サムギョプサル(三段バラ焼肉) とカルビ。(韓国家庭厨房 ムグンファ:浅草4丁目)
午前6時起床。浅草はくもり。湿気の強い朝で寝苦しくて起きてしまった。さてこれは、7月4日の夕餉で、この日はお客様とムグンファで肉を焼いた。
あたしが焼肉を食べるのは珍しい。焼肉屋で肉を焼かないこの酷い客は、肉を焼かなくともうまい韓国料理で酒の飲める、浅草4丁目(近所)のこの子宮(オモニ)を溺愛しているのである。
それが肉を食べたのは、この日の二日酔いは過酷であったからだ。夕方6時を過ぎてもまだ本調子ではなく、頭の中では悪魔が舞い踊り、生ビールの一杯が高さ2mのハードルに思えた。
それなら「食い」に徹してやろうと、あたしはサムギョプサル(三段バラ焼肉) とカルビをむしゃぶり食ったのである。(とは言っても、あたしゃ小食なのだけれどもね)。
サムギョプサル
それにしても、ムグンファが使っている焼肉用の鉄板(鍋)は、儀式的に見事だ。
この螺旋の中央の穴は、此の世と彼の世の境界であって、焼肉は、境界の食べ物であることを表徴しているテクストなのである。それが言っているのは、此の世に残った豚バラ肉は、もはや生命の残骸でしかない、と言うことだ。
しかし適度に脂が落とされ、ジュワジュワと表面を荒立たせているそれに、葱とニンニクを添え、サンチュとエゴマで包み込めば、これは一転して胎衣(えな=褜)となる。つまりこの焼肉は再生(エロス)の儀式なのである。(であるためには、必ずサンチュで包んで食べなさい)。
カルビ
続けてカルビを食う。当然に鍋は新しいものとなり、それは表面の迷宮の模様こそ違うが、同じ構造を持つ儀式の装置だ。
カルビは焼肉の中でも最もポピュラーなものだろうが、このポピュラーなものが今更ながらにうまく感じたのはなぜだろう。初めて焼肉屋へ行った記憶が蘇る。世の中に、こんなにうまいモンがあるのかと。
こうして宴が進むうちに、あたしは自然と再生する。頭の中では天使が微笑んでいたりするのであって、酒はいつのまにか、夏の王様、胡瓜チャミスルとなる。
勿論、王様といえば、王豚足も忘れてはならないわけで、だんだんと元気になっていく自分がわかる。(これではまるでアル中なんだけれどもね)。
そして、ムグンファの代名詞のような海鮮チヂミと、スンドゥブチゲまで食べれば、あたしはすっかり再生している。この店の子宮的構造は本物なのだ。
この日はあたしの誕生日ということで、オモニから、チャミスルとチャミスル用のグラス、それにキムチをお土産にいただいてしまった。古い「私」は死んで、新しい「私」が生まれる…だといいのにね。
韓国家庭厨房 ムグンファ (カンコクカテイシュウボウ・ムグンファ)
台東区浅草4丁目39-1
03-3871-6441
[浅草グルメマップ]
投稿者 momo : 2008年07月06日 08:30: Newer : Older
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