[店主戯言00105 2001/05/01〜2001/05/31 "There goes talkin' MOMO"

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2001.05.16更新!→【桃知利男の現場IT化戦略 KEN-Platz 建設現場情報局連載コラム】


2001/05/31 (木)  
【Wake Up And Live】

浦和のコルソの「てもみん」で80分,リンパ系マッサージを受けて帰ってきた。
ここには凄く腕のいい方がいらっしゃって,私はいつもその先生専門でお願いしている。

いつにもまして,涙ちょちょぎれるばかりに痛かったけれど,明日も予約してきてしまった。^^;
明日は夜に移動するだけなので,日中は時間が取れるのでした。

今日の予定は,すべてキャンセルしてただいて,とにかく,突然の臨時休業,とにかく休みにしていただいた。
ご迷惑をおかけいたした皆様すみません。m(__)m

マッサージの後は,私の癒し系ミュージシャンの20年変わらぬbPである,ボブ・マリーで心の洗濯。
本日のメニューは,’79年のオーストラリアはブリスベーンのLIVEなんていう,お宝のような音源である。

音はお世辞にもよくないけれど,BOBの場合はそんなのは問題じゃないんだなぁ。
Wake Up And Live!と叫んでくれればいいわけだ。

ということで,ちったぁ,元気になったかぁ?



【仕事として休む】

今日は,私の職務として「仕事は休みなさい」と,今,自分自身に命令を出しました。
(これは,太田ジオさんに教わった方法だけれどもね)

どうも,右わき腹から背面にかけて違和感がある。
筋肉か,筋か,それとも内臓か。。。

とにかく,休みです。

2001/05/30 (水)  
【飯田から帰る】

新宿からはタクシーで帰宅。
どうも,背中というか腰が痛くて,電車に乗る気にはなれなかった。

17号線は夕方のラッシュの時間。でも,私は急ぐわけではないし,タクシードライバーは,朝霞の人で,私をとどけけた後,家に戻って晩飯を食べようなんて言っている方だったので,まあ,のんびりと帰って参りました。

今回ツアーの反省点は,早朝の移動はやっぱりだめである。につきるな。
なるべく前日中に移動しておいて,朝ゆっくり出来ないと,体に悪いことがよくわかった。

ということで,今日は後は休み。



【飯田から新宿へ】

桃知@飯田からの帰りの高速バスである。
中央道は雨である。新宿はどうなっているのかしら?。

飯田のバスターミナルで信州限定「カルピス フィーズ」(これはお酒ですの但し書き付き)を購入し,二本飲んだので,双葉サービスエリヤまでは,ぐっすりと眠る。

しかし,今日のバスの乗客の皆さんは,恐ろしいぐらい平均年齢は高く,それも圧倒的に女性が多い。
私なんて,ぴちぴちの若造である。なんか恐ろしい雰囲気がただよう車内なのであった。

しかし,体の調子がどうもよくないぞ。。。
背中が痛い。

後,新宿までは1時間30分ぐらいかな?
『LTCM伝説』を読みながら移動だな。



【インセンティブとセーフティネット】

経済財政諮問会議の経済財政運営の基本方針が,ぼちぼちまとまってきているようで,各メディアにその一端が顔を見せ始めている。

たとえば,本日(5月30日03:04)の読売オンライン(http://www.yomiuri.co.jp/00/20010530i201.htm)が報道している,地方交付税の抜本見直しは,そこに,国土の均等ある開発を支える原理原則そのものの変革を見て取ることができよう。

『現在の交付税制度が、全国的に均一な行政サービスの提供を第一の目標としているのに対し、今回の方針は、自治体が努力次第で、大幅な収入の増加や収支改善を実現できる仕組みに改革する。この結果、自治体の自己責任の下である程度サービスに格差が生じることも許容する方向へと大きく方針転換する。』

さらには,今朝のNHKのニュースは,経済財政運営の基本方針の原案をトップで伝えている。
そこでいわれている公共事業は,縮小と配分の見直しがいわれているだけである。

このような状況の中で,自治体発注の公共事業はどう変化するかを考える(イマジネーションする)ことができるのか。
そのような外的変革要因に対して,自社はどう変革するのか(変革の必要はないのか)を考えることが,今,地場型中小建設業の経営に課せられた宿題だということであろう。

小泉内閣は,今見る限り,少なくとも本気であると考えるだけの信念が首相にあるように感じる。それが高い支持率の裏づけだろう。

それは,既に従来の自民党という党の枠を越えているといえるであろうし,その戦略は,米国流といういうよりは,むしろ英国のブレアを連想させる。その意味では,民主党が目指す政策に非常に近いともいえるだろう。

なので野党(民主党)は決定的な差異を提示できないでいる。このままいけば,参院選は小泉の圧勝だろう(ただし,それは自民党の勝利ではない)。

ブレアの政策の特徴は,脱福祉国家であり,失業に関して言えば,失業補償ではなく,就職補償である。
失業したことに対して補償を与えるのではなく,職に就くことに対してインセンティブを与えるような政策である。

自律(自立)することにインセンティブのあるセーフティネットの構築。小泉が作ってくるものとは多分これだろう。
国土の均等ある開発と,景気対策と,失業対策が最後の砦であるような,今の建設業界の論調では,とてもこれにたちうち出来ないのではないかと思う。

自ら変わらなくてはならない。

2001/05/29 (火)  
【飯田に着いた】

中津川は凄まじい雷雨だったのに,トンネル一つ越えたら別世界。
飯田は雨は降っていなかった。

しかし,どうも体の調子が悪い。
切れがない。

今日の移動時間は眠ってばかり。
そういえば,最近はご自愛くださいっていうメールがやたら多いなぁ。

ご自愛することにしよう。
寝るぞ。ということで,メールの返事は遅れます。m(__)m>ALL



【中津川にて】

桃知@中津川駅の待合室である。
外は猛烈な雷雨。

私は,18:55発の「いいなかライナー」を待っている。
後40分程はバスがこないのだ。(T_T)

本日は,宇佐美組さんで,イントラネットの利用講習の第一日目をしてきた。
基本的な使い方を,実際に操作しながら覚えていただこうということだが,さて,いかがなものだったでしょうか?

極めて簡単な仕組みであるイントラネットは,その機能は単純極まりなく,それゆえ,これは最終兵器のようなものだ。
つまり,これが使えないとなると後がない。^^;(笑)

まあ,私の経験では,全然だめだったところはないわけで,それぞれそれなりに使いこなしていただいている。
私には,使っていただくための,それなりの自信はある。

全社的なIT化のきっかけとして,各社員のリテラシイ向上のきっかけとして,そして,デジタルコミュニケーションへの入り口として,私はイントラネットの構築と活用が最適であると考えていることは皆さん既にご承知のところだろう。

各社,それぞれイントラネットの導入をしているところも沢山あるようだが,果たして,私の関与先さんのように動いているだるか。

それは,問題は,各社,組織ごとに異なるイマジネーションの深度の差異(これが私のいう「コア・コンピタンス」としての「社風」である)であって,結局それは,IT化の目的意識の差異でもあるだろうが,この辺りで迷走されている会社さんが多いのではないだろうか。



【起床】

午前3時30分起床。
私はこれから大垣まで出張です。

昨晩は,太田ジオさんと,うどん星人2号とで,四ツ谷の後楽にて,秘密会議をしたりしていたので,まだ,体の中からアルコールが抜けていないし,頭はボーっとしている。^^;

そんな状態でも,私は移動しなくてはならないのだ。(T_T)<大丈夫か?
今日は,大垣での仕事が終了後,その足で飯田まで移動。

多分,移動時間中は眠っているだろなぁ。
というところで,では,いってきます。(^o^)丿

2001/05/28 (月)  
【新聞を読んで】

今月は,いつもにもまして,あっちこっち飛んで歩いていたものだから,新聞が山の様に溜まってしまった。
久しぶりに溜まった日刊建設通信新聞にざっと眼を通すと,昨今のトレンド・ワードはPFIであることが解る。

このPFIの背景は,財源がないということに尽きるわけだけれども,PFIが生まれてきた背景(サッチャリズム)を理解してるんだろうかねぇ(特にお役人にね)という,私の疑問はますます大きくなる一方だなぁ。

それにしても,本日28日付けのトップ記事は笑わせてくれる。
曰く,『かすむ社会資本整備の本質 公共事業見直し論業界に懸念広がる 「国土交通省の理念」と矛盾』だそうだ。

これをいうなら,『かすむ社会資本整備の本質』ではなくて,『浮き彫りにされる社会資本整備の本質』であろう。
今までの公共工事では,社会資本整備の本質等,とっくにかすんでしまっていたのだ。

だから今公共工事が問題になっているのだし,国民からの支持も得られていないのだ。
なんでこんな単純な事実認識ができないのだろう。

私は,この公共工事受難の時代とは,かすんでしまった社会資本整備の本質を,もう一度明確にする作業の時代なのだと思っている。

新聞が詭弁をいう(つまり業界にごまするような発言ばかりが目立つ)ようでは,裸の王様を作っているだけじゃねぇかと思うのだがねぇ。→購読止めようかな。

さらに,この記事には,面白い引用があって,『全建幹部からも「地方格差をどうするのか。いまの議論は地方切り捨て,弱者切り捨てだ」との反論が相次いでいる.』

これは地方=弱者を暗黙の了解として書いてあるけれど,問題は深くて,それは「弱者とはなにか」の問題であって,実は地方が弱者を装いそれを主張することで,強者になってしまっていることへの反発が,今の公共事業批判の根底にあることを見逃している。つまり,状況分析が全然できていないのだ。

さらには,その似非弱者の氾濫は,真の弱者の姿を見えなくしていることに言及すべきだろうと思う。
まともな新聞ならね。

そして,挙句の果てに,『国土の均衡ある発展をめざすという国家的政策を今後も継続するのか,財政難のなかで今後は社会資本整備をどうしていくのか。相次ぐ業界の声は,国土交通省,政治家へ向けた切実な問いかけとも言えそうだ。』と記事を結ぶのだけれども,だから,こういう思考構造こそが,自らの市場を狭め,自らの首をしめていることに気がつかねぇのかなぁと思うのだ。

2001/05/27 (日)  
【受講生からのメール】

法政大学エクステンションカレッジの受講生様からのメール。もう実名入りのままで載せてしまおう。^^;

昨日は本当に為になりました。
掘さんの話は分かりやすく、かつ中身が深い。
北沢さんの「物を深く洞察する視点」には、普段の私の考えや行動の底の浅さが身にしみて感じられました。
千葉のお三方のパワーには本当に吃驚させられました。
次回以降さらに楽しみになってきました。

ただ、一方で、どんどん「深みにはまってわけが分からなくなって来つつあります。」

CALSとは単なる「受発注者間のコミニュケーションの電子化」などという簡単なものではない.......ということ。
自治体、国の政策そのものであったり、企業や個人の社会/経済活動そのものであったり、そういう根源的なものを制度や施策として考察してゆく......
でも、それだと、もう「私は一体何をしたら良いのか」いや,そもそも「何が出来るのか」という話になってしまいます。

今回の講議および、懇親会でそんなことを考えさせられました。
すくなくとも「CALS」ってやつはそんなに生やさしい物ではない。
それが解ったことが最大の収穫でしょうか?

私らの世界というのは,わけがわからないから,こうして日々思考しているのであって,その思考こそが大切でね,答えなんかそんなに簡単に出てくるものではないのだ。(包帯のような嘘を 見破ることで 学者は世間を 見たような気になる)

まあ,そのわけの解らないものをCALSと呼ぶのはもうやめようというのが,私の頭の中にはあって,本来のCALSは確かに一つの思想の具現化としてあるわけで,その思想は明確極まりない。
→それは新古典主義的な経済原理の導入である。

私の主張は,そういうCALSのようなものを導入しようとする昨今の公共事業の競争一辺倒の思考から,さっさと脱却しましょうということなのだが,それじゃ,どういう世界を脱CALS(公共事業のCALS)において構築していくのかといえば,何度も言うが,今の私にははっきりした答えは「わからない」。それが今の答えなのだ。

つまり,『私は地方公共団体発注の公共工事市場の第三の主義を模索しつづけているということである。
それは,古典的な経済自由主義と民主主義の組み合わせに単純に戻るとか,米国流のシステムに倣うべきだということにもならないだろう。』ということである。

しかし,明確なことは一つあって,市場は確実に縮減せざるを得ないだろうということである。そして競争性をますます強めてくるだろう。その縮小の中で,確かに競争は激しくなり,ある程度の淘汰も起こるであろう。

そういう市場の変化を読みながら,果たして自社は何をすべきなのかを考えればいいのではないだろうか。
それは,つまり,生き残ることである。どっちにころんでも生き残る術を身に付けることである。それがマネジメントだということではないだろうか。

究極のコア・コンピタンスは環境適応能力であり,それは,メアリー・P・フォレット(私の神様の一人)のいう「状況の法則」を探し出すための組織の営みでしかないということだ。それは環境変化を見極め,その環境変化に対しての自社の変革の戦略を構築することでもある。

そのために,私の講座では2回にわたって外部要因分析をしたわけである。
そして,そのためにITは何ができるのかを,これからの講座で考察しようと言うわけだなぁ。


【情念】

うどん星人2号からメール。
→本当は嘉多蔵の十八号を消滅させたことに対する抗議のメールなのだが。。。

四国・中国地方巡業から戻ってみたら、体重計が留守中に壊れていました。
なんて桃知さんのお告げは当たってしまうんでしょ!
前回の「太るぞ!」というお告げ.....

(ざっくり)

IT革命も建設CALS/ECも、桃知さんのお告げでどんどん変わるかもしれないですね。
「変化を生み出すのは,こうした小さな熱源であり,情念である」
とありましたが、その変化にはずみをつける桃知さんのお告げ、決してあなどってはなりませんね。

その返信
私の世界というのは,「世情」のシュプレヒコールのようなものです。

世の中は とても 臆病な臆病な猫だから
他愛のない嘘を いつもついている
包帯のような嘘を 見破ることで
学者は世間を 見たような気になる

シュプレヒコールの波 通り過ぎていく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがるものたちと 戦うため

From「世情」 By 中島みゆき
まあ,愚か者というか,ぼっけもんですなぁ。(笑)

私はとてもよい時代に生まれたと思っている。
多分,5年はやくとも5年遅くても,今のような自分はなかったろうと思う。

世紀をまたぎ,100年に一度というような変革の時代をLIVEで楽しめるなんて,この時代に生んでくれたことを両親に感謝しなくてはならないだろうなぁと思う。

私はすべてのしがらみから少しでも離れることで,この時代を自由に思考する機会と環境を得ようとしている。
なので私のHPには生活感はない。でも私は死んだ人間ではないのだ。

ただ,思想の自由こそが人間の自由であるという,村上泰亮の言葉をいつも信じているだけである。



【裸の王様】

久しぶりに,まじめに今週の読書を書こう。
『失敗学のすすめ』,畑村洋太郎,2000年11月20日,講談社

確かなことは,失敗こそがイマジネーションの根源であるということであろう。
成功事例のキャッチアップ的手法は,右肩上がりのマーケットが広大な時代なら有効でもあったろうが,これだけマーケットがタイトな時代には,決して自らを成功の道には導かないことを,我々は既に昨今の失敗から学んでいる。

→しかし,この文脈を理解できない方々のなんと多いことか。
→特にお役人。

マネジメントの視点から言えば,GoodNewsはさほど重要なものではないだろう。
自己満足と陶酔に浸るほどの効果はあるかもしれないが,それさえもビジネスの世界では一瞬の幻のようなものであり,うまくいっていることから次のステップアップは決して見えてこない。

必要なものはBatNewsであり,そのBatNewsの共有化なのではないだろうか。
悪いNewsこそが,組織にとっては,最上の,最も必要とされる情報なのである。

私は,多くの企業や自治体との接触の中で,裸の王様をたくさん見てきた。
それは,GoodNewsしか目にしない,できない組織的習慣の横行,システムの硬直化,そして組織的自己保身のためである。

いつしかBadNewsは,歪曲され,隠匿され,マネージャーの元まで正しく届かない。
それは,変革へのチャンス,成功へのチャンスを自ら放棄していることに他ならない。なんという愚か者か。

多くのマネージャーや首長や経営者は,すべてがうまく行っていると信じ込んでいる。
それは,信じ込みたいのかもしれない。
→私は,まるで砂漠のダチョウのように,問題を先送りする遇者を沢山知っている。

しかし,ここで必要なことは,失敗事例を強制的,強権的に出させることでもない。
これさえも,失敗学の本質ではない。

『そもそも管理の強化は,日常的に繰り返されることを想定した活動には有効なものの,想定していない非常事態には無力であるという欠点があります。』
→管理の形骸化→チャンスは非常事態にこそある。

TQC活動やISOなどの管理強化を取り入れている組織を見ていると,社員は管理のための書類作りにいそしんでいるだけで,新しいことに挑戦する意欲をすっかりなくしているように見えるが,皆さんのところはいかがだろうか?

彼らはマニュアルにない事象,前例のない事象,つまり非常事態,イレギュラーに対してはあまりにも無力である。

『そんな人たちの中には,ひそかに自分の状態を嘆き悲しみ,会社の将来さえも憂えている場合があることを管理者は知るべきです。』

『ところが,肝心の管理者たちはこの事実にまったく気づかず,一様に管理強化による成果を誇っているからおかしな話です。やがて崩れていく砂上の楼閣の主が,それとは知らずに戦果を誇っている姿をどことなく彷彿とさせます。』

管理とマネジメントは明確に分けて語られるべきものであろう。
失敗の真実を探求する姿勢はマネジメントにしかない。マネジメント,それは,社員のイマジネーションの発揮を最優先,最大限とする経営である。

それはイレギュラーへの柔軟な対応能力ということでもある。マニュアル化された管理規定では対応できないものへの対応能力である。
それがコア・コンピタンスとしての社風であるというのが私の主張なのだが。。。。

2001/05/26 (土)  
【本日の講義内容】

法政大学エクステンションカレッジ第二回は,堀@建設CALS/EC研修センター長による,岐阜県建設CALS/ECの取組みを中心とした講義。
その内容は↓の【岐阜グランドホテルにて】を参照していただきたい。

岐阜の取組みで言えば,そこには成功も失敗もある。それこそ6割から7割が失敗かもしれない。
しかし,それは当り前の世界であって,キャッチアップが前提の行政の取組みとしては,自ら棘の道を進む岐阜県は異例中の異例なのだということを理解されればよいかと思う。

そして,その活動の視点には,地場の中小建設業の生き残り政策と言う部分が色濃くあることを理解いただけたかと思う。
地場優先の発注政策や,目先の安心感を与えるような政策も必要だろうし,いたずらに危機感をあをる必要もないかもしれない。

でも,今現在で確かに言える事とは,確実に市場(公共建設市場)は小さくなっていくということであり,それゆえに↑の文脈で言われる,心地よい言葉には,なんの裏付けもないことにそろそろ気付けべきだろう。
→受注者も発注者も。

それは,竹中平蔵流に言えば,今までのような政策を続けて,5年後にめちゃくちゃな時代を迎えるのか,それとも,ここで思い切って構造改革をして(それはここ数年間痛みを伴う生活を余儀なくされるだろう)将来にかけるのかということと通じるところもあるかもしれない。

つまり,自治体建設CALS/ECは,所詮その原資という問題を抜きには考えられない。つまり,その原資をどうするのかという経済政策(しいては経済原理)を無視した議論は,すべて空論にしかならないということでもある。

さらには,その市場の変化へどう対応するのか,という部分を行政から刺激を受けないことには,地場型中小建設業のIT化は機能しないという悲しい現実が,地場型中小建設業のIT化意欲を阻害しつづけている。

ということで,↑の話は,私による「新潟県建設産業振興プラン」(http://www.pref.niigata.jp/dobokubu/sosiki/honcho/kanrika/index.html)の説明,というか,このプランのインパクトの凄さの話になだれ込む。

つまり自治体(行政)からの刺激の話である。

自治体が,ここまではっきりと競争原理を打ち出してきていることの凄さというか,その背に腹を変えられないような緊迫感を全国の地場型中小建設業は感じることができるだろうか。

本当に,このようなプランが,ほかでもない新潟県から出てきているこことに,私は非常に驚いているのだ。
今という時代を『大競争時代』と位置付け,−技術と経営に優れた建設業者だけが生き残れる時代−とする認識。

『企業間の競争を通じ、最終消費者(県民)のニーズに応えられる活力ある産業へ基本的姿勢』というときの,本当の顧客を県民であると言い切ることのできる素晴らしさを素直に評価している。

→しかし,余計なことかもしれないが,この意識を建設業にだけ求めるのではなく,行政自らが意識しているのだろうか?
 >新潟県

深読みだが,国土交通省の姿勢が色濃く出されてる点に私個人としては大注目しているのである。もしかして国土交通省の意向で,モデルケース的に作成されたものなのかとも感じている。
→果たして,新潟県の皆様はこれをどのように受け止めているのかは,非常に興味深いところである。

講義終了後,近くの嘉多蔵にて懇親会。嘉多蔵はうどん星人2号の紹介である。店にある黒龍の十八号を全部飲んだ。^^;
本日の講義出席者は全員集合で,熱く語りあう。必要なものは,こうした熱なのだ。変化を生み出すのは,こうした小さな熱源であり,情念であると私は感じている。

そうそう,本日から受講者は1名増えた。(^o^)丿めでたい。

さて,次回は,トライネットの熊谷社長をお迎えして,M&A戦略の話を聞く。
これのどこがCALSと関係あるのかとお思いの方もいらっしゃるだろうが,これが大有りなのだなぁ(笑)。

まあ,わかんねぇ人は一生わかんないほうが幸せかもしれないけれど,それは,水から茹で上げられた海老の世界かもしれませんなぁ。(笑)



【岐阜グランドホテルにて】

5時に:目覚める。
昨晩は結構飲んでしまって,眼鏡をかけたまま眠ってしまって,朝目覚めたら眼鏡が曲がってしまった。(T_T)

昨日は,岐阜グランドホテルにて岐阜県建築士事務所協会さんの総会に出席。
ここの総会は副知事と県の二人の局長が顔を揃えている。凄いなぁと思う。

総会では,15分ほどのスピーチ。
内容は,例によって世の中は変化するという話と,ITは決して差別化の要因,つまりコアにはなれないという話。建設業,建設関連業のコアは決してITにはない。

私の正当な読者なら,既にご理解いただいていると思うが,私はITが決して魔法の箱だとは認めていないし,CALS,特に自治体の行うCALSを単純バカボン的に肯定もしていない。(私を自治体CALS推進論者だと思われている方がたくさんいらっしゃるが,それはまだ私を読みきれていないということだ。)

たとえば,5月13日の【昨日の講義要約】に以下のように書いている。

『しかし,この配分VS競争という二元的な考え方はあまりにも近視眼的である。このような主張は,結果的にはハードランディングどころかハードクラッシュさえも起こしかねない。小泉内閣による財政再建路線,痛みを伴う改革をどう考えようか。』

『これらの文脈において,私は地方公共団体発注の公共工事市場の第三の主義を模索しつづけているということである。
それは,古典的な経済自由主義と民主主義の組み合わせに単純に戻るとか,米国流のシステムに倣うべきだということにもならないだろう。』

自治体の行う公共事業の変革を考えるということは,その原資(つまり予算の確保の問題だよ)をどうするのかという問題は避けられないものであるゆえに,この(↑)ような思考を必要とするわけで,これにITはどう生かされるのか,CALS的精神は何処まで機能するのか,私はそういうことを考えているだけである。ただし,公共建設市場の流れをみるならば,それは(誰の意思というわけではなく)市場原理の導入が進んでいることは否定しようはないだろう。

むしろ,私の興味の対象はCALSというよりは,よりミクロ的な個々の組織のマネジメントとIT化にある。マネジメントという文脈では,行政も企業も隔たりはない。行政はよりよい行政の実現と自らの存続のためにITをどう活用できるかを考えればいいし,民間企業においては,いまさらIT化は何のためにあるのかを聞くことさえ愚問であろう。つまり,生き残りのためにITを活用するのであり,よそよりもいい会社になるためにIT化に取組むのである。
→昨日引用した月尾教授のことばを再読いただきたい。

ただし,問題があるとすれば,多くの地場型中小建設業にとって,この愚問である「IT化は何のためにあるのか」の答えを見えなくしているものが存在するということだ。つまり,よそよりもいい会社になろうというインセンティブ(そこにはITは直接的にからむ必要もない)が働かない市場そのものを問題とすべきであり,その一つの答えとして自治体建設CALS/ECは機能できるのではないかというのが,私が主張である。

そして,その自治体建設CALS/ECとは,決して国土交通省のいう建設CALS/ECと同じものではないだろうと考えるわけである。
→競争原理や配分原理がすべてではないということだ。

それが私の場合,岐阜県での取組みとなるのだが,果たして,岐阜県は建設CALS/ECにおける岐阜県モデルを確立できるのかといえば,それは私も知らないのだ。^^; つまり,答えは解らない。解らないからこうして活動しているのだ。

ということで,本日は岐阜から法政大学まで出勤。
今日の講座は外部講師として,堀@建設CALS/EC研修センター長(岐阜県)をお招きする。

私が上記で話したようなところを深く考えようじゃないかいということだ。
しかし,建設CALS/EC研修センターって名前は何とかならないかねぇ。パソコン教室だよこれじゃ。

月尾教授曰く,『生き残る方法は,ほかの付加価値で競争できることを実証することです。ほかよりも高くても,川上にある企業が買ってくれる製品やサービスを生み出すことでしょう。』である,これを学ぶ場に変身しないと,建設CALS/EC研修センターの存在意義もなくなってしまうだろう。

それから,180,000HITありがとうございます。m(__)m
めでたく180,000をGETされたのは,久保田さん@北沢建設%長野県飯田市でありました。(^o^)丿

2001/05/25 (金)  
【ひかり127号にて】

ももち@ひかり127号で岐阜までお出かけである。
午後から日経ホールへ,セミナーで講演される窪田建設の窪田社長を訪ね,控え室でお茶をごちそうになって,東京駅へ移動。ただいま,新幹線の中なのだ。

このひかりは,いまやめずらしい100系で,グリーン席は二階建て(つまり,こだまとおんなじだな),名古屋までは2時間ほどかかるのでいろいろと仕事もできるかと思いきや,すぐ後ろの子供がうるさい。餓鬼はグリーン車になんか乗せちゃいけないなぁ。

さて,インデックスページのカウンターが,もうすぐ180,000です。ご確認ください。
そして,180,000Get様は,店主へメールでおしらせください。本当の粗品(笑)を準備したいと思います。

というとこで,久々に骨太のメールをいただいたのでご紹介。

最近、僕にとってCALSは死語になってしまいました。

世間のITの流れの一つの事象としてCALSがあるので、建設CALSが中心最終形じゃあ無いんですよね。
建設CALSを中心にすれば
-5-4-3-2-1->>建設CALS->>+1+2+3+4+5 IT-->> 明るい未来世間の流れは、ずっと右の方でしょうか
ところが建設業だけは左の方?役人はもっと左。
役人-5-4-3-建設CALS-2-1->>0.0>>+1+2+3+4+5 IT-->> 幸せな未来

個人的な感想ですが
お上の言っているCALSと (これはi-CALS)
お上のやっているCALSと (これはy-CALS) 何か大きな隔たりがあるように思います。

電子政府を目指す壮大な?理念の割には、レイヤーに細かい単なる納品規定じゃないのかという意見も納得出来ます。
僕自身の担当する工事に いろいろな基準を仮に当てはめては見るのですがなかなか難しい。
電子納品にしても先が見えないし、正しく運用する自信はないなぁ。

あぁ、役人の言っていることをCALSと思えば取り残される。
建設CALSでさえ時代のIT事情からは遅れている。どうしたらいいのだろう。(ぼやき)
みんなが幸せになるような いーCALS(これはe-CALS)目指して もう一息がんばろうか。

と ネタに使いますよね。

はい,ネタに使わしていただきました。^^;?



【月尾教授に教わる】

昨晩は,午後11時ちょっとすぎに藤沢から帰宅。
雨も降っていたし,大嫌いな京浜東北線には耐え切れず,王子で下車して,後はタクシーで帰ってきた。

日中,辻堂駅で購入した「海軍さんのカレー」」と,帰りに大船駅で購入した「鰺の押鮨」と「鯛の押鮨」がお土産。^^;

帰ってから,先日偶然に本屋で発見し購入しておいた『日経WrbCOMPANY2001年6月号』を読む。
お目当ては,月尾嘉男先生の提言インタビュー。曰く,『供給者主導型から消費者主導型へITは「産業革命」を180度変える』

『BtoBの場合,部品を納める中小企業の経営者から「結局,値段の叩き合いになってしまう」とう話を聞きます。しかし,ネット調達であろうとなかろうと,品質が同じで価格だけの競争にならば,価格の高い企業は切り捨てられても仕方がないということです。過去にも下請け企業はもっと過酷な価格引き下げの要請を受けたことがあるはずです。』

『しかも,世界規模での競争が始まります。品質が同じであれば中国や韓国など,労度賃金のより安い国からの攻撃にさらされることになります。現に衣料品業界が,海外からの安い製品を輸入するユニクロの攻勢によって大きな打撃を受けている問題は,同じ品質での価格競争になれば,避けられなことだと理解しなくてはなりません。』

『生き残る方法は,ほかの付加価値で競争できることを実証することです。ほかよりも高くても,川上にある企業が買ってくれる製品やサービスを生み出すことでしょう。』

これ,すなわちCALSで生き残る鉄則でもある。
CALSは価格競争ではない。付加価値の競争なのだ。まり,コア・コンピタンス経営である。

『日本企業がIT化するときに考えなくてはいけないことは,OA化とIT化はまったく違うということです。OA化というのは従来の組織や業務の仕組みを変えずに,部分部分にコンピュータを入れただけです。手書きの注文書をワープロで作成するようにしたという程度です。』

『しかし,OA化にネットワークが付加されたITでは,従来の組織やビジネスの仕組みを変えない限り,いくらネットワーク化しても「宝の持ち腐れ」どころか。設備投資も回収できません。』

『IT化によって,たとえば,社長や重役などの意思決定部門と,決済を受けて実際に行動する部門が,その間を飛ばして直接情報のやり取りができるようになります。中抜きという言葉は社外だけでなく,社内でも同じように中抜きされる部門が出てきます。』

『もちろん,社外を見ると,問屋を超えて企業とマーケットが直結してきていますから,企業内の組織,企業と社会の関係の両方を変えない限り,ITが本来持っている威力を発揮できないのです。』

たとえば,私のコンサルテーションにおいては,ワークフローをなるべく使わないように指導している。それは,その多くが,従来の紙ベースで行っていた稟議の形態を,そのままデジタルに置き換えるという発想を脱しきれていないからだ。→イマジネーションの欠如!

そのようなデジタル化は何の業務改善にならないし,ITは何の建設的な面を生み出しえないだろう。

私は,ワークフローによる稟議であれば,より一斉同報型であり,全員一致を待たずに流れるようなシステムを作る。
たとえば,課長,係長,次長に同時に稟議が流れ,その3名の内,2名が承認すれば,後の1名の決済を待たずに次に流れるような仕組みである。

『情報通信の原則というのは人と会うための約束を取り付けることです。手紙も電話も,結局は人と出会うための手段です。インターネットに代表されるITがもたらすものは,相手がいなくても,真夜中でも情報が送れる状況をつくりだし,会うための約束を取りつけることを容易にすることです。』

『ITを活用するということは,より多くの人と出会い,顧客と密接な関係を築くというビジネスの基本につながるのです。この基本を守っていれば,ITは企業発展のための大きな道具になるのですが,ITで成功していない企業は,ITの本質を忘れているのではないかと思います。』

月尾教授が,ここでいうことを,どのぐらいの方々が理解出来るだろうか?
実は,私のITコンサルテーションとは,この文脈,つまりデジタル・コミュニケーションの強化と実践にしかない。

そして,それは,ITでできることできないことを理解し,ITでできないことをITで強化しようとするものである。
どの時代でも商売の基本は顧客とのコミュニケーションの確立であり,マネジメントの鉄則とは,組織内のコミュニケーションの確立ある。顧客と喋れないのでは何も売れないし,上司や部下,パートナーと話ができないのでは,マネジメントもなにもないのだ。

ITができることとは,コミュニケーションのスピードアップと円滑化,そして深遠化にほかならない。
つまり,『ITを活用するということは,より多くの人と出会い,顧客と密接な関係を築くというビジネスの基本につながるのです。』

この辺りは,次回の【桃知利男の現場IT化戦略 KEN-Platz 建設現場情報局連載コラム】の題材でもある。
ITでできないことをITで強化する。その意味は,ITを活用することで,より多くの人と出会い,顧客との接点面積を広げるということでしかないのである。
ITは営業はしない。そう肝に銘じるべきだろう。

2001/05/24 (木)  
【鳥の歌】

BS1を見ていた。

ベアート・リヒナーはカンボジアのカンタ・ボア病院の院長。
カンボジアの子供たちを無料で治療を行い,生活費を支給し,次回病院にくるための交通費を支給する。

病院の運営は寄付行為で成り立つ。運営資金を確保し,病院を運営することは神経をすりへらすものだという。
それに耐えられるのは,頭の中にメロディーがあるからだといいます。もし,音楽がなかったら,建設的な仕事はできないと。

その彼が弾く「鳥の歌」(パブロ・カザロフだなぁ)は,へたくそだけれど,とてもやさしかった。

そして私が感じたことは,ベアート医師にとって音楽と同等に大事なものは,自らの平等の価値観への強い信念であるのだろうなぁと。
カンボジアの子供たちは治療を受ける権利がある。そのお金は寄付で成り立ているわけだけれども,それはほどこしを受けているわけではないと。それは資源の平等な配分なのだと。

私は,アマルティア・センを思い出していた。そして,センの言葉「効率主義の愚か者」
開発は,経済的成長とかお金持ちになりたいためというよりも,自由の確保のために行わなくてはならない。ん〜。



【辻堂にて】

藤沢の第一イン湘南でめざめたところ。
昨日から降りつついていた雨もあがったようだ。

本日は,昨日に引き続き門倉組さんで勉強会を行う。
門倉組さんは,既にKenPlatz等で紹介されている通り,現場を含めたの情報化については熱心に取り組んでおられる会社さんである。

先日の大建協での講演の折にも,門倉組の取組みをお話したところ,その取組み内容に大手さんが悔しがったぐらいである。
既にリテラシィレベルであれこれいうことはない。それでも,まだ勉強をするのは,更なるステップアップを目指してである。

それは,イマジネーションしましょうということにほかならない。。。。
と,ここまで書いて,これは5月22日にも書いたことだなぁと。(笑)

今日の勉強会は夕方からなので,午前中はホテルでちょっとのんびりするつもり。
ということでTVを見ていると,田中外相は理念を語るし,首相はハンセン病訴訟の控訴を断念するし,なんか最近政治はおもしれぇなぁと思う。

皆さん,最近,なんかおもしれぇなぁってことにであっていますでしょうか?
これがないと人生は極端につまらなくなるものです。

最近の私のなんかおもしれぇなぁというのは,たとえば,新潟県土木部の「新潟県建設産業振興プラン」(http://www.pref.niigata.jp/dobokubu/sosiki/honcho/kanrika/index.html)だったりするのですが,こんなので楽しめるなんていうのも,なんか悲しい気はしないでもありません。(T_T)

そういえば,昨日でがけにCMnetさんから電話があって,協議会から会員になられますかと言う話だったのだけれど,CMnetは,私の研究対象であって商売の場ではありませんからと,会員になる意思のないことを伝えたところ,さすがに相手さんも私のことはある程度調べていらっしゃたようで,私の話を聞いたいということ。それはそれで快諾したのですが,おもしれぇ方々だなぁと思うのでした。

それから,インデックスページのカウンターがまもなく180,000になりますので,恒例に従い,180,000GETerさんは,店主にメールでお願いいたします。
昨年の今ごろは確か77777で遊んでいましたから,1年で100,000も増えるものなのですねぇ。

私は,ここを訪れてくださる皆様のほとんどとはお付き合いはございませんが,講演会などで時々(本当に時々なのだ),ホームページを拝見していますよとお声がけいただけると,それはそれでうれしいものではあります。

もっとも先日参りました滋賀県建築士事務所協会では,誰も私のことなんて知らないわけで,ISOのコンサルタントなんですか?なんて,私が一番嫌う勘違いをされたりしていると,まだまだ私の活動なんて,所詮,裏街道なんだなぁと実感するのでありました。

2001/05/23 (水)  
【本棚が届いたけれど】

新しい本棚が届いた。私用の3本目である。
当座の我が家の問題点は,増えつづける私の蔵書の置き場所である。

我が事務所は蕨の2DKの一室(のすみ)。
鼠算式に増える本は,まさに足の踏み場もないという状況なのであった。

なので,新しい本棚を購入したのだけれども,しかし,問題は,その本を入れる本棚の置き場もないという現状である。(T_T)
もっと広い家に引越ししないといけないなぁというかことか。→抜本的構造改革ってことか。(笑)

というところで,私はこれから藤沢市の門倉組さんまで。
夕方から勉強会。本日は藤沢泊。

明日も夕方の勉強会をして,帰宅予定。
明後日(25日)は,日経ホールに寄って,岐阜のグランドホテルまで。

26日は岐阜から法政大学エクステンションカレッジへ出勤。
エクステンションカレッジ終了後は,第1回のHELP懇親会。(会場の手配をしなくてはならないことに気が付いたぞ。^^;)


【松下電器のはなし】

週間東洋経済2001/5/26の特集は,『松下電器どん底の本気-すべてを破壊せよ!-』,これを読んで唸ってしまった(つまり,「う〜ん」ってやつだな)。
中村邦夫社長が下した号令は「守るべきは創業理念のみ。あとはすべて破壊してよし!」だそうだが,そこまで松下を追い詰めたものは何か。

今回の特集を読む限り,松下電器という会社は,戦後の日本経済システムである,開発主義そのものなのである。

つまり,『幸之助の築き上げたビジネスモデルは,まずライバルメーカーをモルモットよろしく先行させ,市場を開拓させる。そしてその市場が有望と見るや間髪入れずに類似品を低価格で投入し,最低でも一〇%以上を一気に押さえ込む。これが「マネシタ電器」と揶揄されたゆえんであり,幸之助が生み出した事業部制もまたこれを効率的に実現できる最適の阻止K形態であった。これだけは確実に売れるおいうロットを確保しておけば,価格は確実に下げられる。その役割を担ったのがかつて五万店を誇った系列ショップであった。』

このようなビジネスモデルで80年代までをわが世のものとしてきた松下は,その地位をいまやソニーに奪われようとしている。
P44の「松下イメージ大調査」によれば,「松下とソニー,同じ値段ならどたっらの製品のを買う?」という質問に対して,1万人中,ソニーが6312人,松下が3688人となっている。

松下の90年代は,失われた90年代である。
それは20世紀型ビジネスモデルの限界でもあるのだろう。

それは,いまや市場は新製品開発で先行し,ブランド戦略に成功した企業だけがデファクトスタンダードを握るという構造に変わってしまたということである。マネシタ電器と揶揄される二番手商法は既に限界に達してしまっているということだろう。

それは,あたかも日本が追いつき追い越せのキャッチアップスタイルで戦後の経済成長を成し遂げたあとの失速にも似ている。つまり「開発主義」の限界を見ることができる。

問題は,開発主義は,村上泰亮がいうように「日没が難しい」ということである。
成功体験が強烈であることと,既得権益が横行し,既に環境変化を知りながらも変わりたくないという組織の慣性が強烈に働くからである。

→私はこれを水からゆであげられるエビにたとえている。気が付いたときには既に手遅れなのだ。
→私の活動の中で見ることのできる,IT化,CALS化への障害現象の多くは上の文脈で説明ができてしまうだろう。

同じ号の東洋経済「経済を見る眼」で,野口悠起雄青山学院大学教授が指摘している「デフレ阻止は旧構造温存,物価下落は構造改革の過程」というのは,まさにこのことだろう。

『21世紀の国際経済環境のなかで生き残るためには,国内の経済活動が世界的な価格体系に整合的でなければならず。そのためには,従来の産業構造を根本から変える必要がある。したがって,物価下落が要求しているのは,日本の産業構造の改革なのでる。』

『産業構造の改革を実現するために必要とされるのは,まず第一に,企業の変革努力である。そして,人的・物的資源の大規模な再配分を可能とするための,雇用市場や金融市場の柔軟な機能だ。「構造改革」の中心的な課題は,このゆな経済環境を整備することにある。』

『そうした環境整備ができたとしても,なお産業構造の改革には大きな痛みが伴うだろう。デフレ阻止政策をとれば,短期的には,調整に伴う,痛みはなくなる。しかし,それは,旧来の経済構造を温存させることにしかならないのである。』

『したがって,デフレ阻止政策をとるか否かは,構造調整の痛みの大きさにひるんで安易な道を選ぶか,それとも,産業構造の大きな変化に向かって前進するか,という選択なのである。』

私も同感である。

2001/05/22 (火)  
【蕨着】

午後10時30分頃に自宅についた。
蕨は雨。蒸し暑い。部屋はもっと蒸し暑い。



【瀬田→蕨】

滋賀県建築士事務所協会さんでの私の話は,正味15分。しかし不思議に物足りなさは無かった。
今日は向井会長が素晴らしい講演をされたので,私の出番はミニマムで済んだ次第である。

その穂,懇親会に出席させていただいて,中〆の伊勢音頭+一本締め(これはなかなかよかった)で帰路に着く。
瀬田駅を18:38分に出て,結局,京都発19:10分の「のぞみ」に乗ったところである。

しかし向井会長の話はよかった。岐阜県建築士事務所協会の取組み事例を発表しながら,きちんと岐阜県の建設CALS/EC研修センター,岐阜県のアピールも忘れない。こういう姿勢が戦略としてのIT化には欠かせないわけだ。

それから,向井会長持参の長〜い,ディスプレイケーブルも大活躍(建設CALS/EC研修センターから借りてきたらしい。(笑))。
私も講演に呼ばれて時々出くわすのだが,プロジェクターと演台が遠く離れているのに,ケーブルが短いというケースが多いのだが,案の定今回もそうであった。

しかし,今回は向井会長の持参のケーブルでこの問題はなにごともなかったように解決。
なんという向井会長の気の利きよう。恐れ入りましたである。



【瀬田着】

散々乗り換えを繰り替えして,ようやく本日の会場である,ホテルニューサイチアネックスに到着。
来賓控え室で,煙草を吸いながら今これを書いていた。^^;

今日の私の持分は30分程度なのだが,帰りは何時の新幹線に乗れるのかは不明な状態。
ここは京都に近いのかも遠いのかもわからない。

電車の所要時間は,名古屋−岐阜間よりも近いかなぁ。
瀬田というか大津には初めて来たわけだけれども,なんだかよくわからない。

それは当り前で,駅からまっすぐホテルまで来てしまったので,何処も,何も見ていないのだから。
その何にもわからないまま,なんの印象も持たずに,今日は大津を離れるわけで,こういうのは,なんかもったいない気がするものだ。

今日は,移動時間中,畑村洋太郎,『失敗学のすすめ』,2000年11月20日,講談社,を読んでいた。
この本は面白い。書いてあることは「イマジネーションのすすめ」である。

それから,マイクロソフトの事例集がそろそろ皆さんの手元に届き始めたらしく,お礼のメールをいただいております。
ご丁寧にありがとうございます。

折角メールをいただいておりますが,毎日このような状況でありますので,多分返事はかけませんのでご了承くださいませ。



【飯田から瀬田へ】

昨日は,北沢建設@長野県飯田市で勉強会。
ITにはできることとできないことがあることを理解すること。

それを理解できるということは,ITを使って自分の仕事はどう変化できるのかをイマジネーションできるということにほかならない。
それは,自らの仕事(のスタイル)を考えること,そしてITを活用して再構築するこだ。

勉強会終了後,北沢社長と,トライネットの熊谷社長とで懇親会。
気の置けない方々とリラックスして話をすることは楽しい。

本日は,以下の予定で滋賀県の瀬田まで移動する。
滋賀県建築士事務所協会さんの総会で,向井会長@岐阜県建築士事務所協会と,岐阜県での活動について話をする予定。

9:02 飯田駅(いいなかライナー) 9:56 中津川駅
中津川 10:13 *(ワイドビュー)しなの 4号 名古屋 11:02
名古屋 11:17 ひかり 211号 京都 11:59
京都 12:19 東海道本線快速(米原−神戸) 瀬田(滋賀) 12:35

瀬田での仕事が終わり次第,京都からのぞみに乗って帰宅する予定。
今回は16日から出ずっぱりだから七日ぶりの帰還てことかな。

2001/05/21 (月)  
【お客様は神様です】

昨晩,TVでは三波春夫さんをしのぶ番組が流れていて,大変興味深く見入ってしまっていたのけれど,今回のロードに持ち込んでいる書籍の一冊が,他ならぬ三波春夫&永六輔『言わねばならぬッ!』,1999年8月25日,日本放送出版協会。

晩年の三波春夫は論客である。
『沈黙は金,雄弁はダヤモンド』なのである。

三波はこういう。
『特に政治家の方はもっと真剣に勉強してもらいたい。これまで銀行とゼネコンと政治家の三角関係や政官財の癒着が言われながらも,天下泰平でやってきたでしょう。こんなことがいつまでも続いたから。だめになったと思います。このままじゃ,日本の国はますますだめになっちゃいますよ。』P34。

これは,まさに私が20日の今週の読書で書いたことである。

そして,やっぱり芸人としての三波春夫も凄い。
昨日のTVで流れていいた「でれろん祭文」(アルツハイマーの施設に三波が訪れて挨拶代わりに一発かましたやつです)なんて,芸の原点が何であるかをわかっていないとできやしない。

三波は,大歌手としての自分と,論客・学者としての自分を明確に分けて存在していた。

『平成の世,我々は豊なのかもしれない。
 でも,何もなかった戦後の日本で,三波さんの笑顔に支えられてきた月日の充実感。
 それを比べると失ったものが見えてくる。
 歴史を学ばなければ−。
 本を読まなければ−。
 人気歌手であり続けながら,昭和の芸能誌のなかで三波さんは見事に学び,読破してきたのだ。』(永)

さて,本日は午後から北沢建設さんで勉強会。
私とは既に2年のお付き合い。当然にリテラシーは十分。今日は,さらなるステップアップのためのイマジネーション刺激会となる予定である。



【変な夢】

変な夢で目が覚めた。
ホテルのベットで寝ていると,ドアを叩く音がして,私はなんだろうとドアへ向かって歩いていった。

すると,どうだ,ドア一面に,私に対してのたくさんのメッセージが貼ってある。
その内容が,ほとんど私の活動への批判なのだ。アジテーションびらのようにだ。

その中の一枚には,「お金も少々いただきました。」
私は急いで財布を確認すると,確かに財布が空になっていた。

それで,まあ,被害届を出さなくてはと,フロントへ事情を説明しようと電話をしたら,担当がいませんとか,警察には連絡できませんとか,要領の得ない返事しかなくて,それなら自分で電話するからと110へ電話をすると,なんか変なところとつながるのだ。

i-modeには,今晩お会いに参りますというメールが入っていた。
私のi-modeのメールアドレスを知っているのは限られた人間のはずだがと,犯人の推理をしているところで目が覚めた。

目が覚めてドアを見ると何もなくて,ああ夢だったんだなぁとなぜか安心。
しかし,疲れているんだなぁと思う。

目が覚めてしまったので,岐阜県事例集の申込をまとめ,マイクロソフト社へ配送依頼のメールを書く。
そしてこれを書いて,また寝る。

2001/05/20 (日)  
【飯田着】

熊谷さんと飯田着。
今日の宿であるニューシルクホテルにチェックイン。

疲れまくっているので,薬局でサモンGと湿布薬を購入。
腰と,足と肩に湿布を貼る。

さて,今週の読書。

小林慶一郎,『経済社会への「参加」意欲を回復せよ』(「論座」6月号,朝日新聞社)

構造改革とはなんだろうということだ。
一般的には,『構造改革とは規制緩和などによって市場メカニズム(競争原理)が貫徹する経済の実現を目指すこととされている。』P16。

現在の日本経済を考えるとき,多くの人は,既存の日本型経済システム(所得配分等の平等重視,雇用の安定性重視,競争よりも官による全体調整重視)がうまく時代に適合しなくなった,という認識を持つ。

『「既存システムが時代に適合しなくなった」というとき,もし,その理由が日本経済の発展段階の変化や技術進歩による経済環境の変化,あるいは少子高齢化などの,(既存経済史システムにとっての)外部的要因だけであるなら,「既存システムを新しい環境に適応したシステムに取り換えるべき」という議論になる。日本型システムを,たとえばアメリカ型システムに変えよ,つまり「平等よりも効率性」「雇用安定よりも流動的労働市場」「官による調整より,民による競争」というおなじみの「構造改革論」がここに始まる。』

小林は,これに対して外的要因の変化が確かにあったとしても,日本経済に起きていることはそれだけとは思えないとする。
それはルール違反の横行である。経済システムは市場倫理+統制倫理によって構成される。日本型経済システムには日本型の市場倫理と統治倫理があり,アメリカ型経済システムにはアメリカ型の市場倫理と統治倫理がある。

ジェイン・ジェイコブズによれば,『市場倫理と統制倫理との間には,常に,馴れ合い等による逸脱の契機が潜んでいる,と指摘する。日々の活動の中で,企業は市場のルールから,政府は統治倫理から,それぞれわずかに逸脱し,長期間それが放置されれば取り返しのつかないレベルに達する。』

つまり,ルール違反が横行するとき,個人レベル(国民レベル)での社会参加のコミットメントは毀損する。
社会参加のコミットメントとは,スポーツ競技に参加する人の個人レベルでの「スポーツマンシップ」のようなものであり,『それは,社会のルールを遵守し,他の構成メンバーを尊重し,ルールに明示的に定められていない事柄についても,その「精神」に則って行動する,という人々の行動様式と考えられる。』

社会レベルでのルールからの逸脱が腐敗を招くとき,個人レベルではこの「社会参加のコミットメント」が毀損する。
『スポーツでいえば,ルール違反の蔓延と是認によって,違反者以外の選手もばかばかしくなってスポーツマンシップを喪失してしまう,という事態である。つまり経済システムを内発的に駆動するべきエンジンが毀損してしまうのである。』

小林は,日本経済の困難の原因を,この社会参加のコミットメントの毀損に求めるのである。つまり,内的な要因の指摘である。

ということで,気が向いたら続きを書くけれど,この論文は一読をお勧めする。
経済システムを日本型とするのかアメリカ型とするのかなどという二者択一の議論が,いかに身の無いものかを理解できるであろう。今の日本が抱えている問題とはそういう問題ではないのである。


【郡上にて】

昨日は,予定通り,午前中に大垣市の情報工房セミナールームにて,宇佐美組さんのスタートアップセミナー。
私のコンサルテーションポリシーを2時間45分程話す。

休日にもかかわらず,ご参加いただいた皆様,大変ご苦労様でした。
地に足のついた取組みとするようがんばりましょう。

その後,熊谷社長@トライネットの車で,郡上八幡の郡上建設業協会へ移動。
熊谷氏の講演。私は,連休中に行ってたシステム設定の続き。

郡上建設業協会の方々に,熊谷氏の経営ポリシーはどのように受け止められただろうか。
すぐには,答えの出ない問題かも知れないが,大切なことは,勉強するというその姿勢である。

郡上建設業協会の方々のその姿勢には,誠に頭が下がる。
自ら変化を受け止めていこう(つまり,消化してしまうことだ)とするその姿勢こそが,今地方の地場型中小建設業に求められる姿勢ではないだろうか。

講演終了後,懇親会。私は疲れがどっとでて,酔いがはやいはやい。
二次会にて,お酒の入ったコップを2度倒したところで,退散。^^;

本日は,これから熊谷さんと一緒に飯田へ向かう。
まだまだ家へは帰れない。

2001/05/19 (土)  
【岐阜にて】

昨日は9:33分に岐阜羽島着。
午前中は岐阜県建築工業会にて打ち合わせ。

ここは,スタッフに恵まれている。
順調に行けば6月末までには,道具はすべてが揃うだろう。

午後からは宇佐美組さんで打ち合わせ。
こちらは準備OK。今日は午前中からスタートアップセミナーである。テーマソングは勿論,スタート・ミー・アップ By転がる石達だな。(笑)

岐阜県では,こうして民間ベースでのIT化の取組みが積極的に展開されている。
それも,実に地に足のついた取組みとしてである。

そのきっかけは,まさに岐阜県による岐阜県建設CALS/ECの取組み宣言にあることは疑いも無い。
その意味では,岐阜県の建設CALS/ECに取組みは,地場型中小建設業のIT化の誘因として機能していることが実証されているといえるだろう。

しかし,まだまだ問題もある。
その多くは発注者側の体制整備の問題である。県とはいえ,やはりり官僚制のシステムが色濃い組織である。そこでは,やはりマックス・ウェーバーのいう官僚制の弊害は免れないということだ。

建設CALS/ECとは電子政府(Virtual Government)実現の文脈における,公共工事システム変革,つまり,行政改革に他ならない。建設CALS/ECを推進するものは,これを忘れてはならない。

それは,行政といえど,IT化を手段として,民間企業が自社のプロセス・システムを見直し,最適への再構築(BPR)を進めていくことと,IT化の目的は何ら変わりはないということである。

その意味でも,岐阜県はこれからが正念場である。
CALSは戦略(Strategy)である。岐阜県は,自治体建設CALS/ECの先駆者としてリーダーシップを取りつづけるのなら,さらなる努力は必然なのである。そしてこれには終わりは無い。

さて,本日は,先にも書いたように,午前中大垣のソフトピアジャパン,情報工房で宇佐美組さんのセミナー。
終了後,飯田からこられるトライネットの熊谷社長と郡上へ。郡上建設業協会では,熊谷社長の講演。今日は郡上泊。

2001/05/18 (金)    
【大阪にて】

昨日は,大阪建設業協会,IT研さんのITセミナー出席。
午前中はIT研さんの活動報告。

大変面白かったです。
特に,簡易アンケート作成・集計システムっていうのは,私も使えるなぁ,ほしいなぁと思ったのでした。

午後からは,私のセミナー。
時間は3時間を予定してましたが,当然のように20分ほどオーバー。

参加者の皆さんが,スパーさんから,地場の中堅さんまでと,どちらかというと,私のコンサルテーション対象よりは大規模な会社さんが多くて少々勝手の違うセミナーをしてしまった。^^;

私の主張というのは,公共工事の問題というのは,公共事業=国土交通省+大手ゼネコンというような,マスコミが作った幻想に,本当の問題は見えないということである。

多くのゼネコンは,売上を最盛期の半分にし,従業員のリストラを行い,コストダウンに励みながら,それでも利益を出そうと努力しているではないか。

そこには,市場原理が機能しているとみるのが妥当だろう。
建設CALS/ECは,ゼネコン,つまり日本の建設業再生の戦略でなくてはならないということだ。

私は,これと地場型中小建設業の世界を完全に分けて考えるようにしている。
公共工事依存型の地場型中小建設業といった時の公共工事というのは主義が違うのである。それはつまり,官公需法の守られた地場経済の活性化と雇用の確保という主義である。

我々が直面している公共事業の問題とは,その官公需法の守られた地場経済の活性化と雇用の確保という主義と,ますます勢いを強めている新古典主義的な市場原理との対立の問題であり,その答えは,どちらがよいのかというような二者択一には無いということだ。

講演終了後,なんばの焼肉屋さんで懇親会。
私は酔っ払って本音をいってしまった。「なんでスーパーはISO9000なんかで品質管理するんだ。」(爆)

「うちの品質管理は完全にISO9000を超えていますのでISOはいりません」って,少なくともスーパーは宣言すべきだろう。
そこからしか,日本の建設業の再生はないと私は思うのだが。

さて,本日は,朝方から岐阜へ移動。
予定はたくさん。岐阜泊予定。ふう。

2001/05/17 (木)    
【草鍋】

昨晩は,西原さんと太田さんとで,西区九条の「小川下」(こかげ)まで,「草鍋」を食べにでかける。
草鍋っていっても,草を食べるわけではなくて,つまり,ここ(小川下)の野菜ちゃんこの俗称である。

鍋自体の味付けはほとんどない。芥子醤油につけて食べる。
その他の酒の肴は,オヤジがお盆に並べて持ってくるものから自分で選んで食べるという独自のスタイル。

私はう巻と,かぼちゃの煮付けを食べた。
野菜だらけである。普段なかなか野菜を取ることのない私にっては,すこぶるよろしいお店であった。

最後の雑炊がまた絶品であった。
ご馳走様である。

本日は,建設交流会館へ。
大阪建設業協会さんで講演。

それから,【桃知利男の現場IT化戦略 KEN-Platz 建設現場情報局連載コラム】を久しぶりに更新。
お題は,ITにできないことをITで強化する,IT化の目的という話。

「IT化(ITではない)の目的は,建設業のコアとしての技術力,施工能力,ひいては経営能力の強化でしかないともいえよう。つまり,IT化はコアにはなり得ないが,御社のコア(あるとすればだが)を強化することはできる,ということである。」

更新したページの入り口
http://info.nikkeibp.co.jp/genba/hightech/010516.html

建設現場情報局トップ
http://info.nikkeibp.co.jp/genba/index-kenplatz.html

古くからの私の読者にとっては,またかと思われる内容かも知れないが,新しい読者の皆様には,これが私の建設業におけるIT化の基本スタンスであることを理解していただければと思う。

そして,次回のより手段的,具体的な話に続けていこうと思うのだ。
なので,この部分は是非に押さえておいていただきたい。

2001/05/16 (水)  
【岐阜から大阪へ】

午後2時30分には,岐阜県建築士事務所協会の向井会長にお世話になって県庁へついた。
3時過ぎから向井会長と一緒に梶原岐阜県知事と面談。

要は他県に負けないようにやりましょうということだなぁ。^^;
そのための岐阜県建設CALS/ECであるわけだしね。→CALSの持つ戦略性ってやつだ。

今私が岐阜県で取り組んでいる,受注者側からのIT化(つまり私の戦略)も,他県が気が付いたときには,どうしようもないアドバンテージを得ているというのが狙いだしね。

デジタルデバイドがあるとすれば,それは地域間格差だという私の仮説も実証しなくてはならないだろうしね。(笑)

その後TAXIで岐阜羽島駅まで移動。
16時47分発のひかりで移動中。今日はまだまだ休めない。


【お尋ねとお知らせ】

桃知@のぞみ43号でこれを書きはじめている。
これから岐阜経由で大阪まで。午前中から岐阜県建築士事務所協会で仕事をして,午後3時には岐阜県庁へ移動する。

岐阜県建築士事務所協会さんには,紙ベースのドキュメント処理ツールとして,富士ゼロックスのDocuworksを試しに使っていただくような提案。
事務所協会イントラネットを運営していくなかで,一番の問題は,いつまでたっても切りかわららない紙ベースの通達文書(役所からの文書だなぁ)を,如何にDIGITALにしてイントラネットに載せるのかなという問題だ。

今までは単純にスキャナで読んでJPEGで掲示していたのだが,それを印刷するとA4一枚に収まらないという苦情あり。
折角のDIGITAL情報をまた印刷してアナログにするという感覚は私には到底理解できないのだが,まあ,各社お家の事情というのはあるのだろう。

ということでDocuworksを試験的に使ってみようと。これの自己解凍実行ファイルだと,ほぼ原寸で手元にデータはやってくるだろうから。。。

さて,岐阜県庁での仕事が終わり次第,私は大阪へと移動するのである。
今晩は,太田さんと西原さんと晩餐の予定。

では,本題のお尋ねとおしらせ。
まず最初に,岐阜県での事例集を申し込まれた方で,広島でCAD関係のお仕事をされている方,いらっしゃいましたらもう一度請求のメールをお願いたします。私の不手際でメールが消えてしましました。m(__)m

それと,同じく事例集の申込についてですが,とりあえず昨日の午後6時ごろまでに受けた申込は,まとめてマイクロソフト社へ発送を依頼しました。なのでしばらくお待ちくださればと思います。

問題は,昨日の午後6時以降の方々でありますが,なるべく迅速な処理には勤めますが,なにしろ今日から一週間,私の予定はずっと「旅」でございますので,処理が遅くなることをあらかじめご理解いただければと思います。

ということで,ではまた。

2001/05/15 (火)  
【(@_@),m(__)m&^^;。。。。。】

久しぶりに自転車に乗って用足しをして,帰りがけファミリー・マートで冷麺@400円を購入して帰宅。
メールチェックをして,大量の資料申込依頼に,(@_@),m(__)m&^^;。。。。。

申込数は軽く600部を超えている。在庫はあるのか?
^^;。。。。だな。

しかし,メールを読むと,私が一番気持ちを伝えたい,地場型中小建設業の方々からの申込は意外と少ない。
やっぱり私の声はなかなか届かないのだろうなぁと思う。

それは,当然で,メールもWebも利用できなけければ,私の存在なんてどうやって知るのだろうかねぇ。
そんなことを考えていたら,なぜか笑えた。^^;



【早々の反応ありがとうございます】

下(↓)の岐阜県における事業者団体の事例集は,公示早々に大変な反響があり,本日午前中だけで(ものの2時間ですね),230部ほどのお申込を受付いたしました。ありがとうございます。m(__)m

ここに紹介されている事例は,私が展開している事業者団体ベースによる,中小零細建設業のIT化の事例なのですが,まあ,このような事例は日本国中探し回ったところで,岐阜県にかなうところはないであろうと自負しております。

これを勉強する一番いい方法は岐阜県に見学に来ていただくことなわけですが,まあ,そう簡単にはいかないことも十分承知です。
ですので,どうぞ,この事例集をご活用くださればと思います。

受け付けは,まだまだ続けますので,どうぞご遠慮なくお申込ください。
特に事業者団体様からの一括お申込みは大歓迎ですので,是非にご利用くださればと思います。



【岐阜県での事例集配布のお知らせ】

岐阜県で私が行っている事業者団体によるIT化の推進事例をまとめた『「建設CALS/EC」のためのITによる業務変革の推進』(マイクロソフト制作)が出来上がりました。

これは,昨年の日経BP建設CALS(IT)フォーラムや今年3月のIT PLATFORM IN GIFUの際に日経コンストラクションやアーキテクチャーに掲載された記事をまとめたものです。

ご希望の方は,

必要部数,
送付先(郵便番号,電話番号を必ずお知らせください),
氏名,

を明記の上,桃知までメールにてお申し込みください。

店主へメール → pinkhip@dc4.so-net.ne.jp

尚,法政大学エクステンションカレッジ,桃知講座を受講されている皆様は,次回の講座の際にお渡しいたしますので,申込の必要はございません。

追記:無料なのかという質問が参りましたが,当然に無料です。

2001/05/14 (月)  
【足りない】

久しぶり散髪へ行って,髪を短くしてきた。
髭も短く刈りそろえて(これは自分で),少しさっぱりした。

今日は三食を自宅で食べた。
ごろごろしながら本を読んだ。

私にはこういう時間が決定的に足りないのだ。



【新潟県建設産業振興プラン】

新潟県土木部では,「新潟県建設産業振興プラン」を作成。HPで公開している。
大変興味深い内容ですので,是非ご一読をお勧めしたいと思う。

http://www.pref.niigata.jp/dobokubu/sosiki/honcho/kanrika/index.html

この振興プランは,新潟県と新潟県の建設業との戦略ともいえるもので,その意味では実にCALS的な精神を感じることができる。

ただし,こと建設CALS/ECに関して言えば,『2010年度には,県や県や市町村の国土交通省関連事業で建設CALS/ECが適用されることが予定されており,これに向けて,県,市町村,業界が連携して取り組む必要があります。』というような極めて受身の話に終始している。

これだけのものを作っておきながら,デジタル政府文脈からの建設CALS/ECに対する戦略性(他県に先駆けることの戦略性)のかけらも見えないことが誠に残念ではある。

新潟はITは弱いなぁて,ずっと指摘しているんだけれども,ITとかなんとかいう前にCALSそのものがなんだかわかっていないんだろうなと思う。

まあ,それでも平成13年度には新潟県建設CALS/EC推進協議会を設置するとのことなので,期待いたしましょう。

建設CALS/EC以外では,現在を「大競争時代」と位置付け,今後要求されるであろう,高品質化や効率性・競争の強化に対応しようという姿勢がよく見える。IT革命が公共建設市場に与える影響とは,市場原理化であるという私の主張がよく見て取れるかと思う。

今後,このような振興プランを出してくる自治体は増えることだと思うので,先読みの意味でも一読されればよいかと思う。
確実に時代は変わってきていると感じていただけるだろう。



【今後の予定】

今日と明日は家にいることにした。実は16日からの予定がえらいことになっているので,ちょっと体力温存を図っているのであった。^^;

16日は朝から岐阜へ。午前中から岐阜県建築士事務所協会さんのシステムメンテナンスと当たらしドキュメント処理の設定。夕方は向井会長と一緒に岐阜県庁へ。県庁での仕事が終了次第,大阪へ移動して大阪泊。

17日は大阪建設業協会さんで講演。午前の会議にも出させていただく予定。
18日は岐阜へ戻る。午前中岐阜県建築工業会さんで打ち合わせ。午後から宇佐美組さん。夕方は建設CALS/EC研修センターへお邪魔する予定。岐阜泊。

19日は朝から大垣で勉強会。午後は,トライネットの熊谷さんと郡上建設業協会さんへ。郡上泊。
20日は熊谷さんと一緒に飯田まで移動。飯田泊。

21日は北沢建設さんで勉強会。飯田泊。
22日は飯田から滋賀の瀬田まで移動。滋賀県建築士事務所協会さんで,岐阜県建築士事務所協会の向井会長と一緒に講演。題材はもちろん岐阜県の建設CALS/ECの取組みと事業者団体の取組み。

22日終了後自宅へ戻り。23日と24日は藤沢の門倉組さんで勉強会。23日は藤沢泊だろうな。
25日は午前中,窪田建設さんがでる日経コンピュータのセミナーに顔をだして,その足で岐阜まで移動。夕方から岐阜県建築士事務所協会さんの総会に出席。岐阜泊。

26日は法政大学エクステンションカレッジ第2回目。もちろん岐阜から出勤。外部招聘講師である建設CALS/EC研修センターの堀所長と一緒に移動の予定。夜は受講者の皆様と懇親会の予定だ。

2001/05/13 (日)  
【休み】

やらなくてはいけないことは沢山あるのだが,そろそろ肉体的にも精神的にも限界がきていることは承知なので,(今日は仕事はしないつもりで)午後から浦和のコルソの「てもみん」までマッサージに出かけた。40分のコースをW(ダブル)でお願いする。

上半身はもとより,足が完全にいかれている。血行が悪いせいか,足先がしびれるような状態。
お尻,ふくらはぎ,太股を中心にマッサージしてもらうが,涙がちょちょぎれるぐらいの痛みが走る。

まるですべての面が痛点になってしまったかのようである。
ここはいつも10分ぐらいはオーバーしてやってくれるのだが,今日も正味90分,終わった時には汗びっしょりでフラフラだった。

その後,いつものように隣の書店で本を大量に購入。
その一つ,『Voice』の6月号は,地方「百年の計」特集されている。岐阜県の梶原拓知事がトップバッターで登場。

この辺りを読まれると岐阜県が,他の自治体に先駆けて自治体建設CALS/ECへの取組みを始めている背景が見えるかと思う。
自治体は良くも悪くも首長次第である。それは企業も同じ,つまり組織の定理なのだろう。

本屋では,大臣になったということもあるのだろうが,竹中平蔵氏の著作がたくさん置かれていた。



【昨日の講義要約】

昨日は,法政大学エクステンションカレッジの初日。いつのまにか受講者は増殖していて,16名様。
私は13名だと思って,evianを13本しか買っていかなかったので,無かった人はごめんなさい。次回からは16本準備いたします。(笑)

講義の内容は,中小建設業IT化における外部要因分析。

つまり,なぜ中小建設業のITは遅れてしまったのか,国土交通省のいう建設CALS/ECは,なぜに中小建設業のIT化の誘引として働かないのか,という疑問への外部要因分析からのアプローチである。

それは,公共建設工事依存型の中小建設業において,IT化は重要なものではないというエトスが充満しているとすれば,そのエトスを作り出した根源を探求してみようという試みである。

このような,およそ資本主義の精神からは,遠くかけ離れたエトスを公共建設工事依存型の中小建設業が持つようになるには,その市場の持つ性格ゆえであるというのが,従来からの私の意見である。

つまり,競争原理ではなく,配分のルールが支配する「地場経済の活性化と雇用の確保」を主眼とした市場では,資本主義の根本的原理(ルール)である競争原理が機能しない。

競争原理の機能しない配分の市場では,競争の根源である差別化の対照は見えない。
それは本来,商品(技術力,経営力)の差別化であるはずが,分け前(配分)を多く得るための自らの優位性の確保に主眼が置かれる。

その優位性とは,一つのムラ社会での序列の優位性の確保であり,そもそもムラ社会から外れないための努力である。

さらには,「地場経済の活性化と雇用の確保」という主義においては,その予算の使われ方に,競争原理を挿入する必要はないことがそれを正当化する。

要はお金が使われることが重要なのであって,その使われ方は大した問題ではないのである。この辺りは最近のリチャード・クーの主張を参考としていただきたい。

このような市場の中では,本来,差別化の道具(ツール)としてのIT化は必要とはされないのである。
なので,そもそも建設業にITは必要ない,というような建設業特別論的な意見さえまかり通ることになる。

ついでなので書くが,このような「地場経済の活性化と雇用の確保」という主義においては,そこに競争性や効率性を求める必要はないのであり,常に配分の手段こそが第一義的な意味合いを持つ。配分>競争なのである。

ゆえに,談合は当然に正当化されるものでなくてはならない。つまり,「必要悪」などではなく,「必要不可欠」なものであり,それを,競争監視システムである独禁法で取り締まること自体が政策と法律の矛盾を生んでいる。

しかし,この主張も既に正当性を欠いているというのが現在の状況であろう。つまり,既に「地場経済の活性化と雇用の確保」という市場は,いつのまにか競争性を帯びてきているということだ。(その代表が「入札契約適正化法」である。)

それでは,そのような配分のルールに守られた市場はなぜ生成されたのか,そしてなぜ今日,その市場に競争性を持ち込む必要が出てきたのかという疑問が私にはあるのだが,その分析のヒントが昨日までのメモなのである。(笑)

つまり,公共建設工事に依存した地場型の中小ゼネコンというのは,戦後の開発主義的な政策が生んだ極めて政策的な存在であると言うことであり,それは戦後の高度経済成長を支えるためには必要不可欠な機能をはたした存在であったということである。

その機能とは,一言で言えば戦後多くの国民が拠所としていた「農家のエトス」の保持であり,産業化における急激な社会変化によっておこる社会不安の緩和である。

村上による開発主義の政策体系を再掲する。

(1)私有財産制に基づく市場競争
(2)政府による産業政策
(3)新規有望産業→輸出指向型の製造業
(4)小規模企業の育成
(5)配分を平等化して,大衆消費中心の国内需要を育てる
(6)配分平等化の一助としての農地の平等型配分
(7)少なくとも中等教育以上の教育制度
(8)公平で有能な,ネポティズムを超えた近代的官僚制
(村上泰亮『反古典の経済学(下)』P98,99から要約)

『開発主義の一つの特徴は,非重点部門に生活する労働者や企業家の意欲を弱めないことを目標とする配分政策の重視であった。これは開発主義の理論が均衡という結果よりもむしろ不安定競争という過程に関心を払ったことの当然の帰結であった。』P146

そして,地場型中小建設業は,あたかも毛細血管のごとく,日本全国の隅々まで張り巡らされたのである。
右肩上がりの時代,その存在の正当性をあえて論ずる必要はなかったはずである。

しかし,問題は日本は開発主義を捨てる段階にきているということである(というか1980年代に捨てるチャンスはあたのだが,見事に失敗している)。『日本は先進国として,開発主義の典型とみなされてきたその様態から,新しい形のものではあるが経済的自由主義に姿勢を切り替えなければならない』(村上泰亮『反古典の経済学(下)』P310)

ここにおいて開発主義の文脈における(毛細血管としての)地場型中小建設業の機能は変化を求められることになる。
しかし,開発主義は村上の言うように日没が難しい。それは,保護された産業において既得権益が生まれるからである。

『日本経済が右肩上がりに成長を続ける限り,建設産業に構造不況はありえなかった。これほど安心して経営できる産業はほかに見当たらない。経営で成功するポイントは中央の政治と結びつき,公共予算を獲得し,大企業を誘致する。予算獲得と誘致に成功すれば,土地の値上がりという大きな利権もついてきた。』(尾野村祐治『ゼネコン大破壊』P34)

このような既得権益の恐ろしさは,経済が右肩上がりのときだけでなく,右肩下がりになっても保持されようとすることである。

そして,根本的な問題は,日本が開発主義を捨てて目指そうとする体制とはなにかが不明瞭なままなことである。それを村上は「新しい経済的自由主義」だとするのだが,果たしてそれはグローバリズムの名のもとに進展するアメリカリズムの前では「新しい経済的自由主義」をイマジネーションできないでいるのが日本の現状であろう。

さまざまな既得権益を守ろうとする力と,それによる「新しい経済的自由主義」へのイマジネーションの欠如こそが,現在の日本を覆っている重苦しさの根源ではないだろうか。

つまり,地場型中小建設業が依存する公共事業は,その主義の転換の過程であえいでいるということである。

開発主義的配分のルールなのか(これはほとんどの場合既得権益者によって主張されているに過ぎない。旧来の開発主義的なその役目は既に終えたのである),それともCALSに代表されるような市場原理のルールなのか(昨今の国土交通省の政策の流れは,この新古典主義的な主張で覆われている。しかし,それさえもアカンタビリティの確保の名のもとでの国土交通省の自己保身の色合いが強いと私は思うが。国土交通省が存在しつづけるためには,主義の転換による予算の確保が必要なだけである。自らの仕事を減らすことになりそうな改革的意識はない。→だから建設CALS/ECはCALSたりえない。)

しかし,この配分VS競争という二元的な考え方はあまりにも近視眼的である。このような主張は,結果的にはハードランディングどころかハードクラッシュさえも起こしかねない。小泉内閣による財政再建路線,痛みを伴う改革をどう考えようか。

これらの文脈において,私は地方公共団体発注の公共工事市場の第三の主義を模索しつづけているということである。
それは,古典的な経済自由主義と民主主義の組み合わせに単純に戻るとか,米国流のシステムに倣うべきだということにもならないだろう。

ということで,以上,が講座1回目の要約である。

講座が終わってから,北沢さんと家人とで四ツ谷の後楽鮨で夕ご飯。
かなり飲んだせいか,帰りのタクシーの中ではずーっと寝ていたし,家に帰ってきても,おきていられなくてすぐに寝てしまった。

2001/05/12 (土)  
【村上泰亮『反古典の経済学(下)』からのメモ】

・大衆民主主義化 P146〜

開発主義の一つの特徴は,非重点部門に生活する労働者や企業家の意欲を弱めないことを目標とする配分政策の重視であった。これは開発主義の理論が均衡という結果よりもむしろ不安定競争という過程に関心を払ったことの当然の帰結であった。

他方,静学的・均衡論的な理論では,均衡という結果のみに関心が注がれ,それへの過程で起こる「摩擦的(!)失業」や「非効率企業の淘汰」の問題に真剣な注意は払われなかった。均衡論的理論で取り上げられている配分問題は,生産面での資源配分が完了した後に行われる所得平均化政策であり,福祉国家政策や累進的所得税などの理念はまさにそれであった。ここには,配分問題が本来持っていた二つの側面の対照がはっきり現れている。一方は,仕事や生活のスタイルを選ぶ機会の平等を助けるという側面であり,他方は,所得という金銭的な結果の平等を強めるという側面である。開発主義が農民の保護や小規模生産者の育成を考えるのは,彼らの属する非生産的な部門でも,技術への機会(新しい技術を取り入れる機会と古い技術を生かす機会),生活スタイルへの機会(主として古い生活スタイルを守る機会)が見いだされることを目指すからである。その副産物として,多くの人々が小規模な「経営者」の地位を守って市場経済に能動的に参加し,非常に多くの人々が長期的な生活設計をもつ消費者として需要を生み出すようになるこが期待されている。(ただしその反面,非効率的な小規模生産が温存されるという問題点も残す。)それに対して均衡論的な経済自由主義は,古い生活スタイルや技術を市場競争によって淘汰し,それを金銭的な所得配分で補償するという形をとる。市場へ参加する機会は平等に与えられているものの,金銭的に測って非効率的な活動には,初めから生き延びるチャンスはない。ここには古典的な経自由主義の,自由主義としての幅の狭さが現れている。

このような開発主義的分配の特長は,完全に過去の生活やエトスから引き離された根無し草の階層を作らないという点に特徴がある。農業を例にとると,最終的に労働力の比率が大きく減るという点では,開発主義の途と経済自由主義との途との間に大きな違いはない。問題は,その移行をできるだけ早く断絶を厭わずに実現しようとするのか,世代単位の時間をかけて生活の連続性を保ちつつ実現しようとするのか,の違いである。たとえば戦後日本では,農民は価格支援策で保護され,その中で次第に兼業化を進める形で急速な産業化に徐々に適応した。産業革命以前のイギリスでも,第六章でラスレットの意見として紹介したように,兼業化が農民の資本主義への適応を助けた。このように生活の連続性を保った労働者たちは,身体以外のすべての資産を失ったという意味のプロレタリアートにはならない。根無し草の無産階級の発生という現象が起こらない。産業化にあたっての勝者と敗者という階級形成が起こらない。

戦後日本の例でいえば農業はすべて農地と(都会地に比べるとはるかに大きな)住宅を所有しており,農家の所得(多くは兼業からの所得)は都市勤労者の所得と同じ速度で増加した。農家の子弟の大半は教育を受けて都市の産業に就職した。一ないし二世代をかけて人間の離農がいまや完成しつつある。しかもその間,親たち(彼らはいまや老齢化しつつある)が生活の場とする農家の数はいくらも減少していない。農家出身の都会のサラリーマンたちには,今でも正月と夏休みには家族を挙げて故郷の家を訪れるのを習慣としている人が多い。都市の中小零細商店も,スーパーや二十四時間ストアの出現にもかかわらず,その減らないことは驚くほどである。中小企業はその内容に入れ替わりはあるが,数としてはむしろ増加してきている,戦前からの農家や商店や中小企業は,転落し消滅することなく現在の社会の中間層の重要部分を形成している。日本では大きな都市スラムがついに出現しなかった。戦後の都市流入者を含むこれらの階層は,私のいう「新中間大衆(new maiddle mass)を形成し,大量生産される耐久消費財への尽きることのない需要減であり続けた。現在の日本社会は,階級的に構造化されていない高度大衆消費社会という歴史上例のない姿を示している。

2001/05/11 (金)  
【蕨に帰ってまたメモを書く】

帰りの飛行機の中で下のメモを書く。
今日はオフなのでビールを飲みながら書いた。スーパーシートはビールはただなんだぞぉ(笑)。

お昼に東京着。京橋の美々卯で,例によって「うどんすき」を食べて,雨も降ってきたのでタクシーで蕨へ戻る。
宅配便の不在通知書が沢山。

笑えるのがひとつあって,「ガスメーターのBOXにいれておきました」っていうやつ。
確かにメーターボックスの中にあった。始めてみるパターンで思わず笑ってしまった。

さて,下のメモなんだけれど,私の今の作業は,地場型中小建設業の生成と存在過程を村上泰亮の開発主義の文脈(つまり奇跡といわれる戦後の日本高度経済成長を支えたシステムである)からのアプローチである。(ただし,それですべてを説明しようなどとは思わないし,それ自体が無理なことは百も承知である。)

つまり,今の地場型中小建設業がなぜこのような「毛細血管」のような存在になりえたのかの考察である。
そして村上自身もいうように,既に日本は開発主義からの脱却を終えていなくてはならない(それはグローバルな視点からみた日本経済のありようとしてである)とすれば,開発主義によって生まれた「毛細血管」のような存在の地場型中小建設業は,その役目をどうシフトチェンジするべきなのかという考察である。

それは,私の立場としての「市場」を読むための作業であり,つまり,開発主義の終焉とそれ以降の経済システムを予測する限りにおいて,地場型中小建設企業の存在意義(つまり生き残るための意義である)を模索する作業でもある。

昨日の福岡独演会でも話したけれど,開発主義の政策体系とは以下のようなものである。

(1)私有財産制に基づく市場競争
(2)政府による産業政策
(3)新規有望産業→輸出指向型の製造業
(4)小規模企業の育成
(5)配分を平等化して,大衆消費中心の国内需要を育てる
(6)配分平等化の一助としての農地の平等型配分
(7)少なくとも中等教育以上の教育制度
(8)公平で有能な,ネポティズムを超えた近代的官僚制
(村上泰亮『反古典の経済学(下)』P98,99から要約)

地場型中小建設企業が,日本の開発主義による産業化の進展で果たした役割とは,主に(4)と(5)と(6)においてであるとうのが,私の想定している仮説である。

というところで,尾野村の『ゼネコン大破壊』からメモをまた書く。
これは,上記の開発主義の政策体系と地場型中小建設業の存在意義を組み合わせるときの,ひとつの分析のサンプルである。

・利権と政治 尾野村祐治『ゼネコン大破壊』P35〜P38より。

戦後五〇年の間に,建設産業の利権構造はがっちりと日本経済に根を張った。だから建設産業は,不況になれば景気対策で政府から援助の手が伸びてくるのが当たり前としか考えない。ほかの産業のように自らの身を削る対策を覚悟する思考回路が弱い。この甘えを自民党政権が許し,自らの選挙基盤としてきた。

政府は不況になれば雇用対策と地域経済への影響を考えて,公共工事の追加を考えてしまう。この繰り返しで,ついに地方自治体の財政悪化が深刻になってきた。財政危機から住民や県民の意識も変わり始めた。

それが先の選挙で都市部における自民党の惨敗であり,長野県知事選挙,栃木県知事選挙の結果となった。住民の心は変わりつつある。それは時代の変化である。

しかし,利益集団と化した巨大産業の建設業は方向転換が困難だ。過去の繁栄があまりに大きく,かつ長かったために,方向転換の訓練も思考回路も準備してこなかった。その怠慢のツケが,今,請求されようとしている。

このツケに対する請求はすでに始まった。リゾート開発ブームの反動で大都市圏だけではなく,地方の地価も下落している。ゼネコンなどが先行投資で購入した開発用の土地は放棄され,売却処分の運命にある。これから本格的な下落が始まる。

戦後,地価の上昇で潤ってきた地方経済は長期不況で沈滞した。そこに地価の下落が加わる。農家は前述した通り,農業の繁栄でで豊になったのではない。兼業と農地の高騰による農地売却で豊になった。

豊になった農家は豪華な家を建て,農機具だけでなく乗用車や数多くの電化製品などを購入した。それも二台,三台が常識という豊な生活ぶりだ。それは決して悪いことではなかった。良いことだった。

豊な農村は人口の都市集中をそれなりに防いだ。農村という巨大な市場が出現したことで住宅産業や自動車,家電産業も潤った。なによりも農村がきれいになり,上下水道などの普及で衛生的な高度な消費社会に変貌することができた。

戦後,高度成長を遂げた耐久消費財の産業は単に輸出だけではなく,国内に巨大な市場を確保したがゆえの成功であった。それは都市だけではなく,農村も住宅と耐久消費財の市場となったからである。この産業発展で都会の住民も,豊な農村の恩恵を受けていたのである。

それが逆転し始めた。今後,農村は最大の基幹産業である建設産業の衰退で兼業の縮小に直面する。もうひとつの兼業先であった電機などの輸出向け工場は,円高の中で海外に移転して農村地域から姿をけしつつある。

そこに農地を購入する需要の消滅,つまり公共工事やリゾート開発の縮小,さらに地価の下落が本格化する。豊な農村はこれから貧乏になる雲行きだ。それは住宅産業や自動車産業などを直撃するだろう。農村は都市よりも数十年先の高齢化社会となっている。この活力低下に農地の下落が加わる。豊な農村は,すでに過去の話になりつつある。

こうしてゼネコンに危機をもたらした日本経済の構造的な変化は,単に建設産業の危機だけにとどまらず,地方経済の危機であり,日本経済の内需の縮小に通じる深刻な危機に拡大しようとしている。

おそらく有効な対策を打たなければ,対策を要求した政治圧力が強くなり,政府に公共工事の追加をもとめるだろう。それは財政悪化,それも地方財政の悪化を伴う,より深刻な危機に発展する懸念が強い。



【開発主義理解のためのメモ】

・建設業の雇用吸収 尾野村祐治『ゼネコン大破壊』P34,35より。

戦後の日本は農村から都市への人口移動が続いた。高度成長により都市の雇用吸収力が増大した結果でもあるが,農村は過疎化が進み,地方経済は低迷に悩むことになる。この低迷を埋めたのが建設産業であった。

道路,高速道路,新幹線,学校,福祉施設,病院などの施設,上下水道,電力,通信施設などなど。いずれm建設産業が整備していった。この間,日本の地価は天文学的に上昇し続けた。施設設備はその用地の地価高騰と,周辺の地価も上昇させた。この施設整備にかかわる建設業者は,土地高騰という地方では抜きんでた利権情報を握ることになる。

建設作業には多くの作業員を必要とする。地方には兼業を求める農業者が多数いた。輸入農産物の増大で農産物は値下がりし,農家は農業所得の低迷に苦しんでいた。離農して都市に移住するか,農村にとどまるか。この選択を前にして農村に建設作業員という雇用機会が登場した。

所得を求めるのであれば,離農し都心移住するしかない選択肢が,農村に居ながら建設業に就労することが可能になった。これほど都合のよい兼業先は,農村にはなかった。作業の相手は農業と同様に土(つち)であった。農業の機械化が,農業に必要な労働時間を短縮させ,兼業を可能とした。かくして建設産業は農村地域における最大の産業となり,建設業者は工事にかかわる利権と密接に結びつく政経一体の巨大産業となった。

この産業は時の敬意とともに肥大化していった。日本経済が高度成長を始めると,全国に工場が次々と建設された。東京から福岡に至る太平洋ベルト地帯には巨大なコンビナート,工場,発電所,港湾,道路などが建設された。内陸部も工業団地への企業進出が相次いだ。そしてゴルフ場,ホテルなどのリゾート開発,さらに公共工事の拡大で建設産業は発展を続けた。

日本経済が右肩上がりに成長を続ける限り,建設産業に構造不況はありえなかった。これほど安心して経営できる産業はほかに見当たらない。経営で成功するポイントは中央の政治と結びつき,公共予算を獲得し,大企業を誘致する。予算獲得と誘致に成功すれば,土地の値上がりという大きな利権もついてきた。

土地の高騰は農家も大歓迎でった。農家は土地の保有者という側面から不動産業者として蓄財をなした。こうして地方経済は建設産業とともに発展を享受する巨大な利権産業,強大な政治勢力を形成していったのである。



【福岡にて】

昨晩は,けっこう酔っ払っていて,大事なことを書くのを忘れてしまった。

福岡独演会に参加いただいた皆様,ありがとうございました。m(__)m
今回の福岡独演会の開催にあたりましてご尽力いただきました,福井コンピュータ様,ありがとうございました。m(__)m

独演会終了後,近所で熱く懇親会。
飲んだ。語りあった。これが大事。(笑) みんなで「魔王」二升だもんね。

ところで,私の宿は「ホテル・セントラーザ」なのだけれども,なんと四人部屋。ベットが四つもある。
わたしゃひとりだ。。。。しゃれになってないなぁ。(笑)

私は,ANA 248 福岡(1000) 東京(羽田)(1135)で帰路につく。
明日の法政大学エクステンションカレッジの準備をしなくてはなりません。

2001/05/10 (木)  
【福岡独演会】

9時に名古屋空港に着いた。
名鉄グランドホテルから,バスターミナルまでは直結なので,特急名古屋空港行きのバスは予定した前の便に乗れた。

バスはガラガラ,私を含めて7.8人ほどの乗客。
私は村上泰亮『反古典の経済学(下)』を読みながら移動したが,あっという間であった。

私の現在の知的興味の対象は,公共工事依存型の地場型中小建設業の派生過程を,村上のいう「開発主義」文脈でどう説明してみるかにある。

それは,地場型中小建設業が開発主義における産業政策のターゲットと言う意味ではなく,開発主義への反発への対応として必要とされる配分平等化の手段として地場型中小建設業が生成され,利用されてきたというところの理解である。

思うに,中小建設業というのは,極めて政策的な産物であり,決して一般的な理解における資本主義を背景に生まれたものではないという理解である。
それならば,それを市場原理のもとにさらす(つまりCALSや公共工事適正化法だな)ことは何の意義があるのだろう,と言う話を福岡独演会では,延々4時間もしたわけだ。

最近のCALS-MLでは,折角の田中さんのコアの話題がいつのまにかにないがしろにされてしまっている。
言い出しぺの田中さんも困惑しているのではないだろうか。

競争原理が好きならな,どうぞ,そういう世界で生きればいい。
でも,御社に本当に,コアはあるのか?そういう根本的な議論が消えてしまっている。

福岡独演会はそういう話で終始した。

2001/05/09 (水)  
【名古屋です】

14:00新宿発の「あずさ」で茅野着は14:01。
駒ケ根の窪田建設さんまでは,高速を使って1時間弱。

17:00からの会議を終えて,今度は岐阜県の中津川駅まで,中央高速で送っていただく。
21:34発の「しなの」で名古屋は22:23着。

ようやく今日の宿泊先である,名鉄グランドホテルにチェックインしたところ。

窪田建設さんでは,25日に予定されている日経コンピュータ主催のセミナーでの事例発表の打ち合わせ。
当日は,私は岐阜県建築士事務所協会さんの総会が17:00から予定されているので,移動のため残念ながら発表には立ち会えない。
でも,立派な発表になるだろうと思う。

明日は,お待ちかねの福岡独演会である。
明日,時間にまにあうように福岡へ移動するために,今日は無理してこうして名古屋まできたのだ。

名古屋 8:57 連絡バス 名古屋空港 9:25
名古屋空港 9:55 空路ANA(名古屋−福岡) 223便 福岡空港 11:10
福岡空港 11:29 筑肥線(姪浜−唐津) 博多 11:34

それでは,博多でおあいしましょう。(^o^)丿



【体が二つほしい】

結局,昨日はMaxあさひ336号(つまり最終)で帰る。
しかし,昨日は食べた。

お昼ご飯は,新潟の誇る人気ラーメン店「東横」にて,特製味噌ラーメンを食らう。
新潟のラーメン全般的に言えることなのだが,スープはかなり塩辛い。高血圧になりそうである(笑)。

でも,ご安心を。ここ(東横)はなんとスープを薄めるための「スープ」がついてくるのだ。
驚きのお店であるとともにかなり笑える。

面は極太。しっかりしたスープ。
でかいチャーシュー。かなりうまい。麻薬性ありである。

晩飯は「五菜庵」という割烹で,渡辺@新発田建設常務と語りあう
おこぜの唐揚,あげだしパン等,すべてがきちんと料理されたよい店である。

前日に引き続き,めしを喰らいながら語り合う。
CALSを語るということは政治経済を語ることである。

そういう話をした。楽しい時間であった。

本日は14:00新宿発の「あずさ」で茅野まで移動。
駒ケ根で17:00から会議。会議が終われば名古屋まで移動。本日は名古屋泊。

5月の予定は,既に目いっぱい詰まっているのだけれども,それでも緊急でやらなくてはならない仕事が入ってくる。
そういう予定を何処に入れるかで,今朝から悩んでいた。

体が二つほしい。

2001/05/08 (火)    
【昨日そして今日・・・って,ただの行動記録】

昨日は,朝方事務処理後,以下で新潟へ移動。
10:08 京浜東北線 大宮(埼玉) 10:23
大宮(埼玉) 10:38 Maxあさひ 313号 新潟 12:17

移動中,KEN-Platzの原稿書きをしながら眠る。★\(^^;
お昼ご飯は車中にて牛めしを食べる。しかし,大宮駅で売っている弁当はうまいものがない。

新潟到着後,新潟県設備工事組合事務所へまっしぐら。
到着後セキュリティ対策。佐藤@ナカムラ様,お手伝いありがとう。

その後,佐藤さんの車で新潟駅まで送っていただいて,新潟 16:27 Maxあさひ 324号 東京 18:28で東京へ戻る。
移動中,KEN-Platzの原稿書きをしながら眠る。★\(^^;

東京駅到着後,その足で四ツ谷の「後楽」へ。
建設工業新聞社の内海編集局長と佐々木さんと待ち合わせ。

飯を食べながら情報交換&コミュニケーション。
こういうのはデジタルにはできないだろう,っていうのが反IT派からよく聞く話だけれども,それはあたりまえの話である。

人間は所詮アナログであり,生物である呪縛を逃れることはできない。
でも,それを十分承知で+(プラス)ITなのだ。−(マイナス)ITではないのだ。

後楽をでてタクシーで自宅に戻る。
結構酔っ払っていて,タクシーの中ではほとんど寝ていたが,大変優秀なタクシードライバーさんで(四日市の天六の主人に似て物腰はやわらかいけれど余計な話は一切しない人であった),なぜか家にきちんと着いてしまう。

楽しみにしていたNHKのボブ・マリーの番組を途中から見た。その後ビデオで最初から見て眠る。
ボブ・マリー,Still Crazy After All These Yearsである。

寝ている間に差し歯が取れた。
一瞬飲んでしまったかとあせるが,枕もとに歯を見つけて安心(笑)。

今日も新潟往復。時間は同じ。
10:08 京浜東北線 大宮(埼玉) 10:23
大宮(埼玉) 10:38 Maxあさひ 313号 新潟 12:17

ただ帰りは,かなり遅くなる予定である。

業務連絡
藤川@KEN-Platz様,今日明日中に原稿は脱稿予定です。もう少し辛抱してください。m(__)m ★\(^^;

2001/05/07 (月)  
【桃知利男「ISOとCALS」を語る−深読み「入札契約適正化法」−】

皆様,連休中はいかがお過ごしでしたでしょうか。今日から通常どおりの毎日すね(?)無事故でまいりましょう。さて,今回はオープンセミナーのお知らせです。

今回のご案内しますセミナーは,建設CALS/EC研修センター(岐阜県)主催のISOセミナーです。しかし,なぜに建設CALS/EC研修センターがISOセミナーと思いの方も沢山おられるのではないでしょうか(それに,そそっかしい方は桃知がISOのコンサルでも始めたんじゃないのかと思いませんでした?)。

詳しいことは,本セミナーを受講いただければ理解できますが,取り合えずISOとCALSの間には深い関係故の問題がいろいろあるのだと思ってください(笑)。つまり,CALS化が進めばISO導入も進む。それで建設CALS/EC研修センターでISOセミナーを行う必要があるわけです。

本来,公共建設市場の市場原理化(つまりCALS化ですね)とISOの必要性は市場のグローバル化(若しくは地域用件の撤廃)というキーワード結びつくわけですが,この辺りとISOによる所謂(いわゆる)品質確保をごちゃごちゃにしてしまったものが「入札契約適正化法」だと私は論陣を張っております。今回は,その辺りをを2時間ほど話す機会をいただきました。いやはや,さすが岐阜県です,通り一遍のISOセミナーはやりませんね。ISO認証機関と自治体発注の公共工事へのISO導入反対派である私との「水と油」のようなジョイントセミナーですからねぇ。お楽しみに!

■建設CALSとISOセミナー

【日時】 2001年6月26日(火)  12:30〜16:30
【料金】 6,000円
【会場】 ソフトピアジャパン・センタービル1F セミナーホール(岐阜県大垣市) 【概要】

■第一部 「ISO9000セミナー」
    建設会社にとって負担のかからない効果的なISO導入・運用及びISO9001の2000版規格の概略
    講師 大月一浩氏(SGS 教育訓練部マネージャー)

■第二部 桃知利男「ISOとCALS」を語る-深読み「入札契約適正化法」
    公共工事にISO9000が導入されることの意義と問題点について,今年4月に施行された「入札契約適正化法」を考察しながら考えます。

【主催等】 主催 :建設CALS/EC研修センター
【お問合せ・申し込み先】 建設CALS/EC研修センター 研修課
     TEL 0584-77-6227
     FAX 0584-77-6228

2001/05/06 (日)  
【愚痴っぽいなぁ】

昨晩中に,エクステンションカレッジの資料を作成してメールで送る。
あまりにもでかいファイルなので3分割。

午前中は,KEN-Platz用の原稿に取り掛かるが,午後からお出かけ。
八重洲の全日空で,10日からの移動の手配。

実は10日は羽田から福岡へ飛ぶ予定だったのだけれども,9日に東京には戻れないような予定(夕方に駒ケ根市で会議)を予定に入れてしまったので,9日中に名古屋へ移動し,10日は名古屋空港から飛ぶことにしたのだ。なのでチケットの変更。

その後,久しぶりに東京駅の大丸をうろついて,新宿へ移動。
東京駅では藤原紀香を見かけた。顔がとても小さいなぁ。足も細いなぁ。(笑)

新宿まで移動して,シェンロン・トーキョーで晩飯を食べて,今しがた帰ってきた。
明日は,朝から事務処理,終了後新潟へ行き,セキュリティ対策。

夕方は四ツ谷で打ち合わせがあるのでとんぼ返り。
時間がないなぁ。。。。(T_T)

実は,明後日(8日)も新潟で仕事があるので,本当は明日は新潟泊としたいところだけれど,予定は四ツ谷の打ち合わせの方がはやく入っていたのだから仕方あるまい。

9日は駒ケ根へ行くので,8日も最終に間に合えば帰宅予定。→絶対に疲れるなぁ。体に悪いぞ。(T_T)
しかし,KEN-Platz用の原稿書きは進まないなぁ。(T_T)



【今週の読書】

今週の読書の目的は「資本主義の精神」の再確認である。
ゆえに『プロ倫』,つまり,『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』,マックス・ヴェーバー著,大塚久雄訳,1989年1月17日,岩波書店,の復習である。

この部分(つまり「資本主義の精神」)については,以前,読者様より以下のようなメールをいただいていた。

Being Digital-中小建設業とIT化-を拝読し、初めてお便りを差し上げるものです。以下 感じたままに駄文を連ねました。 御笑読下さい。

資本主義の精神が欧米ではピューリタン,日本では勤倹貯蓄,勤勉の精神を内包する仕事即修行という利他的なものだったのが,いつか精神抜きとなりバブル経済から長引く不況・デフレと来て,資本主義が精神も含め十分に成熟した後に出てくるべき筈の共産主義が、早く出過ぎて崩壊したのが二十世紀だと思います。

この精神はインターネットにも通じます。URL(ホームページ)は情報をただで提供するという点で利他的であり、節度や倫理を守り所有権を尊重しながらインターネットを利用するのは資本主義の精神と重なります。

小室直毅氏の「IT革命は資本主義本来の姿に立ち返る革命である」としているのは資本主義の精神が元々利他的なものであったためで、いみじくも建設CALS/ECは利他的な精神を受注者に要求し、ISOは極めて利他的な規格です。だからCALSとISOが実際にメジャーな枠組・ルールになりIT革命が成功すれば、利己的な会社は困る筈です。

ここでひとつ大きな問題があります。日本人は外来のもの(宗教、制度、技術等諸々)を断章取義(平たく言えば、いいとこどり)で運用してきた歴史があるからです。従ってCALS,ISO,インターネットの欧米輸入三点セットがどこまで日本風味になるかで、それは決まります。

断章取義の極端な例が民主主義でこれは断章取義に加え誤訳までしています。民主主義はdemocracyでcracyが付くので民主制と訳すべきでしたが主義(-ism)と誤訳したので、日本では未だに「私の主義は民主主義です」などという困った人が結構いるわけです。

これは日本に昔からあったシステムと合体するためで、碩学・山本七平によれば日本の組織の原型である一揆の考え方が混入し、日本の組織論が出来上がっているとしています。これは会社組織、派閥、官僚組織、警察等殆どすべての組織が社益より部門益、国益より党益/派閥益・省益等で動いていることを見れば明らかです。

二十一世紀に入った途端に日本は省庁再編をしました。本当に立法能力のある国会議員がいて、官僚から立法作業を取り上げることが出来れば、この改革は間違いなく成功する筈です。元々,日本の行政組織は維新革命の勝利者が官僚政治の形をとって、新しい社会制度の下で国民を創出し指導するために,官僚が国民の支配者兼指導者として,国運進展の一切の責任を荷う制度でしたが、その時代はとっくの昔に終わっている筈でした。

要は日本がアメリカのように、かなりな部分を消費者・受益者中心の政策を取りながら供給者である企業を再生することが出来るかにかかっていると思います。それと資本主義の精神を取り戻せるかでして、これは教育の問題にも関わってきます。

私の関心事は,このメールにもあるように,今という時代(IT革命)が小室直樹の言うように「資本主義本来の姿に立ち返る革命」の時代であれば,そこで主流となる時代文脈とは何であり,ヴェーバーの言葉でいえば「エトス」は存在するのかである。

つまり「資本主義の精神」はこの時代に復活するのだろうかということだ。

小室直樹のことばを借りると,「資本主義の精神」とは,『まず,労働それ自身を目的として尊重する精神である。目的合理性の精神である。利子・利潤を正当と認める精神である。』(小室直樹,『資本主義のための革新』,2001年11月1日,日経BP社,P66-67)である。

この「資本主義の精神」と「インターネットの精神」をどう結びつけるかが,CALSの持つ時代文脈なのだと私は理解している(というよりも,しようとしているというのが正解か。^^;)

つまり「インターネットの精神」とはセルフ・ガバナンス(自己統治)の精神だと私は解釈しているが,それを可能せしめているものとは,上のメールのことばで言えば「利他的なもの」であり,ヴェーバーの文脈で言えば,キリスト教の根本教義である「神と隣人を愛せよ」(つまり「隣人愛」)に基づくものなのだと解釈している(甘いか!)。

そして「行動的禁欲」であり,「空前絶後ともいうべき英雄的行動」(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』P19)であり,「伝統主義」からの脱却であろうか。

我々がどこかに忘れてきたそういうものを,復活させるのがIT革命か。

2001/05/05 (土)  
【法政大学エクステンションカレッジ】

来週の12日から始まる,法政大学エクステンションカレッジの講座展開についていろいろと考えていた。
私ばかり喋ってもしょうもないので,なるべく外部講師の招聘をしようと考えている。

既に決定済みの5月26日の建設CALS/EC研修センターの堀センター長や6月9日の(株)トライネットの熊谷社長に加えて,,7月14日の最終回(第5回)には,中小建設企業の事業者団体によるIT化推進について,(社)郡上建設業協会の前田会長にお話いただくことが決定した。

自治体建設CALS/EC先進県である岐阜県における,先進的事業者団体である,(社)郡上建設業協会の取り組みについて,会長自ら直接お話をいただけるので,受講者の皆様はお楽しみにしておいてください。

その他,招聘予定の方々の都合によっては,予定されている講座内容とは異なるかも知れないが,それぞれのエキスパートをお呼びして,いろいろなお話をおうかがいしながら,受講者全員で議論できるような講座としたいと思うのである。

私自身,人に教えるようなことは特に無いと思っている。
しかし,私の考え,先進的なエキスパートや経営者の考えを聞いていただいて,皆さんがどう思うのか,どう考えるのかを大切にした講座としたいと思う。



【Try&Error&Try】

子供の日である。
近所の菓子屋で柏餅を買ってきて食べた。(笑)

さて,今年の連休は,私にとっては,システム関係の勉強をする時間だと決めていた。
Win2Kは,NTの後継とはいえ,若いOSである。

特にWin2K+Exchange2Kとなると,書籍やネット上で得られる知識もまだまだ不足している。
それゆえに,技術系,特にServer構築と運営に関する知識っていうのは,Windowsに限らずだけれども,理論よりも実践と経験に基づくしかなうような世界である。

ネットワークの構築,運営においては,解説書やマニュアルに無いような症状はいくらでも出てくると思ったほうがよいのだが,それらを解決する方法というのはTry&Error&TRyの経験からしか生まれないと私は感じている。

その時間が今の私の活動パターンにおいては決定的に不足しているのが最近の悩みであった。
なので,この連休は,特にWin2Kによるインターネットサーバー構築とセキュリティ対策について,意識的にTry&Error&Tryを行ってみたのであるが,最近のWeb改竄の動向に果たして何処まで対応できるかというのがひとつの問題であるなぁ。

ところで,この連休中にやらなくてはならないものがもう二つ。
ひとつは【桃知利男の現場IT化戦略 KEN-Platz 建設現場情報局連載コラム】の原稿書き。→まったく進まず。★\(^^;

もうひとつはhttp://www.hosei-ec.org/lecture/010522.htmlの準備である。→上(↑)に同じ。★\(^^;

2001/05/04 (金)  
【量は多ければいいってもんじゃない,という話】

昨晩は,家人を大宮駅まで迎えに行って,そのまま,大宮駅西口の広東名菜 王宮で晩飯とする。
あの周富徳氏の店である。

私はフカヒレの姿煮と,ツバメの巣と帆立貝のクリームソース炒めが食べたかったので,それが入っているコースと車海老のオーロラソースを別にオーダーし,「富徳」という,オーナーの写真がラベルになているへんな紹興酒をボトルごと頼んだ。

確かにどの料理もまずくはない。
特にお目当てのツバメの巣と帆立貝のクリームソース炒めは,非常においしかったし,十分に料理人の腕を堪能させていただいた。

が,私も家人も最後までこのコースを食べきることができなかった。
つまり,量が多すぎるのである。

コース料理としては,一皿一皿のボリュームが半端じゃなく多いのだ。
まあ,それが広東料理のスタイルだと言われれば元も子もないが。

結局,最後の3品,あんかけチャーハンとデザートとお菓子は,ほとんど手を手をつけられずGIVE UP!。
よほどの健啖家か,食べ盛りの体育会系高校生ぐらいしかこの量は食べられないだろうなぁと思う。

しかし,こうなると,私は満腹にもかかわらず,逆に欲求不満が湧き起こることになる。
全部味わってみたかった。つまり,料理を味わうというとこからくる満足感は胃袋から生まれるものではないのである。

貧乏性の私としては,同じお金を払うのであれば,少量でも今回の料理を全部味わえた方がどんなに満足したことだろうかと思うのだ。
次回私がこの店をおとづれる時には,コースでなく単品でオーダーすることだろう。

しかし,本来,店の姿勢としては,客にそう(もうコースではオーダーしないということだな)思わせてはいけないのである。
それじゃ,どうすればいいのかという答えは意外と簡単である。

その答えは,各皿の料理の量を少しだけ減らすことだけである。
この答えは,サービス精神旺盛な周富徳氏のイマジネーションの範疇には無いかも知れない。

人生の中で,食事って言うのは,沢山食べれば幸せ,っていう時も確かにあるけれど,味わうことを楽しみとする時もあるのでる。
王宮で満腹感を求めてコースをオーダーする方はいないだろう。

さて,問題はこの欲求不満の解消先である。
本来は王宮へのリベンジだろうが,私は私的な中華系料理(純粋な中華料理の枠にはとらわれない)のbPの,新宿南口,小田急サザンタワービルのシェンロン・トーキョーに向いてしまうのであった。

2001/05/03 (木)  
【蕨に戻る】

郡上八幡から,前田会長@郡上建設業協会の車に乗せていただいて,尾張一宮駅まで送っていただく。
東海北陸道は,高山方面へ向かう道路は大変な渋滞状態であったが,私たちは(いつもは邪魔な工事もなく)いつもにも増して順調に移動することができた。

12:45分名古屋駅発ののぞみのグリーン車はいつもと変わらず余裕の空席。
例の名古屋駅経済書キヨスクで田原総一朗,『日本のカラクリ』を購入したが,なぜか読む気にもなれず,ゆっくりと寝ながら帰ることにした。

のぞみはあっさりと東京駅着。
東京駅からの京浜東北線快速は,さすがに人が少ない。

つまり混んでない。
そんなものだから秋葉原から座ることができたので,今日は蕨駅(いつもは西川口)で降りて,駅からゆっくり歩いて帰ってきた。

東京もそうであったが,蕨もつい今しがた迄雨が降っていたのだろう,道路が濡れていて,肌寒い。
東海地区の暖かさと比べるとかなり寒いように感じる。

相変わらず蕨駅東口のナンバーワンストリートは汚い通りである。何よりも臭い。
私は神戸の三ノ宮や四谷で平気で深呼吸できるが,蕨駅東口のナンバーワンストリートではできない。

それは臭いのせいであるなぁ。
つまり,酔っ払いの口からの排泄物と立小便の臭いだ。



【郡上二日目】

桃知@郡上八幡%外は先ほどまで雨模様であったが,今はあがってきているようだ。
今日は午前中,郡上建設業協会さんでシステム設定(Exchageでのスパム対策だな)をして,午後の新幹線で帰宅予定である。

昨日は郡上八幡の「立国」さんという,ちゃんこ屋さんで協会の方々と夕食。
からいモツちゃんこをいただいた。皮モツ(鳥の皮だなぁ)も牛筋もとてもうまかった。(^o^)丿

そして圧巻は,持込で準備していただいた正体不明の酒(笑)。
生酒である。度数は17〜18度ぐらいで,日本酒度は7ぐらいかなぁ。。。これは,とても,大変,もの凄く,うまかった。(^o^)丿
四人で一升をあっさりと片付けた。

おかげさまで,今日は少し頭がいたいのだ。(笑)

2001/05/02 (水)  
【DNS】

桃知@郡上八幡%雨が降りそうである。
昨日,今日と悩まされているのは,Win2K DNSサーバーにおける,例えばOCNエコノミーのようなクラスC未満での設定である。つまり,クラスレスの逆引きゾーンについての問題である。

例えば,210.160.78.0/28用の逆引き用ファイル名は0.78.160.210.in-addr.arpaでなくてはならないのだが,デフォルトではクラスC用の名前になってしまう。つまり78.160.210.n-addr.arpaとなってしまうのだ。

なので,逆引き参照ゾーンの作成のt期に,ネットワークIPの入力で210.160.78.まで入力したら,逆引きゾーンの名前を指定するようにして,強制的に0.を先頭に入れてしまう。

問題は,これで新しいホストでPTRレコードを作製するときである。
例えば,210.160.78.1を新しいホストとして登録する場合,単純にアドレス1を登録すると,210.160.78.0.1となってしまう。それにサブネットマスクも255.255.255.0のまま(というか記載されていないのだが,クラスCであればそれでいいのだ)で,目的の255.255.255.240にはなっていない。

それで0.78.160.210.in-addr.arpaをテキストエディタで開いて強制的に編集してしまうのである。
つまり, サブネットマスクの強制登録(@ A 255.255.255.240の記入)と自分とこのドメイン名を書いてしまうのである。

これで参照はできるようになるのだが,こんな方法ってありなんだろうかと思ったりするのであった。
まあ,クラスレスは標準がないので何でもありといえばありなんだろうが。。。DNSは深いなぁ。

ところで,うどん星人2様からのメール。ちなみにうどん星人はすべて女性である。
みんなぁ,食いすぎだぞぉー。

GW明けは郡山へ行き、その後後半から翌週まで、四国・中国地方巡業の旅です。
最初の目的地はこの前桃知さんが言っていらした、建設CALS/ECにもっとも縁の遠そうな高知です。
四国、岡山、広島へいく時は、かならず高松空港をハブ空港としています。
もちろん、「おそるべし」の讃岐うどんのため!
翌朝から、うどんを各店で食べ歩きながら、琴平をぬけ、さらにうどんを食べ続けて、途中の道の駅にある温泉に入り、徳島から高知へと車で移動です。
高知では、鰹と鯨と、船中八策、酔鯨、そしてこの時期はフルーツトマトが待っているので、ここもボランティア講師です。

太るぞ!>うどん星人2

2001/05/01 (火)  
【うどん星人より】

桃知@郡上八幡のインターシティホテル白山である。
このホテルは晩飯を食べるところが無いので,郡上八幡駅からの移動の途中,タクシーを寄り道させて,東海地区ではおなじみのコンビニである,サークルKで晩飯を調達。

チャーハンとフカヒレスープ,それに聞茶といういたって豪華な食事である(笑)。
しかし,なぜかサークルKの店員に笑われてしまった。なにかおかしいかい?。

ちなみに今日の私は,真っ赤なスイングトップに赤い帽子,それにノーマルなジーンズ。
インナーは桜庭Tシャツ・バージョン5。それにコンバースのワンスターという,いたってノーマルな胡散臭いオヤジを演出しているのだが。

しかし,長良川鉄道越美南線は予想に反してすごい列車であった。
一両編成のその車両は,爺婆の世界かと思いきや,女子高校生の楽園であった(まあ,時間帯にもよるだろうが)。

確認した制服は4種類。(笑)
でも,見渡す限りの女子高校生っていうのも(それも都会的にすれていない)なにか圧力を感じるものであった。

わたしゃ結構気恥ずかしい思いをしたのであった。

さて,郡上のうどん星人さんからのメール。
いつも,面白い話をありがとうござます。

お疲れさまです。うどん星人(笑)です。
郡上まであと少しですね。
新幹線での移動ではよく有名人と言われる人に出くわします。
心の中では、誰かに出会うかも・・とすこーし期待したりもします。

しかしながら、椎名誠さんに、いつもの通勤の途中で至近距離で出会った時は、「ありっ?・・・・おーっ!!   
椎名さんだぁ・・・・背が高くてしかも黒いよ〜、んーかっこいいナイスミドルだ!!」感動しました。コーフンしました。
同乗者は、「だれ?しらんなぁ」この言葉にむかつきつつも、このコーフンを誰かわかる人に伝えてたくてムズムズ。
椎名さんが宿泊していたであろう旅館の駐車場付近で、立っていらしたので、この旅館の近くに住む妹にすぐ電話。
「すごーい!!でもまだお化粧もしてないから、間に合いそうもない・・・残念だよ。」
でもこのコーフンを解る人に伝えたことで、スッキリした私は、いつものように会社へ向かうことが出来ました。

後日談ですが、妹から聞いたには、週刊新潮にこの時の紀行文がでていたそうです。
「車の中で、騒いでいる怪しいおばさんのことは出てなかったよ。出てたらどうしようかと思いながら読んだよ〜」
心配掛けてごめんなさい。恥ずかしい姉です。
私の暮らすところは、永さんもよくいらして(年に必ず一度は、来られますよ)何故か、一緒に飲んだこともあります。

情報が氾濫し、知らない土地の事でもインターネットなるもので検索すれば、地元の人も知らないような、その土地の事が解ります。
その土地を訪ねたような気がしたりもします。ほんの短時間で。

時間をかけて旅をするって事は、視覚からは感じられないもの、例えば人との出会いやふれあい、その土地のにおいとか。
五感をフルに使って感じることだと思います。その目的が保養であれ仕事であれ、そこへたどり着くまでの時間が、大事な時間だなぁと思います。
お腹が空いていると何でも美味しいみたいな(変なたとえ)・・・は〜るばるきたぜぇ〜とゆう感覚ですかね。
しかし、移動で時間を使い体力を使い、それから仕事をしなくてはならない日々を、送ってらっしゃる人はきっと
「じょうーだんじゃない!!あまいっ!!」と思ってらしゃるでしょうが・・・・
お体いたわりつつ・・お過ごし下さい。では、また。

そーだよ!甘いんだよ!(笑)


【のぞみ43号にて】

桃知@のぞみ43号である。8時丁度に東京駅を出た。
連休の間(「あいだ」ではない,「はざま」である。間組は「はざまぐみ」であって,「まぐみ」ではない」)のせいか,(多分グリーン車のせいもあるけれど)それほど混んでいるわけでもない。

ところで同じ車両には,椎名誠大先生@もだえくるしむ活字中毒者地獄の味噌蔵が乗っておられるのだが,渋いなぁ。それに黒い。
あいう男に私もなりたい。(笑うな!)

旅が仕事のような方々,たとえば永六輔氏や,椎名誠氏のような方々の生き方を,私は自分自身の生活の支えのように感じているのだが,それはまた,一年のほとんどを旅で過ごしているものとしての共感のようなものかもしれない。

しかし,傍目で見るよりも,この旅の生活というものは,疲れるものである。
今日は,名古屋で特急ひだに乗り換えて,美濃太田(美濃加茂市の駅なんですがなぜか美濃太田なのです)まで。

美濃加茂での仕事が終わり次第,長良川鉄道越美南線で郡上八幡へ移動。
本日は郡上八幡泊。順調ならば,3日の夜には帰宅できる予定。

そして来週は福岡独演会である。
10日の福岡独演会への参加申し込み数をまとめたら,なんと怒涛の30名もあった(超満員御礼です)。
こころから,ありがとうございます。m(__)m

懇親会の方も,現在15名様の参加表明をいただいており,こちらもにぎやかにやれそうで楽しみである。
5月10日は博多でお会いしましょう。(^o^)丿

そして,5月12日からは,法政大学エクステンションカレッジが始まる。
こちらの参加者数は今のところ12名様。これは私の予想をはるかに越えているのだ(私は7名を想定していたのである)。

これは,授業というよりは,毎回テーマを決めて,参加者全員で議論を積重ねていくような形を想定している。
そして最後には何らかの形を残せるようにしたいと思う。

12日の第1回を除いては,他の4回は,毎回のように外部講師をお招きする予定である。
そして,可能な限り,毎回懇親会を持とうと思う。

遠く北海道や岩手県そして長野県からご参加の皆様,できれば是非ご一泊の予定でおいでくださればと思います。
3時間30分/1回では,とても話はおさまりませんし,是非,外部講師を交えた懇親会へご参加くださればと思うのです。

momo
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