熊本県における一般土木工事の格付けと発注標準の見直し


午前4時45分起床。浅草は晴れ。「公共事業はTPPのようなものだ。」というのは、「集団主義的な安心社会で生活していたあたしたちには、個人主義的な信頼社会で作られたシステムは、そもそも理解ができないのだ」※1、というフレーズからだ。

今日の公共事業の課題とは、需要と供給のバランスの悪さ(供給が重要を上回っている)だが、この問題は市場に任せておいて(マーケットソリューション※2)では、問題は解決はつかない(と思われている)。

それじゃヒエラルキーソリューション※2なのか、と思えば、一体誰に何を頼めばいいのかも分からない状態なのだから(たぶん)これも違うのだ。本当はコミュニティソリューションに解を求めるべきだろうが、それ以前に、真の発注者である市民と、その代弁者でであるべき行政と、受注者の間のコミュニケーションが取れていない。

問題は財政状態の悪化にあるのだが、その問題解決方法さえも、近代経済学者とケインズ経済学者の間では、180度答えが違っているのだから、一体この問題をどうやって決着をつけようとしているのか。

それはTPPと同じ様に見えるのだ。

あたしには解決方法を時間に委ねているように見える。つまり長い時間をかけたキアスムに、ということだが、しかしそれでは解決していることにはならないだろう、と思うのだが。

キアスム

※注記

  1. 『「しがらみ」を科学する』 山岸俊男を読む。
  2. Lesson5 コミュニティ・ソリューション(2)―ヒエラルキー・ソリューションとマーケット・ソリューション