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2019年03月03日|お知らせ



『京都観光生活』 ハンジ リョオを読む。

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京都観光生活

ハンジ リョウ(著)

2011年7月24日
株式会社 140B
1200円+消費税

午前4時44分起床。浅草は小雨。大阪の140Bの青木さんが本を贈ってくれた。それも、最近あたしが読むモノは漫画が多い、ということを知ってか知らずか、ハンジ リョウさん(『せやし だし巻 京そだち』の絵を描いてたた人だ)が描いた『京都観光生活』という漫画モノだった。

京都観光生活

『京都観光生活』は京都に住んで5年になる作者の日常(?)を描いたものだが、

京都生活も五年目になると/いつの間にか/京都の住んでいるという/意識が少なくなるけど
(中略) 「京都はいいなぁ」と/あたらためて思ったりします。  「あとがき」より。

とあるように、その「いいなぁ」が集められた本だ。だから『せやし だし巻 京そだち』のつもりで読むと調子が悪い。

『せやし~』は京都生まれの人が京都人らしく嫌らしい(失礼)視点で自分の人生を顧みたモノだが、『京都観光生活』は京都に住んでまだ5年の人間が、外人の目で京都を見て書いたものだからだ。

それもその外人の目は驚くような特異性はもたず、だだ一般の人が京都に5年住んでいたら感じるようなことをタンタンと描いている。そのタンタンさがいいな、と思うのだが、これが10年も住んだ頃になると、京都に住んでいる、という意識は益々少なくなるだろう。

けれど、このような絵を描くことは益々増えていく(だろう、と思うのだ)。

それは浅草に住むあたしが思うところで、浅草の生まれでないあたしにとって、この街は最初の5年間は(この本の通り)観光地であった。観光地というのは浅草に住んでもあたしは借り物だ、ということで、その後の5年は観察の街となった。

そしてその後は、ますます街と離れて観察する日々のような気がするのだ。つまり一生かかってもこの街はあたしの街ではないのである(当たり前だが)。

作者のハンジ リョウさんは、もちろんあたしと違った目を持っているのは当然なのだが、5年後に同しような作品を描くとすれは、もっと嫌らしい目で京都を見て描いてほしいな、と思うし、たぶん描けると思うのだ。

Written by 桃知利男のプロフィール : 2011年07月21日 07:13: Newer : Older

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