雨が本降りになった頃、反対方向から神輿が現れた。「ちょーさや! ちょーさや!」こちらも白装束の男たちがかついている。「ちょーさや」という掛け声は初めて聞くものだ。


 神輿と太鼓の山車が鶏で対峙した。男たちの声がいっそう大きくなる。どうやら、神輿を通す通さないでやり合っているらしい。ケンジ君が、カメラマン魂に火がついたのかどんどん前に行く。邪魔だと若者に突き飛ばされていた。それでもくじけず前に行く。

 神輿が何度も進んだり下がったりした。その都度、男たちの威勢のいい声が上がる。法螺貝が鳴り響き、太鼓が打ち鳴らされた。この場に観光客はほとんどいない。我らをのぞけばすべて地元の人たちだ。

 わたしは激しく感動した。これが祭りだ。これが本物の伝統だ。

 グローバリズムがなんだと言うのだ。どこの誰が勝ち組だと言うのだ。人類の圧倒的多数は、生まれた土地に根付いて生きている。それが人間らしさだ。

from 奥田英朗:『港町食堂』:p208-209

港町食堂

港町食堂 (新潮文庫 お 72-1)

奥田英朗(著)
2008年5月1日
新潮文庫
438円+税