは 当然だということででしょうね

2005/05/17 (火)  
【法大EC第一回の反省】

午前6時10分起床
 浅草は くもり

今朝も 法政大学エクステンション・カレッジ第1回講座の反省からはじめますが
 講義内容のPPTをダウンロード可能にしていますので ご自由にお使いください

→ http://briefcase.yahoo.co.jp/pinkhip
「法大EC2005」フォルダ、HELP0501.zip ファイルです


突然の変化のように思えるものも
 形成→出現→突破→成熟→定着〜衰退 というプロセスの
 突破の局面だと考えることができます
 それが S字波というレンズ(社会を見る眼)の持つ意味です

情報社会学序説 p39)

今地方の建設業が置かれている状況(公共工事の急激な減少)も
 このS字波のレンズを通すと
 ひとつの突破局面であり この状況は突然表れたのではなく
 それは 開発主義の S字波をなぞっていることがわかるかと思います

S字波は 不可逆性のプロセスですから 開発主義のS字波が
 再び表れることはないでしょう (揺り戻しの小さな波はありますが)

情報社会学序説 p61)

だからと言って わたしたちに希望がない というわけではありません
 なぜなら S字波は ひとつの波ではなく 常に重複する波だからです
 つまり ある波の突破局面は異質な別の波の出現局面でもあります

だとすれば 大切なことは 新たな波を
 どう捉えることができるのか なのだと思いますが
 しかしそれも 簡単なことではありません

わたしは 現在 性急に行われている
 建設業の異業種進出政策には疑問をもっています
 それはなによりも 社会変革の波を見る眼のない政策だからです
 
建設業の異業種進出政策は
 地方における 建設業から他産業への雇用の転換という
 一種の産業政策の S字波だと言うことができます
 つまり 形成→出現→突破→成熟のプロセスを持ちます

S字波のレンズを持って見れば
 人間の生活に直接的な影響をもつために
 変化への困難がつきまとう このような政策が 1年や2年のスパンで
 突破局面を迎えることはありません
 つまり 時間を十分にかけて取り組む政策だ ということです

今 地方自治体の建設政策において顕著な 性急な答えを求める
 ソフトランデングという名の ハードな政策は
 地方が公共事業を中心に蓄えてきた
 資本ストックを ただ吐き出させるだけでしょうし
 (それは地方においては 次なるS字波への貴重な資産です)
 S字波の重複に 断層をつくりだしているだけでしょう

この断層を埋めるように マーケット・ソリューションが使われていますが
 このような 性急な変革政策がつくりだすS字波の断層は
 確実に地方の疲弊を招きます
 なぜなら そこには スケールフリー性 つまりベキ法則が働くからです

今という時代は 社会のスケールフリー化も
 地方の公共事業の減少と歩調を合わせるように
 突破の局面を迎えているように思えますが この二つは
 コインの表裏の関係のようなものですから それもまた当然のことです

では わたしたちは このような時代の流れに対して
  なにもできないままなのでしょうか

その問いに対するひとつの骰子一擲が
 わたしのいう 「協会ベースのIT化」になります
 しかし この 「協会ベースのIT化」は 誤解されているところがあるのも事実です

それは 協会のために動くことが 自社の利益とは相反するものだ
 という意見に代表されますが
 それは 白黒思考にとらわれてしまっているからです
 
S字波の重複を見る眼も
 「協会ベースのIT化」を理解する眼も
 じつは 同じ思考方法に基づいています

それが 三窟的思考であり ジャンケンの持つ哲学です
 つまり 白でもなく黒でもない 白でもあり黒でもある という
 「あるべきようは」の思考方法です

ただ このボロメオの結び目的な トポロジーを使うには
 ひとつ大切なことがあります
 それが 例えば 昨日書いた 「IT化を通して建設業に貢献する」です

つまり これは わたしが仕事を進めていく上で
 変わらない 変えてはならない 基本理念であり大儀です
 これがないと 行動はことごとくズレをおこしていまい
 眼はくもり 情報は見えなくなってしまいます

今回の講義では より実践的に
 この三窟的思考方法を身につけていただくつもりです

そこで  今回の宿題ですが とりあえず今の段階での
 自分自身の基本理念を考えてみましょう というものでした


まず 自分が一番になれるもの(今回はなりたいものでもよい)を考えます
 そして それは情熱を持って取り組めるものか
 仕事として経済的な原動力をもつのかを考えてください

次回 受講生の皆さんから発表していただきます

2005/05/16 (月)  
【IT化を通して建設業に貢献する】

午前6時40分起床
 浅草は はれ

今朝は 法政大学エクステンション・カレッジ(第一回)の
 反省からはじめたい と思います

まずは 跡付け的な本講座の開設理由からです

公共工事依存型の 地方の中小建設業のIT化は 進みません
 いや その言い方は正しくはないでしょう きちんと言えば
 進んでいるところは ますます進み 進まないところはまったく進まないという
 二極化が際立ち始めている という方が正しいのだと思います

それは 減り続ける公共事業と 同期する将来性への不安
 つまり 安心の崩壊の前に 「動きたくない」のではなく
 「動きだすことができない」状況にあるからだろう と考えています

それは 自らの力では どうしようもないと思える程の絶望感です
 
わたしのIT化は 建設業(で働く方々)の社会化 つまり
 今という時代への 社会的適応を 中心に据えておりますが
 建設業界覆う 「動きだすことができない」 という空気
 つまり 情熱の消失と それがつくりだす現実の前では
 わたし自身が くじけそうになることも度々です

なぜ 「動きだすことができない」のか ということを
 還元論的に 解を言う人たちは たくさんおりますし
 わたしも その解を「わからいという方法」で ずっと考えてきましたから
 複合的で 複雑な解のようなものを それなりに話すことはできます

しかし いくら「動きだすことができない」理由を考えても それが
 どうしたら「動き出す」に結びつくのか いまだに「わからない」のです

しかし その「わからない」という 現実を認めながらも
 それでもあきらめずに なぜ? と考えることを繰り返しながら
 そこから導き出される 「動き出す」ための骰子一擲を
 あきもせずに 繰り返すことでしか わたしの「IT化」は
 「動き出す」きっかけには なれないのだ と考えています

今回の講座は 建設業界を取り巻く環境を直視すれば
 つまり 「動きだすことができない」という マーケットを冷静に分析すれば
 集客の苦戦は必至でした

しかし わたしは おひとりでも来てくれる方がおられれば
 開設しようと腹を決めていました

(ただ過去の講座では 受講される方の中には 受講者同士のコミュニケーションを楽しみにしておられる方も多いようでしたので 申込者が少ない場合 お申込みいただいた方々には その部分は確認しなくてはならないなとは思っていましたが)

この腹の据え方は  「動きだすことができない」という現実は直視しますが
 それでも 「動き出せる」道は必ずある というわたしの信念からですし
 わたしが この仕事をしていく上で一番大切なもの

 「IT化を通して建設業に貢献する」

を絶対にぶれない基本理念とすることで 必ず見えてくるものがある
 という まあ ある意味 楽観的で ナイーブでさえある
 わたしの 思考と行動 そのものであるようにも思えます
 
今回は 予想に反して7名の方々が 市ヶ谷に集まってくれました
 七人の侍です(笑)
 それもうれしいことに 初参加の方が4名もおられました
 
皆さんの 真剣な受講態度に触れ
 わたしもまた 新たな勇気をいただくことができ
 とても嬉しいスタートとなりました

講義の内容については明日にでも書きます
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