「ももち どっと こむ」より

還暦祝い!平成30年9月15日(土)桃組「小さな勉強会」と「暑気払い」のご案内。山と山とは出会わぬものだが人と人とは出会うもの(また会う道もある花の山)。

2018年08月01日|イベント



Lesson3 私の身の上ばなし(1)―クルーグマンのおはなし

クルーグマンのおはなし

以下は、『ホワイトカラー真っ青』(原題は「White Collars Turn Blue」) と題された、クルーグマンの論文からの引用です。(翻訳は山形浩生がおこなっています。http://www.post1.com/home/hiyori13/krugman/lookbackj.html

有名人経済

今世紀の大トレンドの最後のものは、1996 年の鋭い観察者にはすでに認識されていたけれど、多くのひとはなぜかそれを十分に理解できなかった。ビジネス評論家たちは、機械的な生産に対する創造力と技術革新の優位を説いていたけれど、じつは情報の送信・複製がますます簡単になったので、クリエーターたちは自分の創造物から利益を得るのがどんどん難しくなっていったんだ。

(略)

幸運なことに、知識そのものから直接利益を得ることを不可能にしたその同じ技術が、名声の機会を増やしてくれることにもなった。500 チャンネルの世界には多数のサブカルチャーがあって、それぞれが自前の文化ヒーローを持ってる。歌姫相手だけでなく、ジャーナリストや詩人、数学者、果ては経済学者なんかと、直接対面する興奮のために金を払おうという人はいる。

(略)

もし学者稼業に専念したいなら、いまではもう選択肢は 3 つしかない(機関化された学術研究の確立する以前の19世紀に存在したのと同じ選択肢だ)。チャールズ・ダーウィンのように、金持ちの家に生まれついて、遺産で喰っていくか、あるいは進化論の共同発見者でちょっと運の悪かったアルフレッド・ウォレスのように、別の仕事で糊口をしのぎ、純粋研究は趣味にするか。あるいは多くの 19 世紀科学者のように、講演巡業をすることで、学者としての名声をタネに稼ぐかだ。

でも名声は、これまでのどの時代よりも手に入りやすいとはいえ、まだそうそう簡単には手にはいらない。だからこそ、この記事を書くのはぼくにとってすばらしい機会なんだ。ぼくは別に、獣医病院で昼間働くのはかまわないんだけれど、でもずっとフルタイムの経済学者になりたいと思ってきた。こんな記事を書くことが、まさにその夢を実現するきっかけになってくれるかもしれないんだ。

ポール・クルーグマンはマサチューセッツ工科大学の(フルタイムの)経済学教授です。(現在はプリンストン大学の教授です)

では、私のことをこのクルーグマンの文脈で考えてみましょう。それは、はたしてインターネットは、この文脈から私をどこまで開放してくれているのだろうか、という自問です。

さて、私は通常の「営業」を一切行わないコンサルタントです。どこかに訪問して名刺を配るとか、新聞や雑誌に広告を掲載するとか、どなたかのツテで仕事を紹介いただくとかを一切していません。私への仕事の依頼はいつでもホームページ経由でやってくるのです。

そればかりか、私のホームページに記載されている私へのコンタクト方法は電子メールが唯一の方法です。私のホームページには住所も電話番号も記載されてはいません。つまり、私へのファーストコンタクトは電子メールに限られています。その上、通常の業務上の連絡もほとんど電子メールだけでおこないます。ですから一度の面談もなくコンサルテーションや講演にうかがうことなどはごく普通のことでしかありません。

こう書くと、私はまさにインターネット社会の申し子のようであり、革命的な仕事のやり方の発見者だといえるかもしれません。私の仕事のスタイルは、インターネットがない時代には有り得なかったものですから、これは、インターネットは「革命」だと主張する方々には賞賛を受けるかもしれません。でも、賞賛されたことなど一度もありません……。

――賞賛されないこと――それも当然のことなのです。考えてみれば、インターネット上の私のホームページは、直接的には今まで一円も稼ぎ出したことなどないのです。ホームページ上に置いてある、ダウンロードできるプレゼンピッチや、さまざまなコンテンツに対して対価を支払う方は今まで一人もおりませんでしたし、今後も現れそうにはありません(もちろん、私自身が最初からいただこうとは思ってはいないのですが)。私に収入をもたらしてくれる仕事はすべて、お客様と面と向かって直になされるものであり、私とお客様とのコミットメントは、私の身体がそこにある世界でおこなわれているものでしかありません。

このことは、クルーグマンがいうところの「じつは情報の送信・複製がますます簡単になったので、クリエーターたちは自分の創造物から利益を得るのがどんどん難しくなっていったんだ」という言葉のとおりなのです。そして、「幸運なことに、知識そのものから直接利益を得ることを不可能にしたその同じ技術が、名声の機会を増やしてくれることにもなった」ことも実感しているわけです。

何がしかのコンサルテーションの仕事と、多くの「 19 世紀科学者のように、講演巡業をすることで」(名声と呼べるのならですが)名声をタネに稼ぐことで何がしかの生活を維持することができているのです。その上こうなってしまいます。

でも名声は、これまでのどの時代よりも手に入りやすいとはいえ、まだそうそう簡単には手にはいらない。だからこそ、本書を書くのは私にとってすばらしい機会なんだ。私は別に、講演巡業とコンサルテーションで昼間働くのはかまわないんだけれど、でもずっとフルタイムの印税生活者になりたいと思ってきた。こんな本を書くことが、まさにその夢を実現するきっかけになってくれるかもしれないんだ。

そして私はつぶやくのです。

「なんてこったい!」

インターネットが私に与えてくれたものは、クルーグマンにとってはずっと前からお見通しだったもののようです。お見通しのストーリーの何処が「革命」などといえるのでしょうか。

Written by 桃知利男のプロフィール : 2007年08月22日 09:12: Newer : Older


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