三遊亭歌橘大奮闘独演会ッ!


三遊亭歌橘

午前5時45分起床。浅草は晴れ。昨晩は、退院してから2年9ヶ月、ようやく歌橘さんの独演会で、生の落語を聴くことができた。あたしが入院して一番変わったことは何か、と聞かれれば、それは”落語が聞けなくなった”ことで、これは、今は亡き、談志師匠が衰えたせいか、と思ってたが、兎に角、噺が耳に邪魔になっていたのである。

しかし、それは左脳をやられたからなのかもしれなく、兎に角、「語彙」があたしの脳味噌から消えてしまっていたのである。 『落語というのは、噺家は勝手にしゃべるだけ、あとは聴いている方が勝手に想像することで成立する。だから聴いている方の想像界も快速でなくてはならないのだけれども、そのためには聴いている方にも根性がいる。根性とは語彙のことだし、語彙とは象徴界のことである。だから噺家は語彙を操ることで想像界を支配する』。(from 「笑福亭遊喬 三遊亭歌橘東西競演会 -江戸の陣- お江戸日本橋亭。」)

それが、最近は「語彙」も徐々に増えて来ているし(このブログのおかげである)、なんとなく噺を聞けるようになってきている自分を感じていたので、一度、生の声を聴いてみようと思っていたのだ。そこに歌橘さんの独演会である、ゲストは大師匠、三遊亭圓歌氏だもの、行かなきゃなならないよね、と最近、出不精気味のあたしに、ムチをいれて出掛けたのだ。何と云っても、会場まではバスで1本だもの。

歌橘さんの噺を聞くのは、2009年3月21日以来だが、いや、彼も立派な中堅になりつつあるな、と思った。噺は、「電報違い」と「坊主の遊び」という圓歌師匠の十八番だったが、あたしは圓歌師匠の噺は「中沢家の人々」しか知らない、という馬鹿者なのだから、知る由もなく、歌橘さんの「電報違い」を、「解釈は最速でなくてはなくてはなりません」(@ジャック・ラカン)を最優先して聴かしてもらったのだ。

つまり、あたしには一部分からない”ことば”があるが、そんなのもは”場の雰囲気”でうっちゃれるのである。そうなると解釈は快速であり、もう一度家に帰ってからかみしめて、なんてことはないのである。その場で決まる(あたしにとっては)いい噺だった。一方、「坊主の遊び」の方は一寸荒いな、と思わせる噺だったが、これも噺を聴けない(と思っていた)人間が云う”ことば”ではないな、と、一人笑ってしまったのだ。