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2000/05/31 (水) ▲ ▼
【恥ずかしい瞬間】
キヨスクにて文芸春秋の6月臨時増刊「どうする?どうなる?私たちの21世紀」を購入。
本と一緒に千円札を渡して、本をもらってお釣が当然出てくるものだと思って暫く待っていたら、店員さんに「丁度千円ですよ」なんていわれてしまって、顔が暑くなってしまいました。(^^ゞ
こういうときの照れ隠しというか、次の行動というのは以外に難しいもので、怒るわけにもいかないし(当り前である)、ああ、そうでしたね、というような、「いわれなくてもわかっていたんだよ」っていうような顔をしてニヤっと笑ってさっと立ち去るしかないわけでして、この辺りをもっとスマートにできればいいのになぁと自己研鑚を心に誓うのでした。(^^ゞ
【もらい泣き】
関与先さんのイントラネットの掲示板を読んでいてもらい泣きしてしまった。
若くして突然に亡くなられてしまわれたその方には、私も大変にお世話になっていた。
夜遅く、交通手段が無くなってしまった私を中津川駅まで迎えにきてくれて、道すがら飯田のこと、会社のこと、自分自身のことを話していたのが鮮明に思い出される。
彼からいただいたメールを読んでも、その人となりの良さがしみじみとでいているなぁと今更ながら感じる。
先日彼の死をイントラネットの掲示板にて知ったときにも、本当に信じられなかったし、実感が湧かなかったのだけれども、今日読んだ掲示板への投稿には、本当に悲しいな、無念だな、残念だな、と涙を流すことしかできなかった。
ご冥福を祈る>尾曽さん。
【砂漠の駱駝】
昨日は、日も高いうちから、美々卯にてうどんすきを酒の肴に冷凍酒を嗜み、チェイサー代りにビールを飲むというようなご乱行ぶり。そのあと続けて有楽町の「卯」のところへ(謎)。
なんか久しぶりに酒飲みながらよく喋ったなぁというわけで、今朝起きたら喉が「がらがら」しています。
ということで、本日はまずは、JACICの標準部より「建設情報に係る標準化ビジョン」が発表されておりますので、このあたりはとりあえずおさえておきましょう。
データを標準化するということは、本来そのデータが生成され流通するプロセスも標準化を志向するということですね。標準化というのはそういうことでしょう。
昨日の建設通信新聞によれば、近畿地建では、直轄工事では全国初の試みとなるISO9000シリーズの認証取得を入札参加条件とした公募型指名競争入札が行われるようです。
これは当然のことなのですが、すくなくともですね、「それにしても動きが活発化しているなぁ」と感じていただきたいところではあるのです。
建設業の経営者の皆様の多くは、こんなに沢山のこと(ISOやら情報化やら)を同時期にマネジメントの一つとして考えて取り組まなければならない時代というのを初めて経験されているのだと思います。
こんな時(今という大変革時代)には、経営者の資質というのが良く見えてくると感じています。
右肩上がりの時代には、何もしないでも経営者が経営者足りえたのかもしれませんが、この大変革の時代には、何もしないことは一線からのリタイヤを意味するだけだということですね。
そして、実はそのことさえも理解できない方々が沢山おられるとうのが実態なのではないでしょうか。
それは、まるで「砂漠の駱駝」のたとえ話のようなもので、意識的にそういう問題から目をそむけている方が多いのではないだろうかということです。確かに、今まではそれで何とかなってきたというのが実感としてあるのでしょう。
砂漠の駱駝というのは、駱駝は自らに危機が訪れると、砂の中に頭を突っ込んで、その危機を見えなくすることで安心をするということをいっているのですが(まあ、結局は頭隠して尻隠さずなので、例えば天敵に食われちまうのですが)、これと同じような感覚の経営者は意外と多いのではないでしょうかねぇ?と最近富に感じることが多いのです。
2000/05/30 (火) ▲ ▼
【鍵が無い】
昨日は良く働いたな〜。
ホテルへ辿り着いたのは、午後10時30分を回っていた。
部屋でタバコでも吸おうかとあちこち探し回ったのだけれども、あいにく手元には在庫が無いことが判明したので、ホテル内の自動販売機へ調達に出かけた。
お好みのタバコが無かったのだけれども、代替品で我慢しなくてはならないことはタバコに限らずよくあることなので、まあどってことはなかったのだけれども、部屋に戻ってドアを開けようとしてあることに気がついた。
「鍵が無い!」
井上陽水は「傘が無い」などといっている場合ではない。
鍵が無くては部屋に入れない。これは、ホテルの国際ルールであるわけで、ドアの前で「開けごま」などといってもドアが開くことは絶対に無い。
しばらく、私は自分の阿保さ加減に呆然と立ちすくむも、すぐに気を取り直し、早足でエレベーターホールまで戻り、そこからフロントへ電話したのでした。
しかし、この私は馬鹿ですって自己申告するような電話というのは、なんとなくいやだなぁと。
そういえば、私は情報化で大事なのは悪いニュースだよ、なんて知ったかぶりして言っているわけだけれども、いざ自分が自分の失敗を自己申告するというのは、意外と大変なことなんだよなぁ、などとわけのわからないことを考えてしまう職業病的自分に呆れかえりながらも、とにかく電話しないと先には進まないというジレンマこそ現実だという結論を導き出し、ようやく私はプッシュボタンの「7」を押したのでした。
フロント君に「鍵を部屋の中に忘れてしまってぇ。。。」などと、どこかの女子高校生みたいな口調で告げると、若い担当者様は、「やれやれまたかい、だからおやじは嫌いなんだよ」みたいな気持ちを心の中にぐっと押さえ、キムタクみたいにさわやかに、疾風のようにやってきて、さっとマスターキーで鍵を開け、疾風のように去っていったのでした。
私は、彼の後姿に深深と最敬礼しながら、さあ寝るかと、何事も無かったように部屋へ入っていったのでした。
しかし、掛川のホテルのお茶は日本一だ!
・・・・・ただそれだけ・・・・・☆\(−−;)
2000/05/29 (月) ▲ ▼
【隣人の目覚まし時計で目覚める】
皆様、おはようございます。現在午前4時です。(^^ゞ
実は、初めての経験なのですが、隣人の目覚し時計で目覚めてしまいました。
もともと今日は、早朝から移動の予定が入っていましたので、あと30分もすれば、私のところの目覚ましも鳴る予定でしたので、そういう潜在意識のもとで、耳が敏感になっていたのかもしれません。
本日はこれから掛川まででかけます。
しかし、朝からなんか湿っぽいし、暑くなりそうな日です。
2000/05/28 (日) ▲ ▼
【-100%】
バイオリズムとかいうものによると、私の本日の知性は-100%なのだそうで、つまり底なのであって、まあ、そういえば今日は仕事は一向にはかどらないなぁと感心したりしていますが、逆転の発想では、明日からは登坂だということなんでしょう。
だから、いつのまにかバイオリズムも+100なんていうと時もきて、そこで、知性のエネルギーというか、私の脳味噌に費やされるエネルギーもプラスマイナスゼロでバランスが取れるのでしょうね。
でも、私はこれは間違いだと思っています。
この均衡バランスだけでは、私の知識というのは発展しえないと考えているのです。
つまり、私が生まれてからのバイオリズムをトータルしてみると、いくらかでも+の数値が上でなければならないのだろうと考えるのです。
底と天井(どちらでもいいですが)の始点から始まって、また始点に戻る間に、それは綺麗な放物線を描く必要は全く無くて、その均衡バランスみたいなものが、どこかで壊れていかないことには、私の知的なエネルギーというのはいったいどこで増幅されるのでしょうか?
このエネルギーの増幅という次元がバイオリズムには無いのですね。平面なのです。というよりも、絶対空間みたいな世界観がバイオリズムを成立しているのだろうと、そう感じたのでした。
私は、この絶対的なバランスは無い(かもしれない)という価値観は、とても重要なものだと感じています。
つまり、生物が進化したりですね、社会が変化したりするのは、どこかでバランスに歪が生じているためであって、それは物理空間における対称性に対する対称性の破れみたいな認識なのですけれども、つまりそれは不変の法則など無いのではないかという法則(?)みたいなものでして、経営(マネジメント)というのもそういう次元で考えてもいいのではないのだろうかと考えるのです。
つまり、突然とか、突拍子もなく、というような言葉で言い表してもいいのかもしれませんが、その要因は何かというと、それは自分以外の外的な刺激が大きいのではなのだろうかと考えるのですし、経営に不変の法則などない(のではないのか)という考え方の方が経家者にとってはbetterなのではないのかと、そう考えるのでした。
しかし、こう書いてみてもなに言ってんだかわかりませんね(笑)。
さすがに、−100%の日でなのです。
【店主へ滅入る・・・・・】
いつもメールをいただく読者様からのメール。
サブジェクトが『店主へ滅入る・・・・・』だったものですから、何事かと思いますしたが、なるほど滅入りますねぇ。
『つまり、配分ルールのもとでは、情報化の視点(差別化とコア・コンピタンス経営の視点)さえも必要がないのだろうなと、それ故に、地場型の公共事業依存型の建設企業にとっては、情報化等というものは彼方の経営戦略なのだろうなと、今更ながら感じている次第なのです。』
だからこそもっと建設省・地方自治体にはがんばってほしいのですがなんかみんな腰が引けてるなー
うちなんかも高々30万円のLANをくむのに他の会社の動向を見てとかいって全く前に進みません。
古い経営者同士いくら相談したり牽制しあったりしてももう意味がないのにねー。
多分手遅れになってから渋々高いソフトを買う羽目になうのでしょう。
古い建設業のご冥福を祈って合唱(-_-)
【先週の読書】
・新規
『ナレッジ・マネジメント 実践の技術 野中郁次郎他 リック 1999/3/21』
『脳を鍛える 立花 隆 新潮社 2000/3/30』
『JMM Vol.5 村上龍 編集 NHK出版 2000/4/25 』
・再読
『創造的破壊系 船橋洋一』
ぜーんぶ中途半端読み中。
むずかしくてですね、一極集中的読書ができるようなものではありませんし、私の集中力も続きません。>この手の本は。
だいたい、皆さんもそうではありませんか?小説なんかと違いましてね、この手の本は読んでいて必ず飽きがくるもんだと思っています。つまり、本は、とっかえひっかえ読むもんだと、私は思っております。
そうして良書は選別され生き残り、また後から再読する価値が与えれると思っております。
現時点では、立花隆本にはかなり惹かれています。
今年読んだもののなかでは、アルマティア・センと同格ぐらいに私の脳味噌をシャッフルしてくれています。
多分一番最初に読み終わるのはこれだと思うのですが、泉麻人の地下鉄本がそのいくてを阻みそうなのでした。
地下鉄本については、また次回に。
2000/05/27 (土) ▲ ▼
【Still Crazy After All These Years】
一仕事終えると既に午後3時を過ぎていたので、浦和まで寿司を食べに出かけました。今日は駒場でレッズ戦があるので、帰りはタクシーがつかまらず大変でしたが。
ついでに、レコード店に寄り道してて、ポール・サイモンの新しいグレーテスト・ヒッツと、サミンガの♪VOICE OF PUYMA♪を購入してきました。TVのコマーシャルで、ポールサイモンの新しいグレーテスト・ヒッツが出たことを、出かける前に知ったのです。
初めて聴いたポールサイモンの曲というのは、私が、小学生の高学年の頃。真空管式のラジオで聴いたサイモン&ガーファンクルによる♪ボクサー♪であったのですが、その後小遣いをためて、電蓄を購入し、彼らのレコードをぽつぽつと購入しはじめたのは中学生になってからです。
その頃には、既にS&Gは解散していていたのですが、まずは定番どおりに、ビートルズや、S&Gやカーペンターズなんかのね、そういうところから私は洋楽に親しんでいったのでした。
ポール・サイモンの新譜と私の体験が完全にシンクロをしはじめたのは、私が既に高校生になったときにでたアルバム♪Still Crazy After All These Years♪からです。
学生の頃の私のレパトリー(私もご多分にもれず歌うたってたんですよ。。。(^^ゞ)の一つは、♪スリップ・スライディング・アウエイ♪でした。
FENから流れる、TOP40のランクを昇るのを何時も楽しみに聞いていましたねぇ。
多分5位ぐらいで終わっちゃったと記憶していますが。。。。
まあ、最初に彼の曲をい聴いてから既に三十年以上の月日が流れているわけで、思い出にならず一緒に年を取ることが出来ている数少ないミュージシャンの一人が彼なのです。
ポール・サイモンからはいろいろなことを学びました。
♪コンドルは飛んでいく♪でフォルクローレを、♪明日に掛ける橋♪でゴスペルを、♪母と子の絆♪ではレゲィを知りました。
アルバム♪ひとりごと♪で、マッシュル・ショールズのスタジオミュージシャンを知り、♪Still Crazy After All These Years♪でスッタッフやフィービ・スノウを知りました。そして、今は亡きリチャード・ティ(スタッフ)からはゴスペルピアノを知りました。
♪追憶の夜♪ではサルサを、そしてアルバム♪グレースランド♪では、レデイスミス・ブラックマンバーゾという南アフリカのフットダンスチームに私は夢中になったりしたものす。
おかげさまで(?)私の音楽的興味は偏見性も持たず(無節操だという非難もあるが)、ある程度の広まりを持つことができまして、今日一緒に購入したサミンガとは、台湾の原住民であるピュマ族の女性ボーカリストなのです。
ポール・サイモンは決して多作家ではありませんので、そんなにアルバムがぽんぽんと出る人ではありませんが、同じ時代を生きていた私の敬愛するミュージシャンの多くが既に伝説化している中、こうしていまでも現役で頑張ってくれることを私も励みにしていたりするところがあるのです。
今年の秋頃にはまたアルバムをリリース予定だと聴いていますので、それも楽しみにしています。
ポール・サイモンには、ずーっとStill Crazy After All These Yearsなのですねぇ。
【逆説的最近の私の憂鬱】 ピックアップ目次
使用上の注意
服用に際しては、ももちどっとこむ通信通算第65号もしくは、(↓)の【最近の私の憂鬱】を先にお読みください。
はたして、私の使命はなんなのだろうかと考えるのです。
そのときの私の答えは『べつに私は全国58万のほとんどを占める中小建設企業を情報化武装する使命感などはさらさら無い』でして、『できれば多くの企業様は情報化武装などしないでいただきたい』と、そう考えているわけです。
全くなんとふとどきモノなのだとお思いでしょうが、そのココロは、要は『私の関与している方々だけ生き残っていただければそれでよい』のであって、そのために私の活動はあるのです。
なんか、どこかの代議士みたいな発言ですが、私の商売とはそういう視点においてしか成り立ちません。
全てが同じレベルで情報化され、横並びで、おててつないで、仲良く行きましょうという視点は存在していないのです。
私の推奨する事業者団体による情報化の推進においてさえも、その視点には横並びの意識はありません。機会の提供、きっかけの提供はできますが、それ以上の判断は全て各経営者の皆様にゆだねています。
ですから、私の視点はいつでも市場のルールの変化にあります。
つまり、公共事業市場における配分ルールと競争ルールのトレードオフの関係変化に常に注力しています。
そして、現時点で、公共事業市場におけるこのルールのトレードオフの要因として機能するものはなにかなと考えると、それはデジタル革命による行政のデジタル政府志向にあると考えています。
つまり、建設CALS/ECさえもデジタル政府が実現されるときの一局面に過ぎないというのが私の視点であり、建設CALS/ECはデジタル革命による公共工事のシステム変革だと私は仮定しているのです。
もうおわかりでしょが、私は公共事業は絶対に必要なものだという立場です。
公共事業はなくなることは無いでしょう。ただ、その市場規模とルールが変化することは、時代の必然として起きてくることだと考えています。
建設CALS/ECは政策ですから失敗もありうるでしょう。しかし、時代の必然としての公共事業による市場規模とルールの変化は避けられないものとしてとらえています。
マネジメントの醍醐味は、状況変化へのスムーズかつ合理的な対応にあります。
これをメアリー・パーカー・フォレットは「状況の法則」ということばで表現していますが、私の立場はこの法則を中小建設企業のマネジメントにおいてで実現させようというものに他ならないのです。
それも、極限られた方々とのあいだで。
故に、日々私にとどく情報化の情報の底の浅さは、むしろ私にとっては好都合なのかもしれません。
【最近の私の憂鬱】 ピックアップ目次
昨日は、KEN-Platzの新しい企画の取材のおつきあい。
移動しながら、取材をしながら、記者様に情報化の視点を伝授したつもりだが如何だったろうか?
色々なメディアで情報化の記事を見るのは昨今当り前なのだが、ベンダーの提灯もちのような記事ばかりで、さほど参考になるものはないのが現状ではないだろうか。
特に今回のような企画(現場でのIT活用)の場合、その視点の狭さが記事内容を極端につまらなくしてしまうのではないかという危惧さえ私は感じていたので、老婆心ながらあれこれ口を挟んでしまうのです。
「現場の情報化」という視点は、私が「建設業の情報化の三つのポイント」であげている最重要項目の一つなのですが、現場という局部への視点とはいへ、各現場が各自勝手に情報化へ取り組むというようなものでは意味がないのはいうまでもないのです。
現場とは、営業と並ぶ、自社のフロントライン(戦線)なのですから、逆説的には、現場をみれば、その企業の経営者の考え方(マネジメント・戦略)が如実に現れてているものであると感じています。情報化もその例に漏れるものではないのです。
例えば、現場の情報化が全然進んでいないような企業では、経営者に現場が自社の最前線であるという意識が無いのだろうし、現場が各自勝手にPCを使っているレベルでは、経営者は既に経営を放棄しているのか経営をしていない証のようなものだと感じているのです。
ですから、「現場でのIT活用」というような視点で記事を書く場合にも、記者は、その背景(マネジメント・戦略)を把握する必要があるのだと感じています。ですから、経営陣への取材を同時に行う必要があるのです。
それは、情報化とは経営戦略に他ならないからです。
しかし、最近ますます痛感することは、多くの公共工事依存型の地場型中小建設企業経営者にとっては、情報化等というものは、本当に必要のないものなのかもしれない、ということです。
例えば、これは営業情報のデータベースを作るときに明らかになります。
建設企業の場合、現時点で営業情報のデータベースを構築され、それを機能させているという事例は、ごく一部に限られます。つまり、民間の建築工事をメインにしている方だけがその視点をお持ちだということです。
この方々、つまり民間工事中心の建設会社さんやハウスメーカーさんにとっては、情報化は自社の営業のスピードアップと、より密度の高い営業戦略には必需品という認識が経営者にあります。つまり、競争原理が働くところでは、建設業といへど、情報化を高いレベルで推進しようとする意識が経営者に存在しています。
ところが、一般的に、公共事業の営業活動を情報化することは現状では非常に困難なところなのです。
つまり、公共事業はどうしても配分メカニズムが機能する経済ルールが支配的ですから、その支配度合いが強ければ強いほどデータベース化するものが無いという現実に直面します。
このような配分ルールのもとで営業データベース(営業の情報化)を構築しても、結局は、営業データベースとは名ばかりで、貸し借り台帳のようなものが出来上がってしまうという問題があります。
そこでは、競争ルール下でいうところの自社のコア・コンピタンスも差別化の経営思想も機能しそうにありません。差別化の要因は、一般的な経営能力の優劣や技術力の優劣とは別の視点に存在してしまうです。そこでは、技術的には横並びでいた方が好都合なことが多いのです。
つまり、配分ルールのもとでは、情報化の視点(差別化とコア・コンピタンス経営の視点)さえも必要がないのだろうなと、それ故に、地場型の公共事業依存型の建設企業にとっては、情報化等というものは彼方の経営戦略なのだろうなと、今更ながら感じている次第なのです。
こうして考えてみると、この視点で検討されているCALSが現行の建設CALS/ECにしか見えないのです。
つまり、それは納品フォーマットの標準化という狭いデータ標準だけを云々するCALSだということです。建設省と建設業界がグローバルな市場で戦える(リーダーシップを取りつづける)戦略としての視点はどこへいってしまったのでしょうかと。
建設企業の多くは、まだなにも勉強していないのです。CALS的なものの考え方も身に付けていないのです。
建設省のいう建設CALS/ECが、建設業界のデジタル革命への切り口になれるのかと言えば、それはなかなか難しいと私が感じる理由はそこにあるのです。
【リップルウッド・ホールディングス】
やっぱり負けたんだよなぁと。。。。。
船木の話ではありません、日本のことです。
標題のリップルウッド・ホールディングスってなんだか知っていますか。
これは、日本長期信用銀行の譲渡を受けた投資会社さんの名前です。つまり長銀の現オーナーです(正確には、リップルウッド・ホールディングス社を中心とした持ち株会社「ニュー・LTCB・パートナーズ(オランダ)」が長銀のオーナーさんなのですが)。
この長銀さんが第一ホテルを見捨てちゃったことで、報道でもご存知のように第一ホテルさんは見事にお終い。私は、この事実を昨日の夜駅売りの「夕刊フジ」の見出しで知ったわけですが、帰りの東海道線から見えるあのバブルの塔といわれた第一ホテルのビルも心なしか寂しそうに見えました。
やっぱり、長銀を外国の会社に譲渡したのまずかったのではという批判が続出しそうなのですが、後の祭りですし、今という時代が、こういう時代なのだということを、私たちはもっと真剣に受け止めるべきでしょう。
しかし、この長銀のはなしは、これからいろいろと問題を起こしそうです。この長銀に対して債権放棄を要請している中堅ゼネコンさんがおられますが、その運命は、果たして如何に?。
そして、それよりもなによりも私的関心事は「そごう」なのでして、そごうも長銀に見放されるのかなぁと。
川口のそごうは結構私のお気に入りでして、魚系はここで買うことが多いのです。☆\(--;)
TVでは総理はなんだかわけわかんなく謝っていたり、
中堅ゼネコン各社様の決算内容は減収減益。
西武百貨店は池袋を手放すの?
ああ、いったい日本という国はどうなっちまうのでしょうかね?
2000/05/26 (金) ▲ ▼
【船木VSヒクソン】
藤沢からは、午後10時10分前に帰宅。
なんとか船木VSヒクソン線のTV放映には間に合ったと。
でもね、くやしーねぇ。
ほんとうにこのルールでは勝つか負けるかなので、プロレス的な見る側のイマジネーションを働かせる余地が無い。
本日の結果で、ヒクソンはますます商品価値を上げ、船木の価値は落ちてしまったという事実しか残らない。
プロレス的な複雑怪奇な曖昧さがないからね、次のストーリーは想像する価値も無くなってしまうのです。
悔しいけれども、ヒクソンをたたえましょう。貴方は世界最強の40歳だとね。
これは、ジャンボ鶴田が持っていた栄光の称号なのだけれどもね。。。。。
【今日は藤沢へ】
おはようございます。(^o^)丿 只今の時刻は午前5時30分です。
今日は、7時の電車に乗って藤沢まで出かけるのですが、東京駅で初めてお会いする方と待ち合わせをして一緒にいきます。
私は、初対面の方を探し当てるのは余り得意ではありません。
いつも相手さんが私を見つける方が早いのですが、まあ、それだけ私はわかりやすい姿形をしているということでもありましょう。
尚、本日の成果は日経BP社のKEN-Palzでお披露目予定ですが、詳しくは私も謎なのです。
昨日は、午後5時から日本橋で打合せ、その後神田近辺でお酒を飲みながらまたお話をして、お店が看板になるまで粘って話していたのですけれども、なんかもっと話したいという欲求は残っていたのですが、抵抗してもしょうがないので素直に帰路についたのでした。
その後神田駅でお別れをして、京浜東北線に乗ったとたん、お腹がすいてしまったのですね。(^^ゞ
それは、あのお酒を飲んだ後の、胃袋(というようりも脳味噌だね)が炭水化物をほしがる症候群に襲われてしまったというほうが正解でしょうが、私の食いたい欲求は、私を田端で途中下車させしまい、足は自然と北口にある中華料理店へ向いてしまったのでした。
ここは塩ラーメンがおいしかった記憶があったので、迷わず塩ラーメンを頼んだのですが、「なんちゅうか、本中華(おお、今はやりの巨泉語だ!)以前と味が変わっているのですね〜(T_T)。
塩ラーメンにあるあの独特の「くささ」が消えているぅぅぅぅ。。。。(T_T)
ということで、私は打ちひしがれ、ほとんど箸もつけず、今更電車に乗る気力も失せたので、タクシーで帰ってきたのでした。
帰宅後、菓子パンのドカ食いをしてしまい、気分が悪くなってしまい、そのまま意識を失ったのでした(正確には床に着いたのでした)。☆\(--;)
2000/05/25 (木) ▲ ▼
【耳元でシャカシャカ】
午前中は快調にステップしてきた。
学生の頃は生意気にも、所詮ディスコミュージックなんて軽蔑していた、ビージーズの♪サタデイ・ナイト・フィーバー♪関連の曲も、今聴けばいい曲じゃないかと。
それは単なる懐古趣味なのか、門松くぐりすぎて私という人間の角が取れてきたのか、それはよくはわからないのだけれども、♪How Deep Is Your Love♪あたりをバックミュージックにみる、京浜東北線地獄の鯖寿司の風景も、目の前のふけと油にまみれた朝から疲れたサラリーマンの頭も、妙に、本当に妙に哀愁をもって私の視覚を刺激してくるし、ああ、映画の一シーンのようだと錯覚までさせてくれる。
そういう幻覚効果っていうのがあるのは確かなのですね。
あの耳元でシャカシャカいっているやつというのは。
しかし、だからといって、突然に、満員の京浜東北線のなかでね、ジョン・トラボルタ(若い人しってる?)のように右手を上げて腰をクイッとひねってポーズを決めるなんていうことは出来ないわけで、私以外の耳元シャカシャカ状態の方々も、本当はお経でも聴いてんじゃないのかと思うぐらい不思議と不機嫌な顔をしているわけで、まあ、これはマナーなのかなと感じたりしていたのでした。
【ナイト・フィーバー】
おはようございます。(^o^)丿 現在の時刻は、午前6時44分です。
私は、いま物凄く眠いのですが、これから頑張って、通勤時間帯の鯖寿司京浜東北線→銀座線と乗り継いで、霞ヶ関まで行かなくてはならないのです。
問題はむりやり起きたのはよろしいのですが、全然頭が回っていないということで、今日の移動のBGMは、朝には全くふさわしくない♪サタデイ・ナイト・フィーバー♪のサントラにしようと思うのです。
今日は朝から、ナイト・フィーバーですから・・・・自分で言うのもなんですが、先が思いやられます>このおやじ!
2000/05/24 (水) ▲ ▼
【東京都下水道局の工事施工段階のCALS】
今日も一日中事務所で仕事。仕事が進むことはこの上なく、私はいと嬉しい!(^○^)
自分で自分の能力を再確認したりして悦に入ったりしているわけで、でも、よそから見たら、「馬鹿かこいつは!」レベルのだなぁと。
90000アクセスは無事取得者様が名乗り出てきてくださいまして、まあ、めでたしです。
この調子だと、100000アクセスは意外と早く達成されそうで嬉しいのでした。
毎度のご来店誠にありがとうございますなのです。m(__)m
今日は、6月に予定されている講演用のPPTをまとめていたのですけれども、まあ、なかなかの出来だなぁと。こんな取り組しているのは日本中でも私だけだろうなぁ。。。などと、これまた自画自賛しても、世の中そんなに甘くは無いので、多分依頼主様からはなにかクレームがつくだろうななどと思いながら、圧縮しても1Mbを超えるファイルを送って一息ついている今なのでした。
間も無く午後5時ですので、普通のサラリーマンの方は、そろそろ仕事を終えてなのでしょうが、私のような自由業の人間、それも年中移動している人間にとっては、こんなに仕事ができる時というのもめったにないので、また、ひたすら仕事をする予定です。まあ、晩飯は食べますけれど。。。
今や地方自治の雄となった、東京都の下水道局による建設CALS/ECの取組みについての記事が、本日の建設通信新聞載っておりました。
東京都下水道局のかわいいところ(☆\(--;))は、ちゃんと「工事施工段階のCALS」って断り書きをしていることで、これが正しい表現なのかもしれないですね。
この記事の中で、デジタルカメラをDCと略記しているのですが、なんかDCっていうと、AC/DCのDC、つまり直流のイメージが強いのでした。
都の下水道の場合、『工事記録写真帳の提出はDCの場合、他の発注機関と違い、プリントアウトしたアルバムと電子媒体の両方の提出ではなく、電子媒体のみの提出で済むため、DCによる工事記録写真撮影が増えている。』のだそうです。
それにしても偉いのは、『発注者側が建設CALS導入による監督業務の改善によって、施工側に確実にメリットがあるシステムの確立が重要。』という視点なのでしてね、本当にそうなのなら、さすが地方自治の雄だけのことはあるなぁと感心しきりなのでした。
【私的】
事務所で仕事の時には、昨日のように沢山書くことができるときもあって、それは、一日十数時間も仕事をしていると、途中で息抜きをするような感覚(クジラが海中からでてきて、プワーッと潮を吹くような感覚)なのですけれど、まあ、いろいろ書けるということは、それだけ自分の感性のアンテナが機能しているのだなぁと安心したりするのでした。
多分、本日中にカウンターが90000に達すると思いますので、90000ゲッターの方は忘れずに店主へメールをください。88888の時はカウンターが動かなかったりしてご迷惑をおかけしたようですが、今回は、ロケットカウンターという借り物カウンターなのですが、以前のカウンターのように、数字がでてこないとか、同じ数字が何時までも続くとかの不具合は今のところないようですので、宜しくお願いいたします。
ところで、私は、「私的(わたくしてき)」という表現を良く使うのですが、この「私的」という表現は、『文化庁の「国語に関する世論調査」によると、「わたし的にはそう思う」といった言い方は、全体では8・5%と低かったが、十代男性では36・7%、十代女性では46・0%と、ほかの世代に比べ突出して高かった。』らしくて、ああ、私の感性は十代並なのねと喜んだりしているですが、これは、『発言をぼかしたりする使い方』らしくて、このぼかしたりする使い方が若者を中心に広がっているらしいです。
『同庁では、「自分が傷つくことを避けたり、相手と距離感を保つ意味があるのかもしれない」と若者心理を分析している。』そうですが、私が「私的」という場合には、むしろ、私の主観であることの強調、客観性の否定のような意味合いで使っていますから、ちょっと意味合いが違うのではないかと、私的には感じています(笑)。
まあ、こうして、Webを経由して、自分のつたない文章を万人の目にさらすという行為には、どこかで上の指摘にある「距離感を保つ」とか「自分が傷つくことを避ける」という意識が働くのかもしれませんが(確かに気をつかって書いているんだよ、私は!☆\(--;))、この文章の言い回しというのは、話芸と同じで、なかば意図的に文体を変えているのでして(例えば、文末の処理なんかね)、そのあたりの細かい心遣いを感じていただければ幸いなのです。(笑)
2000/05/23 (火) ▲ ▼
【グリーン車と携帯電話】
最近の京浜東北線は、混雑時には携帯電話の電源を切りましょうというアナウンスがはいる。
まあ、それに従って電源を切っている方がどの程度おられるかはわからないのだが、アナウンスがあっても、そちこちで、呼び出し音が鳴っている状況をみるとそうは守られてはいないのだろう。
私はケータイは基本的には年中オフである。そのココロはいちいち電話にでていたら仕事にならないからであって、料金滞納で切られているわけではない。
ところで、私は、列車は(新幹線に限らずという意味で)ほとんどグリーン車を利用するわけだけれども、いまどきグリーン車なんてステータスもなんにもないとは思う方々がほとんどだとは思うのだが、時々勘違いされいるオジサンがいらっしゃる。
そういう方々の特徴は、座席に着くと、後ろの方に声をかけることもなく座席をリクライニングし、おもむろに携帯電話を取り出して電話をし始める。。。。「ああ、俺だけど、今新幹線。。。。」
そうして、それこそ延々としゃべっていらっしゃる。内容に耳をそば立ててみても、たいしたこと喋っているわけではないのです。。。。。最も、それこそ大切な商談を大声で携帯電話でお話になるような方はそれだけでも商人失格ですが。
一応、「携帯電話はデッキでね」っていうルールが存在しているにもかかわらず、この手の方々にとっては、グリーン車は特別だという意識でもあるとしか思えないのだ。携帯電話利用許可料がグリーン料金は含まれるとでも思っておられるのだろうか?それとも携帯電話がステータスだとでも思っておられるのだろうか?
今の時代、むしろ携帯電話の鳴らない方々のほうが、私の価値観では、より素晴らしい人生を送られていると感じているのだが。如何なものだろうか。
ちなみに私がグリーン車を使うのは、自分の体のためであり、それはひたすらにお客様のためである。
つまり、私は体一つの商売なのであり、移動は商売ではないが切っても切り離せないものなのである。
移動で疲れ果ててお客様のところに着いたときには仕事に実が入らないでは、プロとしては失格なのだ。そういう基本スタンスから私はできる限りグリーン車や乗換えの少ない乗り物を使って体をいたわる事にしている。それが私をお待ちくださている方々への最低の礼儀だと信じているからである。
そして、当然携帯電話の電源は常にオフである。
【情報化進展具合の公式の続き、建設業編】 ピックアップ目次
久々のフルタイム事務所仕事とあいなった本日、関東地方は蒸し暑いことこの上なく、ただでさえ暖房設備完備(PCとか諸々のIT製品様ですね)の私の部屋は、外よりも確実に2、3度は温度が高く、私は蒸しあげ寸前状態なのでした。
さて、情報化進展具合の公式の続き、建設業編です。
民間中心>公共中心
大>中>小
設備>土木工事業
電機>or=水道>土木工事業
この式からいいますと、最低なのは公共事業中心(つまり土木ですね)の中小の小の方々。
反面、一応情報化が進んでいると思われるのは、民間中心の電気設備(?)か給排水設備もしくは、民間建築中心の建設会社やハウスメーカーというところでしょうか。
まあ、それでも建設コンサルタントの敵ではありませんが、建設コンサルタントは情報産業なのですから比べるのもかわいそうな気がします。
とにかく、私がCALS度診断をしてきて感じることは、建設業の場合には、一般的に、顧客の立場が競争ルールにあるのか配分ルールにあるのかで、建設業者側の情報化の進展度合いが極端に違うということです。
つまり、
競争ルール>配分ルール
なのです。そして、この格差はすさまじいというのが実態であると指摘しておきましょう。
例えば、営業支援のシステムを作ろうとしても、民間営業のところはまがりなりにもシステムにのりますが、公共部分はデータベース化すること自体意味のないものになっていまします(所謂貸し借り台帳ぐらいはできますがね)
この例が物語るのは、自治体の公共工事で中心的な配分ルールのもとでは、情報化そのものが機能しないということなのです。
つまりですね、建設CALS/ECの中心的担い手である、公共土木工事(特に市町村発注工事)中心の建設企業の情報化は全然進んでいないというよりも、進みようがないのです。現時点でさえ、建設CALS/ECを知らなかった方々なんていうのもざらにおりますし、PCが一台もないという会社もざらに見かけます。
発注者はこういうところを相手にCALSをしようとするのでしょうか?
この質問に対する答えは本来明確なのでしょうが、多くの情報化の遅れた建設企業の言い分は一様に同じなのです。つまり、「CALSがはじまるときにやればよい」。建設CALS/ECもなめられたものです。
私は、建設業の情報化のキーを握っているのは公共事業の経済システム(配分ルール)にあると仮定して活動をしていますが、その意味でも自治体の行う建設CALS/ECが、国策としての建設CALS/ECの成否を担うだろうと考えているわけです。
そのために何よりも大切なこととは、発注者側がCALSを理解し、自らが時代の変革にあわせて変化することだと感じています。すべては変わらないと思われるのは個人の自由なわけですが、変わらないように抵抗することは決して建設業のためにはならないと私は感じています。
なぜなら、建設CALS/ECは政策ですから失敗するかも知れません。抵抗することも可能でしょう。これを私も否定する気はありません。
しかし、デジタル革命はだれも止められないのです。
そしてデジタル革命の洗礼を真っ先に受けなくてはならないのは、建設業というよりも実は行政システム側にあるのであり、公共事業システムだということです。その文脈の中でしか、地場型建設企業の多くは変革出来ないほどイマジネーションに欠乏しているのが実情でしょう。
多くの地場型の建設企業も上意下達的なその経営体質をはやく変革させる必要があるのだと思います。
確かに、公共事業を司っている官・政・民による公共事業システムは、ちょっとやそっとで崩壊するようには見えませんが、それを支えてきた「予算」という部分で、すでに破綻は始まっているのです。
【情報化進展具合の公式】 ピックアップ目次
今朝の建設通信新聞の一面記事は、大手五社が「JV現場内のネットワーク構築ガイドライン」を協同で策定、というものでした。このこと自体は素晴らしいことでしょうが、日本を代表する大建設企業でさえ、ようやくここまで辿り着いたのか?という感想が私の本音であります。
ご存知の通り、情報化の取組みには規模の有利性は全機能しませんので、むしろ小さな会社同士のJVでは、明確な規定がなくとも、臨機応変的に(笑)このレベルは達成されている実例があったりしていたりするのです。
それは、情報化が「合意形成の作業」であるからに他ならないからなわけで、こと情報化における変革の流れは、「大→小」というヒエラルキー的発想を破壊しているのだと思います。
それはどういうことかといえば、社員レベルでの優秀さ(というと怒られるかもしれませんが)という視点では、会社規模の大小による格差というのは、これからどんどん関係なくなってくるということです。
現に大手の建設現場へお伺いしても、こと情報化部分(情報リテラシー)に関しては、私の関与先さんの足元にも及ばない担当者にあうことが多くなっています。私にしてみればしてやったりなのですが(笑)。
確かに、まだ集中購買や、現場管理レベルでの大企業と中小企業による格差はあるとは感じてはいますが、そんなことよりも、小は大を全て真似する必要は無いわけでして、つまり、みんな大手ゼネコンの小型コピーになる必要はないのでしてね、小の持っている良さとか強さみたいなものに個人レベルでさらに磨きをかけると。そういう視点が先進的な中小企業では(情報化によって加速度をつけて)取り組まれているのです。
そんなことで、既存概念(大は小よりも優秀だとか)みたいなものは、デジタル革命によってどんどん破壊され再構築されていくのだろうと考えるのです。
ところで私のCALS度診断の結果を見ると、情報化推進具合には、相対的に以下のような公式がみられます。
(もちろん例外はありますが、それは固体レベルでの例外にすぎないと感じています)
・建設コンサルタント>建設業
・建設コンサルタント>建築士事務所
・建築士事務所>建設業
これは、建設コンサルタント自体が情報産業であるということだと思います。
建設コンサルタントは、建設関連産業と分類されますが、建設業云々というより、取り扱っている商品が情報そのものなわけですから、むしろ情報産業だというべきでしょう。
私のCALS度診断でも、建設コンサルタントに分類される企業さんは例外なく情報化に熱心であり、それは規模の大小を問いませんし、それなりの成果を達成されていると感じています。
一方建築士事務所に関して言えば、規模は建設コンサルタントに比べ小規模な事務所が多く情報化にはむしろ有利な態勢が整っているはずなのですが、意外と晩生な方々が多い感じがしています。
それは、建築というのが規格の枠に収まらない、理念や美意識みたいなものを抱えながらのデジタル化との葛藤というような部分なのかもしれませんが、
建設業にかんしてはまた後で。
【湿っぽい季節】
一昨日の雨以来、なんだか空気は湿っぽくなってきていまして、私にとっては一番嫌いな季節がやってくるわけで、心は重いのです。
これからの季節、私の必需品といえば、「SEA BREEZE」でありまして、今ほど(と言っても夜中の2時過ぎですが)入浴後に全身シーブリーズ状態になりまして、今は、体中がスースーしているわけです。快感ですね(笑)。
昨日、川口の書泉にて、「高速バス時刻表 春夏版 弘済出版社」を購入して、私の旅程の中で高速バスが使えるところはないだろうかと考えたりしていたのですが、「新宿→岐阜」という夜行バスを見つけてしまったものですから、「次の岐阜行きは夜行だぜ!」妙に気合が入ったりしているのでした。
そんなことばかりしているから(と怒られそうですが)、CALS度診断は着々と在庫の山をきずいている状態なのでして、もう洒落にもなっていませんなぁ。。。☆\(--;)
ここは平謝りですねぇ。ごめんなさい。m(__)m
2000/05/22 (月) ▲ ▼
【across the yellow earth】
Difang(郭英男)と馬蘭吟唱態によるアルバム『across the yellow earth』をBGMにして仕事をする。
この方は、台湾の先住民アミ族のおじさんなのですけれど、♪ほ〜いや、ほいや♪には参ったなこれ。
政治や経済やマーケッティングやITや経営やそれこそ建設CALS/ECなんて、遥か彼方におきてきぼりにしてしまっているこのエネルギーはなんなのだろうと驚愕させられっぱなし。。。。
シリコンバレーだろうが、ビットバレーだろうが、このお年よりの存在の前ではなんの存在価値も持ち得ないと感じてしまった。本当に参った。m(__)m
おかげで私は仕事どころの話ではなくなってしまているのでした。
全く凄い爺と婆たちなのでした。
→アルバムジャケット画像
【昨日の更新】
・BOHOモバイル講座の道具箱にてWorkPadc3物語を開始
・主観リンクに「比留間家のホームページ」と「自治と分権の学校(さいのくに)」と「21世紀型地方自治を探る(岐阜県地方自治大学校)」を追加
・主観リンクの「復活タロサ王国」のURLを変更
・更新一覧を変更
・トップページのカウンターの調子が悪く借り物と交換
【突然、建設CALS/EC】 ピックアップ目次
「建設通信新聞 2000/5/22」になぜか突然の建設CALS/EC特集。
それぞれの立場の方々がそれぞれの発言をされています。
・千葉工業大学工学部工業デザイン学科助教授の寺井達夫氏。
『建設CALS/ECは政府の要請を建設省として具現化したものであり、行政改革の流れの中での当然の帰結であることを理解しなくてはならない。』
『従来の押印に代わる電子認証や電子署名などのツールとそれを実施するための適正なツールや組織立てが必要となるが、それを整備、提供するのは大蔵省や会計検査院との協議の下に建設省側の責任で為されるところであり、受注者側は現状では冷静に状況を見守っていけばよい問題である。』
『受注者側がなすべきこととは、インターネット上に展開されるはずのクリアリングハウス等の関連情報を容易に入手できる態勢をつくり、電子的な情報処理の手法に慣れておくことである』
『建設CALS/ECは現状を打破し、向上意欲の高い組織には追い風として機能しうるが、変化を良しとしない組織にとっては難物となる可能性を持っている。』
『電子商取引は本格的なCALS/ECの入り口に位置するものに過ぎない。将来の発展のためにはさらなる意識改革が求められる時代になったと言ってよい。』
私のサイトの読者の皆様には特に目新しい指摘はないというところでしょうが、真っ当な意見だと思います。
できれば、「本格的なCALS/EC」ってところにもう少しでも言及していただければ嬉しかったです。
・JACICの玉田理事長。
『まず初めに申し上げておきたいことは、建設CALS/ECは決して難しいものではないということです。簡単にいうと、これまで紙と鉛筆でやってきた仕事を、パソコンとインターネットでやるというだけのことなんです。』
その通りなのです。今、建設省、JACICがいている建設CALS/ECというのはこの指摘の通りなのです。
しかし、CALSの本質を理解した方々からは、これが日本の建設CALS/ECなのかと諦めにも似たため息が聞こえてきそうな発言だと思います。
私は、現行の建設省やJACICのいう建設CALS/ECにあわせて、自社の情報化をしたら会社潰れますよって主張してますが、それを再確認した次第です。
・JACICの西岡建設CALS/ECセンター長
多分まだ就任されたばかりなので・・・・、今までの経過説明とこれからの取組み予定を事務定期に述べられているのにとどまっています。故に、特に私は意見はありません。
・建設省建設経済局建設業構造改善対策官 海堀安喜氏による寄稿『建設業のIT革命』は素晴らしい。
ここでは全てを紹介できないが、標準仕様への自由度の高さの必要性(公は核だけきめればよい)、建設CALS/ECは建設業におけるIT革命の第一歩であるという指摘などは正しい指摘だと思う。
今後の課題として、
『CALS/ECの導入やIT技術の活用には、まだまだ多くの課題があると思うが、一番の問題は、建設産業に携わる方々のIT革命に取組む意欲どと思う。』
『建設業界はこれまでにない厳しい経営環境に直面しており、なかなか次世代に対する投資について議論する状況ではないのかも知れないが、これまでの各企業で行われてきた先行投資やそこで培われたノウハウなどを無駄にしないためにも、IT革命への新たな提案は、積極的に建設産業の中から出していくべきではないだろうか。成功と失敗は必ずあるが、考えると同時に実行しなければ淘汰される競争が始まっていると感じている。』
このような指摘を、建設業界はどこまで真摯に受け止め、それを次世代にイマジネーションできるのかということなのだろう。
しかし、この突然の建設CALS/EC企画は、どうみても広告企画だね(笑)。
建設通信新聞ももう少し身の入った仕事しなくてはいけないと感じました。発言者も皆さん上意下達の流れに沿った方々ですから、当然に自治体CALSや中小への視点は全然無いのです。広告主さまも大手、中堅ゼネコン様ばかりですものねぇ。つまり、物足りないのです。
2000/05/21 (日) ▲ ▼
【今週の読書】
中央公論6月号を斜め読み。
村田晃嗣広島大総合学科助教授による「若い世代の改憲論」が白眉。
私は、この手の話は全く疎いのだが、改憲については、この論文が私の基本的な思考の基礎となる可能性大です。
江口寿史の久々の単行本『キャラ者:双葉社 2000.6.12』は30分からないで読み終わり。
でも、江口の絵が見れるだけでもいいと。
この漫画家は連載が続いているだけでも驚きなのだから。
中谷彰宏の『大人の友達を作ろう。:PHP研究所 2000.5.29』は、一ページ読んだだけで体質的に受け入れず「没」決定!
しかし、この方は多作家なのだけれど(巻末の主な著作リストの数にはびっくり!)、こういう本のつくりかたしていたらいくらでも書けるわなと感じる(つまり、この店主戯言を私が毎日更新している手法と基本的には同じなのだ(笑))。
こんなので金取っていいのかねと思う(笑)?
『週刊ダイヤモンド5/20』
「全国693都市財政破綻度ワースト・ランキング」は私の仕事ネタですから、資料として重要。
「ネット・ベンチャーの真価」は、イメージ(将来価値という幻想)先行気味のこの国の所謂IT産業への警告だろう。
前にも書いたかもしれないけれど、何もつくらない産業というのは、膨らむのも早いけれどしぼむのも早いのだろうと思う。デジタル革命の真価はIT利用産業としても既存産業(もちろん建設業も含まれる)の逆襲にあるのだ。私の視点も仕事の内容もそこにあるのはいうまでもない。
2000/05/20 (土) ▲ ▼
【岐阜県の県花はレンゲソウ】
→レンゲソウ電柱
→レンゲソウ画像その1
→レンゲソウ画像その2
【岐阜にて】
昨日は岐阜県建築士事務所協会様の総会へ出席。
情報化の進捗状況をプロジェクターをつかって簡単に御紹介。
私の出番は一番最後なものですから、途中で野田聖子衆議院議員の飛び入りとかがあったりするので、出番はどんどん遅れてしまったのですが、まあ一通りきちんと説明した(?)つもりです。
これからは、大垣市にできたドリーム・コア等の施設をうまく利用しながら勉強会を中心とした取組みとなります。
皆さん、頑張っていきましょう!担当委員会の皆様>よろしくお願いします。
今朝の岐阜は雨。
雨なのだけれども、今日は岐阜県の花である「レンゲソウ」を写真に取っていこうと思う。
昨日、休耕田のようなところで、ちらっと見つけたのです。
私は仕事で日本中駆け回っているわけですが、地元の方々との夜の交流(?)は活発なのですが(笑)、なにか別の大切なものを見過ごしているんじゃないかと、最近とみにそう思うのです。
そういえば、昨日は2回岐阜のタクシーに乗ったのですけれども、岐阜のタクシーの運転手さんは、結構「語る」方が多くて私は退屈しないのでした。
昨日の最高傑作はUFOの話で、UFOは実在するのかしないのかとかね、だいたい太陽のように星が燃えているっていうこと自体が信じられないとかね、そういう変な話をしてくれる素敵なタクシードライバーなんて、岐阜にしかいないのではないのかと思ったりしたのです。
でもね、そんな話のなかにも長良川がやっぱり河口堰ができてから変だとかね、岐阜の駅前の再開発の話とかね、そういう市民としての感性が感じられる話もしてくれるわけで、まあ、なんとも私は嬉しいんでした。
嬉しいといえば、88888は無事達成されました。ありがとうございます。
ただ、カウンターの調子が悪くてうまく表示できないとかね、そういう苦情もきていましてご迷惑をおかけしているようですが、まあ、あくまでもお遊びですので宜しくお願いします。
私のサイトは、これは「桃知商店」というくらいでして、当然バーチャル店舗な訳ですから、それはきちんとアクセスログを解析しています。マーケッティングですね(笑)。
インデックスページへのリクエスト数は、最近では一日平均500前後なのですが、直接この戯言へおいでくださる方々がリクエスト数でいうと300ぐらいありましてね、まあ、それは、頻繁に更新しているのがここしかないからでして、まあ、それは当然かと。。。(笑)
ということで、88888が終わると間も無く90000です。
当然90000アクセスの方にも粗品を準備していますよ。
2000/05/19 (金) ▲ ▼
【88888】
インデックスページのアクセスカウンターを確認してくださいね。
「88888」番目を取得された方は店主へメールです。
【悪役は早起きして今日は岐阜へ】
昨日の建設通信新聞はやたら重いなぁと思ったら、創刊50周年の第2集がついてきていました。
ざーっと斜め読みして、おもしろかったのは、建設業界以外への建設業界に対するアンケートの結果記事なのですが、そこに書かれている指摘は、いちいちごもっともですね。
私のサイトも厳しいこと書いてはいるけれども、まだ私の発言は建設業に対する愛に満ち溢れているわけで(笑)、アンケート記事の方はといえば、基盤産業とか、社会資本整備に欠かせないとか、一応のお世辞はいっていただいてはいますが、本音は建設業界を思いっきり悪役化しているわけでして、なんだこのイメージの悪さはと、予想はしていたもののやっぱりがっくりきますね。
まあ、世間様からは、建設業というのは、こんな目で見られてんのねぇと、一度素直に落ち込んでみるのもいいかもしれませんが、私がふと思いついたのは、悪役で何が悪いと開き直ってみるのも面白いかもしれないなぁと(無責任モード)。
まあ、その結果には、一切責任がもてるわけではありませんけれどもね。
昨晩は来客があり、大宮のタイ料理店プーケットにて会食。
その後、時間差で旧知の仲間も加わり、例によってぐだぐだと、私は4時間以上も飲んでしまいました。
私のお客さんは電車(新幹線?)の時間もあり、一足先にお帰りになられたけれども、はたして時間は間に合ったのでしょうか?
という訳で、私は昨晩は帰ってからばったんキュー状態で眠りについてしまったものですから、今朝は4時30分起床とニワトリみたいなのでした。
昨晩できなかったメールへの返信を早々と済ませ、先送りしていたスケジュールをまとめる作業をしていました。
しかし、厳しいスケジュールだなぁと、一人自分で感心したりしているわけで、オーバーワークなのかな、その割には生活はちっとも楽にならんなぁと、一人ぼやくのでした。
今日はこれから岐阜まで出張です。仕事は夕方以降に集中しているので当然に岐阜で一泊。
今回のホテルは330グランデにしてみました。結局ここが一番安定しているかなと、そう考えるのでした。
2000/05/18 (木) ▲ ▼
【ひょうたんから駒】
昨日は、なんか寒気がしてきて早めに寝てしまいました。
まあ、今朝はなんとか起きてはみたけれど、どうやら外は雨が降っているようで、なんか体調も今一なのです。
昨日は夕方ちょっと打合せをしてきたのですが、福井県は鯖江市の加藤吉平商店の梵大吟醸をいただいてしまったものですから、「体調が悪いときは酒でも飲んで寝るに限る」という当家の家訓を守り、早速飲んでみました。
体調が良くないときに飲むお酒というのは、これはまた格別でして、体中にアルコールが染み渡る快感というか、消毒しているなぁ。。。と。☆\(--;)
ところで、この梵大吟醸ですが、山田錦精製度35%、日本酒度+7という、とてもよいお酒です。
癖が無いのですね、
私は、あのフルーティな香りと表現される香りが強いお酒はあまり好みじゃないのですが、この梵はまさしく私の好みなのでした。
そして面白いのは、添え書きに書いてありました一文です。
『あなたにすばらし創造力と思考力を与える事と思います。之を「ひょうたんより駒が出る」という古来のたとえ話が裏付けております』
まあ、適量のお酒が創造力と思考力の元であるというのは納得しますが、「ひょうたんから駒」って、そういうことなのでしょうかね?なんだか解ったようでいまだに解らない文章なのでした。
→梵の添え書き画像
2000/05/17 (水) ▲ ▼
【無力感】 ピックアップ目次
原稿書き、こんなフレーズ。
『つまり、建設CALS/ECは、ただの思いつきや建設省が突然に考えついたものではないのです。「デジタル革命」により、行政がデジタル政府の実現を指向しようとする時に、その必然として生まれてきた「デジタル革命」による公共事業変革作業こそが建設CALS/ECに他ならないのです。
ですから、政策としての建設CALS/ECは失敗するかもしれませんが、大きな時代変革の波である「デジタル革命」による公共事業システムの変革はだれも止めようがないということでもあります。』
なんだか自分で書いていてつらくなってしまった。
改めていうまでも無いだろうけれど、建設CALS/ECって、本来は発注というか調達のシステムなんですよね。
つまり、その調達の土俵に上がんないことには、デジタルデータのやり取りも、納品も関係ないってことなんですよ。
そう考えると、中小建設企業がCALS的な調達の土俵にあがるということはどういうことなんだろうかと、改めて考えてしまうのですね。
公共事業の価値観は二つあるわけで、それは、「良いものを早く安く公正に」という市場原理(競争のルール)に基づくもの、そしてもう一つが「地場経済の活性化と雇用の確保」を目的としたもの(配分のルール)ですけれども、この公共事業の市場(予算)は一つな訳で、つまり二つの価値観は常にトレードオフの関係にある。
まあ、陣地取りしているわけですから、競争ルール(建設CALS/EC)的調達が増えれば、配分ルールは減る。
仮に、配分ルールの方の存在を、法律的に認めて、それこそ公認で談合でもなんでもありの公共事業を存続させたとしても、それは建設CALS/ECが進展すれば当然に今の市場規模ではあるわけが無いのでね。当然に淘汰は起こる。特に自治体レベルでの建設CALS/ECが本格化したら、配分ルールは極端に減ることになるでしょうな。
だからって建設CALS/ECにこぞって反対してその政策を失敗に終わらせたとしても、問題は建設CALS/ECにあるのではなくて、「デジタル革命」の方(時代変革の大波)にあるわけでね、つまり「デジタル革命(IT技術の発展に支えられた経済のグローバリズム化)」の前では、(当然に行政もデジタル政府を指向し、グローバリズムの中で競争原理に指向しますから)建設CALS/ECをつぶそうが何しようが、配分ルールでしか生きてこなかった企業は極めて無力だということです。維持で反発しても、明治維新に散った白虎隊みたいに、良くてもせいぜい後世に語り継がれるのが関の山というところでしょか?
つまり、「デジタル革命」は公共事業の調達ルールを変える。そのココロは「お金が無い、無い袖は振れない」」なのですけれども、そうすると、ああ、やっぱしCALSだなぁと、振り出しに戻る。結局双六みたいな思考になってしまうのでした。
じゃ、競争力をつければよいのかと。
じゃ、競争力ってなんなの。
問題は、当然に受注者側がその競争力っていうものをつける必要もあるのだろうけど、そのためのインセンティブを発注者側が提供できないとけないということで、そのためには、まず行政は変われるのかという問題が建設CALS/ECでは大きいのだと、そう思うのです。。
だけども公共事業システムは行政だけで構成されているわけではないので、そこには議員様とかなんとかが介入してくると、また問題は根が深い。ここにあるのは例のネポティズムな訳で、それを考えると、やっぱり誰かがCALSだよとふんぎらなくちゃいけないわけで、そうしないと、また振り出しに戻ってしまうんです。
こうして、振り出しに戻りながら、我が国は立派な負け組み入りするのでしょうね。建設CALS/ECは失敗政策と、私たちの子孫は私たちの世代に恨みを込めていうのでしょうかね?
なんか無力だなぁ。。。。
【ジャンボ鶴田をおもふ】
ああ、なんてこったい。と私は途方に暮れてしまった。
ジャンボ鶴田が逝っちゃうなんて。
馬場がいなくなって寂しい想いをしていたのに、鶴田まで。
私の青春を支えてくださった方々が次々にいなくなってしまうのは、時の必然かもしれないけれども、鶴田は若すぎだ。
世界で一番強い40歳だったころの、あの余裕を見せた戦い方、長洲戦での60分遊んでやった的な戦い方、いつでも100%じゃなくて、そこそこのエンジン回転で戦える天才的肉体。
プロレスラーって言うのは強いんだよっていうところのね、影の無い強さって言うか、例えば、クラッシャー・リソワスキーとか、フィリツフォン・エリックとかがもっていた非人間的というかマフィアの親分的な凄みとは対極の凄みを持った方でした。
忘れられない試合といえば、対ディック・マードック(故人)とのUSヘビー級戦でした。
最後はトーホールドかけられたまま3カウント取られて負けちゃったのですが、私はあの試合がいまでも脳裏から離れないです。
ご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。
2000/05/16 (火) ▲ ▼
【続・ネポティズムと談合】 ピックアップ目次
本日の北海道新聞の社説がWebに掲示されたので皆さんも読んでみてください。
何か反論を試みようとしたのですが、いちいちごもっともですので、私には反論の余地が無いのでした。
こういう意見が一般市民に直接届くのであるし、Webを通せば、こうして埼玉から読めてしまう時代なのであります。つまり、私がサイトでごちゃごちゃ書いているのとは訳が違うのですから、建設業界、道庁のダーティなイメージによる信頼低下は計り知れないだろうなと他人事ながら心配してしまいます。
問題は、「次の手」なのは明確なのですが、果たして、道庁はどのような対応をしてくるのでしょうか?というのが、私の個人的な関心事ではあります。キーワードは「信頼の回復」にあることは間違いありません。
業者側は何ができるのかといえば何もできないでしょう。
官製談合事件ですからね、悪いのは管側だと主張する方も出てこられるでしょうし、ほとんどの業者は指名停止が終わるまで、じっと息を殺していることでしょう。
ところで、課徴金は皆さんどうやってお支払いするのでしょうか。
バブルの頃でもあるまいし、銀行が罰金払う金を貸してくれるとは思いませんからねぇ。
最も、今回の課徴金は18億。排除勧告を受けた業者数は300社。平均すると1社あたり600万円ですから、まあ払えないことはないか?
道庁はどうでしょうかね。入札制度の改革(という名の変更)でお茶を濁し、世論が静まるのを待つのでしょうか。
官僚制のシステムは、責任を曖昧にするにはとてもよく出来たシステムなのですが、硬直した組織は変革を容易には受け入れないでしょうから、表面だけのシステム変革で終わってしまうかもしれません。
私は北海道が建設CALS/ECを考えるにはとてもいいよいタイミングだとは思うのですが、知事さんは建設CALS/ECなんて言葉も知らないかもしれませんね。
【訂正とお詫び】
(↓)でリンクした、店主戯言98/11/06【地方公共団体のネポティズム】へのリンクが間違ってました。
お詫びして訂正いたします。m(__)m
【ネポティズム(縁故主義)と談合】 ピックアップ目次
原稿書きの筆が進まない。という表現も私的には死語ですね、既に。
私はもう何年もキーボード経由で文書を書いていますから、筆が進まない→タイピングが進まない。というのが正しい表現でしょうか。
さて、昨日、今日と北海道新聞をWebで読むと、もう、道庁主導による官製談合に対する公取委の排除勧告の話題で一杯です。
これはその北海道新聞の今日付けの記事です。
『 今年四月に道の建設、農政両部が出先機関を通じて発注した工事、委託(設計業務など)の総額が約四百九十五億九千万円と、昨年四月分に比べ、一・五倍に膨らんでいることが十五日、北海道新聞の調べで分かった。上川管内の農業土木事業をめぐる談合問題で、公取委の排除勧告を受けた指名業者二百九十七社が指名停止処分になる見通しで、複数の道幹部は「その影響を最小限に抑えようと発注を前倒ししたためだ」と言っている。発注元として処分しながら、事実上手心を加える道の矛盾した姿勢は、大量業者の指名停止という非常事態の深刻さを示している。 』
問題は指名停止というよりは、その背面にあるもの、つまりは、地場経済に与える影響への考慮といえばかっこいいですが、ネポテイズム的なシステムの存在を証明するもの、もしくはそういうものが優先された結果だと、そういえると思います。(公共団体のネポティズムについては、店主戯言98/11/06【地方公共団体のネポティズム】を参照してください)
何度もいいますが、公共事業には二つベクトルが存在しています。
それは、「良いものを早く安く公正に」という市場原理(競争のルール)に基づくもの、そしてもう一つが「地場経済の活性化と雇用の確保」を目的としたもの(配分のルール)です。
現在58万社もある建設業者の多く(多くの公共事業依存型の地場型建設企業)が立脚している存在理由は後者ですし、談合の多くは後者の視点に立脚されて行われるといえます。配分のルールが機能する市場においては談合はとても好都合なシステムです。
ただ、私はをこれ(談合)を声だかに否定するつもりはさらさらありません。なぜなら、特定の規模においてはこの視点は必要だからであり、それが国民から支持される限りにおいては問題はないからだと考えるからです(それは発注者のアカンタビリティの問題と深くかかわってきます)。
問題は既に国民からの支持が得られないということと、巨視的に見て、その割合(配分ルールの市場)は将来的に確実に減りますよという事実だと思います。私がこのサイトで言っていることは、談合がいいとかわるいとかではなく、その市場(配分のルール)は確実に減りますよと警告しているだけのことです。
国民からの支持が得られない理由については、
『 談合によって価格がつり上がり、税金が高くついても、官の腹は少しも痛くない。逆に、OBが在籍する会社に優先的に事業を割り付けることで天下りの再就職ポストを確保できる。「地域に多くの金を落とすのが経済振興だ」という大義名分のもと、官が民を犠牲にする高額落札が当然のように繰り返されてきた。』という部分に尽きるでしょう。
既に官僚制の末期症状である行政側にはこの部分を覆すだけの語り手はいないでしょうし、その意思も既に無いかもしれません。ですから、事情は明確なのです。公共事業の市場は、確実に「配分のルール」から「競争のルール」へと転換していく。それに加速度をつけるのが、実は「デジタル革命」であり、その「デジタル革命」にる公共事業システムの変革作業こそが「建設CALS/EC」なのだと。
ですから、以下のような行政側がいう指名停止に対する発言がなんの説得力ももたないのです。
『 道建設情報課の担当者は「影響は上川管内はもちろん、全道的に広がる」と断言。別の農政部幹部も「農業関係の事業が遅れれば、上川の農業がだめになる」とみる。』
建設CALS/ECを理解するものにとってはこれは詭弁にしかすぎないことがすでに明確なのですから。
CALSは広く世界中から、より良いものを安く早く公正に調達すると。
いつでも問題は、調達側の変化能力の欠如でしょう。それを邪魔しているのがネポティズム。
私が担当なら、喜んでCALSの導入をすすめるところですがねぇ。
北海道庁のお手並み拝見ですな。
2000/05/15 (月) ▲ ▼
【デジ口コミ】
10時30分に起床する。
その後、簡単に昼食を済ませ、川口までマッサージへ出かける。
移動の連続は、相当に私の体にダメージを与えているようで、体調的には執筆どころのはなしではないのでありました。
行きの京浜東北線の電車の中で「口コミ」という言葉が突然脳裏に浮かぶ。
口コミ→口コミュニケーション
人の口から口へと伝えられるコミュニケーション
「口コミ」はデジタル革命下で、「デジタル口コミュニケーション」→「デジ口コミ」と変革しているのだろうかと漠然と考えました。
つまり、「貴方はデジタル革命を実感されていますか?」という質問への最も重要な視点は、「口コミ」はデジタル革命下で、「デジタル口コミュニケーション」つまり「デジ口コミ」と変革しているのだろうかという視点なのではないかなと。そんなことを考えていました。
しかし、どうも最近の「IT革命」という表現は私は好きになれないのです。
やっぱり「デジタル革命」の方が私はピンとくるのです。
「IT革命」って、なんかつくられた成功事例みたいなものばかりが見え隠れする標語もしくはシンボル的な意味合いを感じています。
所謂「ビジネスモデル」ってやつでしょうが、私は、今日本で株価が馬鹿みたいに上がったり下がったりしているあの方々が成功事例だとはとても思えない。
マスコミやエコノミストはこぞって賞賛されて(していた。という過去形もある)いるけれども、私はね、あれがIT産業だとは思いたくもない。
光通信をIT産業と呼ぶのでしょうかね。
確かにスピードは重要だし、インセンティブも必要なことは解っている。
米国流グローバルスタンダード経済システムが、今後何年かは、自由主義経済下では主流でありつづけることにも異論はない。
しかし、すでにキャッチアップの機は逃しているというのが私の考えです。
日本は既に負け組みなのだと、私はそう考えています。そこからの発想でしか、我々は自分の未来を自らの手で創造するという作業には取り組めないと。そう考えています。
つまり、私たちは失敗したのだと。
だからこそ「デジタル革命」の本質を知る必要があるのだと。
建設CALS/ECが生み出す(暫定的な)標準ファーマットであるSCADECは果たして世界の標準になれるのでしょうか?
デジタル政府の実現と地方分権とはこれからどうかかわっていくのでしょうか?
全ては「意識」なのかなと、私はマッサージをしてもらいながら、眠たい頭でうとうとと考えていたのでした。
川口からの帰りは雨、結構激しく降っているのでタクシー乗り場は長蛇の列。
帰ってみるとポストに先日書いた、オリエンタルマースカレーのゴールドスプーンが届いていました。
→ゴールドスプーンの画像
【テンションと興行とプロ】
今週の私はまるで執筆業のようです。いまもずーっと書いておりました。
とにかく沢山書かなくてはなりません。
私の極めてアナログな情報発信手段でありました日経デジケンはご承知のように無くなってしまったのですが、世の中うまくできているらしくて、何処かしらからは、執筆依頼が来たりするものなのですねぇ。
私は書くことは全然嫌いじゃありませんから、まあ、時間の許す範囲で書きつづけていこうとはいつも思っております。問題は気分、つまり私の書きたいエネルギー、テンションなのですが。。。
テンションっていえば、先週の金沢でのセミナーは本当にテンションが高かったなぁと、今ごろ感じているのですが、それは会場が出来上がっていたということでもありましたね。
受講者の皆様には申し訳なかったのですが、150人収容の会場に170名様もおいでいただいたものですから、会場が朝の京浜東北線状態だったわけでして、意外とこういう密度っていうのは大切じゃないかと、そう思ったりしたのでした。
それに、会場は空調は効かないし、ただでさえ暑い日でしたし、ギュウギュウ詰状態でしたし、私も汗だくで話していたわけですが、でも、ああいう汗臭いLIVE感っていうのは、いいなぁと思うのです。
ところで、最近の私の講演の傾向ですが、講演というよりは、ほとんど芸能(話芸)化していますね(笑)。
これは極めて意図的です(笑)。☆\(--;)
私の経験からも、とにかく建設業関連のセミナーとか講演というものは、睡眠の時間(もしくは睡眠誘発剤)と化すこもの多いのですが、そういう私的な経験もあって、常に私の講演テーマは「眠らせない」なのです。
それは、講演とかセミナーっていうのは、常に「興行」であるという私のポリシーからそう考えるのです。
つまり、興行っていう意味から考えれば、これは音楽のコンサートとか、プロレスとか、寄席とかね、そういうものと基本的には変わらないんじゃないかと、そう考えます。そうすると、所謂主催者様は興行主な訳で、興行主様は私の芸を買って下さると。逆に考えると私は芸を売っているわけで、その意味では私は芸人(プロ)のようなものであろうと考えています。
ですから、それを有償であろうが無償であろうが、私の芸を皆様に提供する場をつくるのは興行主様の仕事であると。そして、そのお膳立ていただいた環境(つまり、会場とか、集客人員とか、時間とか、主旨とか)のなかで、可能な限りBestをつくすのが私の仕事であろうと、そう考えているのでありました。
ですから、建設CALS/ECについても色々なセミナーとかがあるようですが、私が見聞する限りでは、それはWebでテキストとか画像で提供できる範囲を超えていない。。。つまり、わざわざ出かけていって聞いても眠くなる。。。(つまり、眠くなるというのは、わざわざ聞くまでもないということを体で表現されているのだと私は理解しております)そういうものが多いと感じています。
つまり、興行意識が欠乏しているのだと。
言ってみればそれは発表会のようなものの訳で、つまりプロの仕事ではないと。
そのあたりにも建設CALS/ECの閉塞感がただよう原因があるのではないかと考えていたりするのでした。
ここで勘違いされても困るので、いっときますが、私がいうプロとはね、話が面白いとか詰まんないとか言う以前の問題でですからね(笑)。そこんとこ誤解なきよう。
では、今は2000/05/15 (月) の午前5時をちょっと過ぎたところなのですが、私はこれから寝ますので、関係各位様におかれましては、くれぐれも連絡はメールにてお願いいたします。
って、こんなんではプロじゃないっていわれそうだな。。。。
でも、宜しくお願いいたします。m(__)m
2000/05/14 (日) ▲ ▼
【こだま】
どうせ帰るだけなので、四日市からは近鉄の特急を使い、名古屋からは、鈍行新幹線こだまの自由席を使って帰路についた。
日中のこだまの自由席っていうのは、これはもう無政府状態なのですね。
つまり、ほとんどお客さんはいないわけで、皆さん対面座席にして、むかいがわの座席をオットマンがわりにして足を投げ出していらっしゃる。
当然、私もその状態で移動。
指定席はなぜか混雑しているようで、お気の毒様。
掛川駅で途中下車。
新茶の季節、たぶんもう新茶がでているだろうということで購入。
ついでに、煎茶のジェラードも食べる。うまし。
後は、各駅停車で東京まで。
途中、熱海駅で「天行力」の大看板をみて、そういえば、あそこの団体は静岡にも本拠があるんだったなぁと再確認。
一週間ぶりに我が家にかえるも、雷を伴った通り雨があったそうで、湿っぽいったらありゃしない。
おまけに、また雷が鳴り出した。
2000/05/13 (土) ▲ ▼
【移動そして食べる】
朝、ホテルでおかゆの朝食を食べ、タクシーにて岐阜県産業会館近くの建築士事務所協会様まで。
午前中を協会事務所でサーバーの設定作業。
終了後四日市まで移動。
お昼は遅くて、3時ごろ天一(天下一品)でラーメン。
久々にストレート麺の天一をたべる。
関東の天一はちじれ麺がおおいわけですが、天一はまっすぐに限ります。
ただ、ゆで方が少し固かったのが残念。
昼飯を食べたあと、萬古焼のお祭りまで。
相変わらずの露店の多さに圧倒されるも、主役のやきもの屋さんの数は減っているようで、テキヤさんばっかり。
なんかへんなお祭りになってきたなぁと感じると同時に、地場産業の衰退化みたいなものを痛感する。
夜は「天六」にて天ぷらにする。
ここは、私的には、てんぷらやさんの Best of Allであります。つまり日本で一番うまい。
二年ぶりでお邪魔したわけではありますが、あいかわらずのベレー帽の親方の腕はさえまくり状態。
親方の仕事振りを見ているだけでも気持ちいい。
仕事場の綺麗さというのも、よく管理された現場のようで、これも見ているだけで気持ちいい。
プロが仕事をするということは、こういうことなんだなぁといつも感心させられる次第であります。
当然味のほうも文句なし。
夜中に酒を飲みにったら、すっぽんの生き血をだされた。
一気のみしてみたが。。。(T_T)
2000/05/12 (金) ▲ ▼
【金沢→福井→岐阜】
桃知@しらさぎ16号です。
午前中の金沢での面談後、金沢 13:09 加越 12号 福井(福井) 13:59で、福井へ移動。
金沢駅は、札幌駅に良く似ているなぁと感じましたが、それよりもなによりも金沢駅で食べた立ちそばのスープがおいしかったです。白醤油だね、たぶん。でも、そばは半分以上残しました。(T_T)
福井は、金沢に比べたら寂しい街なのだけれども、駅前は、昭和40年代の懐かしさもただよういい雰囲気があり、私はこういうのは個人的には好きなのでした。
ということで、午後からは福井で面談。
終了後、竹内さんのご案内で、「秋吉」という焼き鳥屋さんへまいりまして、「純けい」というお肉の焼き鳥をいただきました。皆さんはこの「純けい」というお肉はご存知かな?なんでも、福井では最もポピュラーな焼き鳥ネタだということなのですが。
「純けい」は「純鶏」のことなのですね。
つまりは、鶏肉、かしわですね。それも首の肉とかね、お尻のお肉とかね、皮とか、噛み応えのあるやつで結構いけました。
ということで、ここからは、桃知@岐阜ワシントンプラザホテルです。
岐阜のホテルの当たり外れに嫌気が差して、今日はどこでも同じビズネスホテル標準のワシントンを使ってみました。それに、私はワシントンカードの会員なのでね、ポントもたまるしと。。。
そういえば、砂田@飛騨の住人様よりこんなメールが届いていましたね。
店主戯言いつも読んでます。
岐阜のホテル 今大変なんです。
鵜飼しか客を呼べるものが無いのです。
鵜飼はリピ-タ-がきてくれませんし、
長良川ホテルも今年閉館しますし大変ですわ。
これに こりずに 岐阜県へ
お待ちしてます
そうです。今、岐阜は鵜飼の季節です。皆さんも鵜飼見学に岐阜においでになりませんか?
私も岐阜にはよくきていますから、私に会いたいときには岐阜で打合せというのは如何でしょうか?
柳瀬も待っています。☆\(--;)
【金沢にて その2】
桃知@今日も金沢です。
金沢はあいにくの雨模様です。
本日は、午前中は金沢市内で面談。
午後から福井へ移動し、さらに、夜、岐阜へ移動します。
昨日は、金沢での始めてのセミナーにたいして、沢山の方々においでいただきまして、誠にありがとうございました。ご感想などを、メールでお聞かせいただければ幸いです。
このホテルでは北國新聞が毎朝サービスされてくるのですが、本日は馳浩氏が参議院議員を辞職し、衆議院選の石川1区に出馬する話題で溢れていました。
私は、プロレスラー馳浩のファンではありますが、議員様となった彼が、いったいどんな活動をしていたのかは全然知る余地もなかったわけですが、そしたら、彼は、自民党石川県連会長なんて要職におられたのですねぇ。
なんか、僕は黄色いパンツの馳浩のイメージが強いものですから、なんかピンとこないのだなぁ。。
ところで、この新聞からプロレスねたをもう一つ。
「今日のことば」という秋庭道博氏によるコラム。今日の話題は「人生はいつでもたたかい。そのたたかいの一番はじめが自分自身とのたたかいです」という故田中澄江のことばについてなのですが、その挿絵というか挿写真というかがですね、小橋VS三沢戦の写真。。。それも、小橋が近距離ラリアットを三沢に打ち込んだその瞬間の写真なのですね。
このセンスというのは、北國新聞の特徴なのでしょうか。いくらお題が「たたかい」だからってねぇ、なんか違うとおもうんですけれどもねぇ。。。
これは金沢土産に持ってかえりましょう。
2000/05/11 (木) ▲ ▼
【金沢にて】
金沢のホリディイン金沢におります。
私は国内でホリディインを使ったのは初めてなのですが、なるほどここはホリディインのです。
部屋は広いですし、ベットは大きいですし、バスルームも十分に広いです。
バスタブも私がのびのび横になれるのですから、サイズは日本人規格ではありませんね?
ホテルそのものは古いのですが、フロントの対応も良いですし、部屋の清掃もきちんとされていて、気持ちがいいのでした。そして、このホテルは意外なことに(そのネームバリューに比べると)とてもリーズナブルな価格で提供されていいます。
昨日、私が宿泊した岐阜市内のホテルは(これも初めて使ってみたのですが)、湯沸しポットはないですし、なによりもいろいろな音が五月蝿くて、多分二度と使うことはないでしょうというものでしたが、宿泊料という金額そのものはさほどかわりがないのです。
私が、ホテルに対して宿泊料をお支払いするというのは、「宿泊」というサービスに対して対価をお支払いするわけですが、私がここは良いホテルだとか悪いホテルだとか、またここに宿泊しようと思うか、二度と来ないと思うかという問題こそが、実はホテル側が考えるマネジメント部分なのでしょう。
それは、所謂、顧客満足という部分なのだと思うのですが、数値では表せられないものだったりするわけで、実は極めて人間的な(アナログな)感覚に支えられたものなのだと感じています。(最も、顧客満足度が良くないので最終的には売上が落ちるという意味で、財務諸表には数値ででてきますが、それでも「なぜ」をそこから読むのは至難の業です)
つまり、日産のカルロス・ゴーン氏曰く、
「私たちが売りたい商品ではなく、顧客が望む商品をつくります」
これはどんな商売においても鉄則として理解されるものですが、その根底には、お客様が望む部分を見つけられない、経営者の苦悩みたいなものが見え隠れします。
今までのほとんどの顧客は物言わぬ人々だったといえます。つまり、サービス(商品)が悪いと感じれば、ただ黙って二度とそのホテルは使わないということなのです。
でも、インターネットは双方向のマーケッティングの可能性を見せています。例えば「旅の窓口」です。
ここには、宿泊者によるホテルに対するコメントが投稿されているのですが(私は当然それを参考にしながらホテルを選んでいるのですが)、これはホテルにとってもとても有効なマーケッティング情報なのだろうと感じるのです。そして、ここで気付くべきは、顧客がたんなる消費者から情報発信者へ転換しているという事実なのですね。
さて、私は今日は金沢でセミナー。
3時間30分も時間をいただいてしまいました。
今日のテーマは、「笑って解る建設CALS/EC」でいきましょう。(笑)
2000/05/10 (水) ▲ ▼
【岐阜→大垣→美濃加茂→金沢】
私は今日は昼ご飯も食べられなかった。。。(T_T)
ようやくおまんまにありつけたのは、岐阜から金沢へ向かう「しらさぎ」の中。
そのぐらいハードなスケジュールだったということ。
金沢に着くやいなや、すぐさまお迎えがいらっしゃりまして、私は拉致されて休む暇もなく。。。。。
ということで、今日はここまで。
また明日。(^o^)丿
2000/05/09 (火) ▲ ▼
【インセンティブとアカンタビリティ】
Yahoo!からのリンクもmomoi.comのアドレスに変更になったようで、本日はYahoo!のサーチエンジンから当ホームページへおいでくださった方も数人さんいらっしゃりまして、皆さん始めましてでしょうか?
私のこのサイトへおいでくださる皆様というのは、ウィークディでトップページへおいでくださるアクセス数が200ぐらい。この店主戯言に直接おいで下さる方が120〜130というところのようで、毎日300人以上の方が、この誠に変てこりんなCALSとは関係ないような建設CALS/ECサイトへおいでくださっているわけで、それは、誠にありがとうございますなのです。m(__)m
さて、本日の建設通信新聞を読みますと、建設省さんは、所謂発注プロセスの改革について、いろいろとやっておられることが報じられています。
一つは、「新技術を導入する際の入札・契約プロセスのまとめ」であり、もう一つは「公共事業が総合評価や性能発注など多様な入札・契約方式を選定する際の指針案のまとめ」であります。
どちらも、ここで説明することはあえてしませんが、5月中には建設省のホームページに掲示され、パブリックコメントの受付が行われるようですので、掲示された際には、皆さんもご覧いただくことをお勧めいたします。
というのは、こういう取組みこそが公共事業のCALS化への取組みそのものだからです。
つまり、こうして提示されてくる新しい発注、契約方式と所謂IT技術(EC)を組み合わせて行われるものこそ建設CALS/ECだと理解されるべきなのです。
その目指すところはインセンティブとアカンタビリティのある公共事業システムであるということですが、この視点を無くすると、たんなる建設ECにしかならないのですねぇ。
情報化における最も非効果的なものの考え方というのは、従前のやり方を温存しながらデータのデジタル化をするという考え方なのでが、これから脱却できない方々のなんと多いことか。
日本の建設業界の最大の欠乏部分は、イマジネーションなのですね。
ところで、私は、これから大宮で打合せ。終了後岐阜まで移動します。
岐阜のホテルに入るのは午後7時30分頃の予定。
メールはいつでも読めますので、遠慮なくどうぞ。
では。(^o^)丿
2000/05/08 (月) ▲ ▼
【開襟シャツ】
白い上質の生地で出来た開襟シャツが着たいなぁと思って、あれこれ検索してみたけれども、中学生や高校生が制服として着るようなものしかないなぁ。
最近ジョニウォーカーの雑誌広告で見る北野たけしの着こなし(黒のスーツと開襟の白いシャツ)がとてもいいなぁと感じていたので、真似したいなぁなどと、ミハーこの上ない軟弱野郎化していたのでした。
どなたか、この手のシャツはどこで売っているのか教えてくれませんでしょうかね。
開襟シャツといえば、そろそろアロハシャツもいい時期になってきましたね。
レーヨン100%が本当のアロハよ、なんて知ったかぶるわけではありませんが、この手の着こなしはライ・クーダーが最高ですね。
でれーんとしたいときには最高です。
これにメッシュのカジュアルなくつでもあわせて、コットンか麻のパンツでもはいてりゃ、立派な南国不良の出来上がりですね(笑)。
私はフリーになった早々はスーツとネクタイというサラリーマンスタイルを周到していたのですが、最近BOHOも身に染みてきますと、ネクタイは、まあめったにしないのですね。しても変なのばっかり。
大体、ここのところ、正装がコットンのジャケットとパンツ、それに、ポロシャツみたいな生活を送っていますので、ネクタイしようにもネクタイしようがないのでした(爆)。
ということで、私は明日からの衣装を考えながら旅の支度(パッキング)をしているのですが、事前に着替えをホテルへ送っておく段取りがいつも大変なのです。(T_T)
特に夏服はガーメントケースでおくってもしわだらけになることが多いので困っちゃうのでした。(T_T)
【お詫び】
おかげさまで、なんとかスケジューリングのどたばたも収まりまして、急なスケジュール変更でご迷惑をおかけしました皆さんには、深く反省してお詫び申し上げます。m(__)m ゴメンナサイ。
【これが私の一週間です(改訂)☆\(--;)】
あはははは。。。とか余裕かませていたら、スケジュール大幅変更。
原因は私。☆\(--;)
火曜日は午後大宮にて打合せ。終了後岐阜へ移動。
岐阜泊。
元気があるわけないので柳ケ瀬で一杯はたぶん無い。
水曜日は朝から大垣で打合せ。終了後美濃加茂へ移動し打合せ。
その後、以下の予定で金沢まで移動。
当然に金沢泊。
美濃太田 15:30 高山本線(岐阜−猪谷) 岐阜 16:02 岐阜 16:30 しらさぎ(名古屋−富山) 11号 金沢 19:07
木曜日は、金沢にて初講演。3時間30分の予定。
金曜日は、午前中は金沢。午後から特急「加越」にて福井へ移動。福井にて打合せ。
夜7:39福井発の「しらさぎ」にて岐阜へ戻る予定。岐阜泊。
土曜日は午前中岐阜市内にてシステム設定作業。午後からプライベートで名古屋→四日市の予定。
次週が思いやられる。。。。(T_T)
【これが私の一週間です】
今日は午後から大宮で打合せ。
火曜日は岐阜へ出張、早朝の6時56分東京発の「のぞみ」を利用予定。
夕方まで岐阜市内、夕方は大垣市にて打合せ。岐阜泊。
元気があったら柳ケ瀬で一杯やろうと。。。。☆\(--;)
水曜日は午前中美濃加茂市内で打合せ。午後から一旦岐阜まで戻り、特急「しらさぎ」にて金沢まで移動。
夜は宴会が予定されているようで、当然に金沢泊。
木曜日は、金沢にて初講演。3時間30分の予定。
この日はなるべくなら休肝日としたいのだが、せっかくの金沢なので。。。☆\(--;)
金曜日は、午前中は金沢。午後から特急「加越」にて福井へ移動。福井にて打合せ。
夜7:39福井発の「しらさぎ」にて岐阜へ戻る予定。岐阜泊。
多分この日は飲まないであろうが、移動が夜だからなぁ。列車の中で。。。☆\(--;)
土曜日は午前中岐阜市内にてシステム設定作業。午後からプライベートで名古屋→四日市の予定。
当然飲むだろうな。。。☆\(--;)
わはははは。。。。だな。(T_T)
2000/05/07 (日) ▲ ▼
【小市民の幸せ-小夏とオリエンタルのスプーン】
楽天市場を使ってすえひろ屋さんから購入した小夏が昨日届く。
今年購入したものはハウス栽培のもので、5Kgで4,800(税送料別)と少々値段ははりますが、姿かたちもよく、小夏の特徴であります甘皮も本当に甘くて、ああ今年も小夏が食べられて幸せだなぁと、小市民は素直に喜ぶのでした。
そして、先に紹介しましたオリエンタル・マースカレーをお昼にいただいたのですが、カレーはとても音懐かしい味がして嬉しかったのですが、もっと嬉しいことに、オリエンタル・ゴールドティースプーンが当たったのでした。
→証拠画像
小市民にとっては、こういうどうでもいいような「当たり」は非常に嬉しいので、私は再び喜ぶのでした。
【ICカードで遊ぶ】
早朝からというか、夜中からというか、時間が取れなくて出来なかった、郵貯インターネットホームサービスのICカード用の設定をしてみました。
しかし、これは面倒ですね。
情報化オタクというか、認証オタクとかね、そういう方向けですわ。
アプリケーションをカスタム設定でインストールできない方は多分絶対に設定できないでしょう。
私は、高橋社長の苦闘の記録を読んでいたので、あらかじめ設定マニュアルを印刷して、ちゃんと一通り目を通して、設定のフローを確認して行いましたが、それでも30分ぐらいはかかりますか。
それよりもなによりも、事前準備(マニュアルの印刷とかね。。。)にも相当時間が取られますから、これは結構大変な作業だなと感じた次第です。
それで、早速、私も、残高確認なんぞをして遊んでみましたが、あのIDは絶対に覚えられないです。毎日使うならともかく、週に一回ぐらいのサービス利用では、私の薄っぺらな脳味噌は13桁もある数字の羅列を覚えられるわけがない。
しかし、それよりも問題なのは、残高が無いということなのだが(笑)、まあ、そんなことはおいておいても、これで何するのかですよね。
イマジネーションが欠乏気味のお役所様のやることだからね、私は全てがつまんないと感じました。
これで便利を提供しているつもりなのだろうか?
とにかく私が郵貯をメインにできないのは、銀行との相互乗り入れ(振込みとか、預金の移動とか)が出来ない問題につきるのですが、この辺りを解決するほうが先なのではと思うのです。でも、この問題も銀行側が積極的と聞いていますので、多分早々にそうなってくいくのだとは思うのですが、そうなると、郵貯が独自に行っているこのICカード実験なんて、やる必要も無いものだと感じたりするのは、私のへそ曲がり精神ゆえなのでしょうか。
【オリエンタルカレーとインターネット】
昨日は大宮のロフトで出張用品を購入したついでに、なぜか同じ売り場で売られていたオリエンタルカレーを購入してきてしまいました。ついでにオリジナルのスプーンも。
懐古趣味なのかもしれませんが、私がまだ子供だった頃、このオリエンタルカレーの宣伝カーというか、デモンストレーションカーというか、そういうのが私の街にもやってきて、それも音楽を流したり、腹話術をやって見せたり、色々なノベルティーグッズを配ったりしながら、そして最後にカレーを試食させていただけるという、これはなんとも嬉しいものだった記憶があるのです。
そして、記憶に残っている方々もいらっしゃるでしょうが、TV番組である「がっちり買いまショウ」ですね。これはグリコがスポンサーとなってからを記憶されている方々も多いかもしれませんが、最初のころのスポンサーはオリエンタルだったのですね。さらには、故南利明氏の”ハヤシもあるでよ〜”の名古屋弁も懐かしい、スナックカレーのTVCM。。。。。
それは、最初のTV世代である私(たち)の脳味噌にはっきりと刻まれた烙印のような存在なのです。つまりオリエンタルカレーというのは、私(たち)にとっては特別な存在として(記憶の片隅にではありますが)強烈な印象として存在しつづけているもののようなのです。
昨日書きました、丸美屋ののりたま&エイトマンも同列の存在なのでしょうが、こういう部分を懐かしみ、そして楽しい思い出として持っている親父が沢山この世の中には存在しているのでしょう。かくいう私も、オリエンタルカレーのパッケージを見たとたん、ものすご〜く懐かしくて、なんか切ない思いが胸にこみ上げてきてしまったのですね。これはとてもアナログな感覚なのですが、若い世代にとっては、なんだか、わけのわからない存在として新鮮なイメージがあるのかもしれません。
それで、家に帰ってきて、「オリエンタルカレー」で検索エンジンを回すと、うれしいことにオリエンタルのホームページがあって、ちゃんと懐かしい話ものっていたりするわけす。こういうアナログな「感性」とデジタルでスピーディな「情報」ですね、こういった、いわば「新旧の融合世界の構築」こそが、(懐古趣味の)私はインターネットの醍醐味だと感じているわけです。
2000/05/06 (土) ▲ ▼
【連休】
来週のスケジュールを調整していると、このゴールデンウィークのせいで、当然に週明けのスケジュールはいつもに増してタイトなものになりそうで気が滅入ってくるのです。
連休中にメールへのリプライが帰ってくる方々は、昨年よりもだいぶ多くなってきたなぁと思うのですが、まあ、連絡が取れない方々のほうが、取れる方々の数十倍はおられるわけで、週明早々はメールの山だなぁと思うのでした。
しかし、労働者の皆さんをほとんど一緒に休みにさせましょうというものの考え方は、すでに皆さんの生活には馴染まないのではないのだろうかと感じますがいかがでしょうか。
連休中は例の通勤時間帯の鯖寿司京浜東北線が、スカスカ状態で私はすこぶる快適なのですが、それでも、どう見ても仕事に出かけられる方々は乗っておられる。しかし、その数はやっぱり物凄く少ないわけで、これがね、通常の半分ぐらい、もしくは三分の一ぐらいの状況っていうのが本当はいいのではないかと感じたりしたのでした。
つまり、今の時代にみんなで一緒に休む必要はないのではないだろうかということです。
むしろ、休日はゴールデンウィーク以外に「どかん」と取られた方が世の中のためにはなるのではないかと、そう考えるのです。
ゴールデンウィークだというと、世の中いっせいにレジャーだ、旅行だっていう塩梅で、私はいつものとおり仕事で移動しているのに、新幹線の料金は通常より高いしですね、ホテルも別料金体系でぼったくり状態。道路は混んでいるし、それから銀行のキャッシュサービスのコーナーは3日、4日、5日は使えないしですね、いったいこの国は労働者が連続で休暇を取るということに対してはなんか恨みでもあるようなシステムがまかり通っているに気が付くのですね。
まあ、これは私一人、善良な労働者である貴方一人が騒いでもどうしようもない問題なのかも知れませんが、フリーになってから早二年、それこそサラリーマン時代の仕事のスタイルというものが、もう思い出せないぐらいに、今の仕事のスタイルであるBOHO(世間ではSOHOともいう)に馴染んでしまっている私は、このゴールデンウィークという日本のシステムが、私にとっては既に非合理的なものだと感じているのです。
つまり、このゴールデンウィークさへも工業社会を前提としたシステムなのでしょうが(みんなでいっせいに休みをとる合理性の根拠は生産活動のいっせい停止)、情報通信技術の発達は確実にこのシステムも変換させていくことでしょう。それは、私が今のビズネススタイルの世界で生きてきた実感としての感想でもあります。
ところで、「のりたま」40周年復刻版を購入したら、エイトマンのシールがついてきました。
これは、私と同世代の方々には懐かしい思い出が多いのではないでしょうか?実は私はこのシールがほしくて「のりたま」を購入したのでした。
→エイトマンシール画像
2000/05/05 (金) ▲ ▼
【デジタルデバイド】 ピックアップ目次
今日は子供の日でありますが、昨今の未成年者による事件の数々は、子を持つ親として少なからず心を動揺させられるものでした。若しも自分の子供が人を殺めるような事件を起こしたら、私は親の責任としてなにをすべきなのだろうかと考えてしまうのです。いったい私はなにができるのだろうかと。
私は、子供達に自分の背中を見て育てなどとは、間違ってもいえるような人生は送っていませんが、ただいえることは、全ての子供たちが、大人になっていく途中で、自らの夢とか希望とか、そういうものを語るのをやめないでほしいということです。
そして、子供たちに限らず、全ての方々が夢とか希望とかが語りつづけれれるそんな社会システムを実現するのも親としての我々の責任なのかもしれないと感じるのです。
さて、今日の話は「デジタルデバイド」のはなしです。
経済成長とITのかかわりについては、まだまだその関連付けを明確に説明できないのが現状なのですが(例えば米国におけるインフレなき成長)、現時点において経済成長とITのかかわりを疑問視する方々はいないでしょう。さらには、経済成長にはITの進歩だけではなく、それを支持する社会構造や規制の枠組みも関係しているということも皆さんすでにお気づきのとおりのことです。
「デジタルデバイド」の実態については、既に「デジタル・エコノミーU 米国商務省リポート:東洋経済新報社 1999・11・11」に報告されているところでありますが、本日の、OECD(経済協力開発機構)のドナルド・ジョンストン事務総長による日本経済新聞への寄稿(2000・5・5)によるその説明は、さすがにわかりやすいものだと感心しました。氏曰く、
『情報技術(IT)の進歩による技術革新は労働形態を変え、市場構造や貿易の枠組み、企業構造に変革を促した。ただITは経済成長をけん引する一方で「デジタルデバイド(情報化が生む経済格差)」という名の脅威ももたらすと多くの人が懸念している。』
『ニューエコノミーへと進むには一つの政策ではたりない。企業家や企業、労働者が新たな環境で素早く適応できるよう支援する様々な政策が必要だ。規制を取り除く一方で、教育、福祉システムと労働市場の改革も欠かせない。失業者への保険金給付よりも、彼らんお再就職支援に大きな努力を払うべきだ。デジタルデバイドは、全ての人に生涯学習の機会を提供するという根本的なレベルから解決していくべき問題だ。』
そして、ここが肝要なのです。
『ニューエコノミーでは各人は自己責任が増すと同時に意思決定の過程に参画する機会も増える。政府はこうした状況に国民が十分対応できる環境を整備する必要がある。一方、国民にも心の障害を打ち破ることが求められる。』
このドナルド氏の発言を読んで理解できることとは、情報化というのは、IT技術による技術革新と同軸に、制度の問題、人間の問題が存在しているという認識なのです。そして現時点では、それは国策レベルでの対応が必要であるということでもあるでしょう。
それにしても『国民にも心の障害を打ち破ることが求められる』をどう理解しましょうか。
私は、「努力したものの努力が認められる社会の実現」がその根底に必要なのだと感じましたが、皆さんはいかが感じましたでしょうか。
翻って、建設CALS/ECというのも、実はこのレベルの視点で見る必要があるのは当然のことなのです、つまりドナルド氏の言葉を借りれば、『技術革新と構造変化を妨げる多くの規制から日本経済を解き放つ』政策の一つとして存在し得ない建設CALS/ECでは、デジタル革命の中では機能し得ないということであり、その為にも、『ニューエコノミーへと進むには一つの政策ではたりない。企業家や企業、労働者が新たな環境で素早く適応できるよう支援する様々な政策が必要だ。』なのでしょう。
私が岐阜県の建設CALS/ECを評価したいのは、現時点では、岐阜県が行う「情場」実現へ向けての複数の政策の中で建設CALS/ECが語られているからにほかならないのです。
『まずIT革命が重要』、これは、英国のブレア首相が森総理から沖縄サミットへの協力要請を受けて語った言葉ですが、この真意を理解できる日本の政治家さんははたして何人さんおられるのでしょうかと考えると、既得権のなかでモラルハザードが大手を振ってまかり通っているような日本の未来は、決して明るくないのだと感じているのでした。
2000/05/04 (木) ▲ ▼
【なめくじとかものはし】
今日は、仕事のため岐阜へ出張。
標題の「なめくじ」とは、行きにつかった500系の「のぞみ」でして、「かものはし」は、帰りに乗った700系の「のぞみ」のことです。
これらは、私が個人的にそう呼んでいるに過ぎず、世間一般からの認知度はないでしょうから、まあ、大きな声でいえたものではないことは、いうまでもありません。
さて,本日は、休日にもかかわらず、お付き合いいただきました、岐阜県建築士事務所協会の向井会長、NTT−ME東海の松原様には深く感謝申し上げます。ありがとうございました。m(__)m
向井会長には、お土産までいただいてしまって、本当に痛み入ります。m(__)m
本日の活動もそうなのですが、「事業者団体ベースの情報化への取組み」というあたりを現在体系的にまてめております。まとめているということは、当然にどこかで日の目をみる(みせる)予定なのですが、これは、時期が来ましたら当然に皆様にもお知らせいたします。
「事業者団体ベースの情報化への取組み」は、会員さんの企業規模が比較的小さい場合に最も有効に機能する手法なのですが、基本的にはCALSの目指すもの(理念)と、そもそも事業者団体が存在するその立脚基盤(理念)が、180度違うものですから、この事業者団体ベースの情報化を行うには、トップの皆さんの強いリーダーシップが必要なことはいうまでもありませんね。
2000/05/03 (水) ▲ ▼
【茶の葉と美々卯】
午前中事務処理、午後から、お気に入りの「茶の葉」さんという御茶屋さんで、掛川茶のティーパックを調達するために、銀座松屋までお出かけする。
5gで80円というティーパックなのですけれども、とてもおいしくてですね、お茶好きな私の旅のお供には欠かせないのです。
テーパックでなければ、通常の掛川茶は800円/100gとてもリーズナブルなのです。それも味は保証つきで良いのでした。なにしろ掛川で購入する掛川茶の味がするのです。
これはとても素晴らしいことで、なにしろ、他店で購入する掛川茶は、私が掛川にていただいてくる掛川茶とは味が違うのという不思議(本当に謎!)。
しかし、「茶の葉」の掛川茶は極めて同じ味がするのでした。(当り前なのだろうけれど)
このお店は、最初、横浜のクイーンズイーストで偶然見つけたのですけれども、甘味処を備えた店舗はなかなかに洒落たもので、通常の御茶屋さんとは全くイメージの違うものとなっています。
機会があれば一度は行ってみる価値のあるお店だとおもいます。
「茶の葉」でお茶を購入後、せっかく銀座にきたものですから、京橋の美々卯までうどんすきを食べにいくことにしました。祝日の京橋付近は銀座とはちがい人出はまばら、でも美々卯はあいかわらず沢山の方々がおいでになっていました。私は美々卯のうどんすきとならぶ名物「冷凍酒」でうどんすきをいただいたのでした。
これは、酒が凍っているわけですが、生酒故にのみ口はとてもよく、オーダーが四合瓶単位なので、飲み干す必要がありまして。。。。。
おかげさまで、私は、帰りは雨もふっていたこともあってTAXIを利用したのですが、ずーっ眠りこけておりました。
2000/05/02 (火) ▲ ▼
【四川飯店と鰹と備前焼とさるぼぼキテイ】
午前中は机に向かって黙々とマニュアル作成。
午後からは永田町まで出かけて、四川飯店にて昼飯を食べながら、日経コンストラクションの高橋氏と野中記者と雑談。
帰り道、鰹の季節だなぁということで、川口そごうの地下食品売り場で、刺身用の鰹を調達。
今日は、「甕覗」の封を切って、一杯やりながら、にんにくがんがん利かせて食べるつもり。
それと、先日テレビでやっていた玉葱醤油というのも試してみようかと思うのでありました。
タクシーでの帰り道、いつも見かける不思議なリサイクルショップに、「備前、藤原 あります。 啓雄 啓介」 っていう張り紙があって、何のことだかとても気になって、家に戻ってすぐにWebで調べてみました。
キーワードは、「備前 藤原」
そしたら、啓雄っていうのは、藤原啓と藤原雄さんであることが判明。どちらも備前焼の人間国宝さまであった次第。多分、啓介さんというのも、備前焼の作家様なのであろう。
あの変な店に人間国宝ねぇ。。。凄いミスマッチなのだけれども、なぜかとても心惹かれたりして、今度冷やかしに寄ってみようかと思うのでした。しかし入るのはとても勇気のいる作業となりそうです。
中津川の三輪さんから、さるぼぼメールが届く。
鹿児島の福留さんからもさるぼぼメールが届く。
曰く、「九州じゃつかってはいけないことば」らしい>さるぼぼ君は。。。。。(^^ゞ
ということで、三輪さんからいただいた、ひだ特産さるぼぼキテイちゃんの画像を紹介しましょう。
→さるぼぼキテイの画像
2000/05/01 (月) ▲ ▼
【伸びる会社ダメな会社の法則】 ピックアップ目次
『伸びる会社ダメな会社の法則:藤野英人 2000・4・20 講談社+α新書』を読む。
これは、あっという間に読める本なのですけれども、書いてあることはとても面白く、いろんな方々の顔を思い浮かべてはひとりにやにやしてしまうのでした。
この本の著者は中小型株専門のファンドマネージャー(投資信託運用のプロ)という商売柄、沢山の社長さんにお会いして、その中から優秀な経営者を見出すことが投資につながるといいます。
投資のプロからみた良い会社、悪い会社を「法則」として解り易く書いています。もちろん、その中には個人的な主観とか、経験則以外のなにものでもないものが多いのですが、そういうことを抜きにしても、なるほどと思うところは多いのです。ゴールデンウィークにでも一読をお勧めします。
以下法則を書き並べてみます。
法則1 創業者の魅力にだまされるな(創業者は常に確信犯)
法則2 自分の過去の苦労話にインタビューの大半を割く社長の将来性は乏しい
法則3 社長の自伝をプレゼントされたら、その会社への投資は控える
法則4 創業者のコンプレックスを聞くことは重要なキーになる
法則5 人の話しを聞かない社長には投資しない
法則6 質問したら怒り出す社長の会社は負け組企業入りか、すでに負け組企業
法則7 自分の会社の話しをすると興奮してくる社長は信頼できる
法則8 社長の話に感動した会社と感動しなかった会社では、感動した会社への投資は遥かに成功する
法則9 平凡な社長は総論を話し、優秀な経営者は各論を話す
法則10 営業不振の要因を景気や政府のせいにする社長の会社は、景気が回復しても業績は回復しない
法則11 社長室の豪華さとその会社の成長性は反比例する
法則12 金ピカの高級腕時計をしている社長は要注意
法則13 社長が唐突に著名人との親交をにおわせる、もしくは強調するときはその会社への投資は避ける
法則14 嬉々として業界団体やロータリークラブの名刺をくれる社長には要注意
法則15 社長者が高級外国車であれば、社長のビジネスセンスを疑う
法則16 オーナー経営者は投資家と株価について利害が一致する
法則17 サラリーマン経営者は株価に無頓着である
法則18 優秀な番頭のいる会社はリスクが少ない(オーナー経営者の場合)
法則19 後継者が育っている会社は将来性が高い(二代目のほとんどはスポイルされる)
法則20 三代以上続いたオーナー家からは傑物が出やすい
法則21 兄弟で形成している会社で、弟の学歴が兄の学歴を上回っており、保有株数に差がない場合は、現在および将来の兄弟喧嘩の可能性を考える
法則22 コンピューターに触れない社長は将来性が少ない
法則23 豪華な社屋ビルを建てたときは、業績のピークか株価のピーク、またはその両方である
法則24 スリッパに履きかえる会社に投資すると不思議に儲からない
法則25 社員に体操を強制する会社は儲からない
法則26 成長している会社の空気は華やぎ、停滞している会社の空気はよどんでいる
法則27 トイレの汚い会社への投資は必ず損をする
法則28 極端に美人の受付嬢がいる会社は問題がある
法則29 自社製品以外のおみやげをくれる会社への投資は儲からない
法則30 社員同士を「さん」づけで呼び合う会社への投資はリターンが高い
法則31 会社規模に比べて役員が多すぎる会社は成長しにくい
法則32 相談役のいる会社は成長性が少ない
法則33 デスクロージャーに熱心すぎる会社は要注意
法則34 トップみずからがデクスロージャーする会社は安心である
法則35 急成長会社の新規分野への強気発言は五割引で聞く
法則36 低成長企業の新規分野への強気発言は九割引で聞く
法則37 斜塔の保有株比率の高い会社は社長の株価と業績に対するインセンティブは高い
法則38 極端に社長とその一族の保有株比率が高い会社はモラールが低い
法則39 仕入先、顧客の保有株比率が高い場合は二通りのケースを想定する
法則40 金融機関による保有株式比率が高い会社は、株価の上昇を期待できない
法則41 良い会社はビジョンや経営理念が社員に浸透している
法則42 良い会社は社員が社会的意義を感じてプライドを持って仕事をしている
法則43 良い会社は管理体制が優れている
法則44 良い会社は複数の価値観を持った人材を抱えている
法則45 良い会社は自社の強みを最大限に利用し、執拗に徹底的に高めていく
法則46 良い会社は当たり前のことを徹底的に追及する
法則47 良い会社は常に個性的である
法則48 悪い会社は良い会社の逆である
法則49 悪い会社は常に似ている
法則50 もうこれ以上悪くならないということはない
法則51 きざしに気をつける
法則52 成長産業に入るから成長企業とは限らない
法則53 熟成産業に成長株があることがある
法則54 多角化は多悪化を招く
法則55 自分でその会社のサービスを受けて満足したら投資価値がある
法則56 モラルの低い業界、企業は遅かれ早かれぼろをだす
法則57 損益計算書(PL)の分析より貸借対照表(BS)の分析に時間をかけろ
法則58 貸借対照表(BS)の分析よりキャッシュフローの分析に時間をかけろ
法則59 キャッシュフローの分析よりビジネスモデルの分析に時間をかけろ
法則60 悩んだときは、疑うより信じたほうが最終的には成功する
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