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「世界で一番強いのって、誰?」。子どもにでも聞かれたら「市場(マーケット)」と答えるべきかもしれない。大国さえ震え上がる相手だから▼経済オンチにも、欧州経済の危機が深刻らしいということは分かる。ギリシャはじめ借金過多の国の国債の価値が下がり、それを持つ欧州各国の銀行も危ないということのようだ▼ギリシャへの数次の融資や銀行への公的資金投入の余裕を確保する基金増強など欧州連合も信用不安の拡大阻止に懸命。それがまた各国の財政悪化につながるのに、大枚はたき「欧州は大丈夫。信用してください」のメッセージを送っている▼その懇願の相手が「市場」だ。日本の円高対策と同じ。何かの手を打つ。それでも「市場」は満足しない。それでまた身を切って何か手を打つ、の繰り返し。日米や新興国も危機の波及に戦々恐々だ。素人目には世界が「市場」に脅され、「市場」のご機嫌取りに四苦八苦、と映る▼実際の消費やモノづくりが実体なら、カネやモノの情報だけを動かして財を紡ぎ出す「市場」は影だ。「利益」のみを追求する影は、「利益」のみでは動けない実体の側の切実な事情など頓着しない▼各国に広がった若者らの怒りの表明が、「市場」の代名詞のような場所、米ウォール街から始まったのを思い起こす。影が実体をのみ込みつつある世界への異議申し立てなのかもしれない。
2011年10月20日 東京新聞 筆洗 より

午前5時10分起床。浅草はくもり。「市場」はどう考えても分からないことばかりだが、そのことが10/20の東京新聞の「筆洗」に出ていた。あたしは脳梗塞を患って以来「株」はやっていないのだが、やっていなくてよかったと云うべきか。

最近やたらと「反街的」な場所に顔を出すことが多いが、そこは「街的」な場所とは明らかに違うことに気がつく。それは相互作用の無さ、というべきもので、あたしは何をするにも片務的なのである。

いや実際には等価交換であるので平等というべきなのであるが、それがかえって片務的な気持ちになってしまう。『「利益」のみを追求する影は、「利益」のみでは動けない実体の側の切実な事情など頓着しない』なのかな。