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2019年03月03日|お知らせ


2007年04月24日(火) 

鏡像としてのWeb。

午前5時30分起床。浅草はくもり。「Web2.0と建設業―4月20日CCPM合同勉強会での講演用PPT」にひできさんからトラックバックをいただき、その関連で、yokoさんから「Web2.0のロゴ―Web2.0 Logo Creator by Alex P」にトラックバックをいただいた。大変ありがとうございます。

へその緒の接続先としてのWeb

私のいう、Webは鏡像である、というのは、Webにへその緒がつながっている、というのと同意であって、「ボロメオの結び目」でいう想像界(お母ちゃんとへその緒で繋がっていた幸せな記憶の接続先)がWebには機能代替的にあるということだ。

それは簡単に言ってしまえば「つながりたい」という気持ちの受け皿のようなもので、ウェブはそこへ収斂していくと考えている。(子宮的構造

円環モデル

Webを鳥瞰すればスケールフリー性を持つのだろうが、それは徐々に、小さなランダムネットワーク(閉じた円環=「円環モデル」)の集合体になっていく(宮台真司のいう「島宇宙」の概念と似たようなものだ)。

ただ個人は、その閉じた円環(コミュニティ)の一箇所に留まる必要がないことで、ムラ社会的なものとは違った原理で生きることになるだろう。つまりWeb上の円環(コミュニティ)は、参加・脱退の自由は保障され、また同時に複数の円環(コミュニティ)に自分を置くことが可能だということだ。

多重コミュニティの限界

ただ、Webでは、多重円環(コミュニティ)性は保証はされているものの、多くの人々は、多重の円環にいることの、その分裂性に耐え切れるわけでもなく――個人の情報処理能力の限界と言ってもいいだろう――、徐々に自らを置くコミュニティの数は限られたものとなるだろう。

つまりWeb上の円環(コミュニティ)とは擬似パトリ(若しくはパトリの機能代替)のようなものであり、そこが自らにとって拠って立つ地面でありえる限りにおいて、個人はそこで鏡像としての自己を確認することとなる――逆説的には、鏡像が映らないコミュニティには居る価値もない。

だがその鏡像は、鏡像段階の子供のように、理想の像でなくてはならないのかもしれない。

話は飛躍しすぎるかもしれないが、鏡像=キャラと考えてみてもよいだろう。そもそも「私は」の行き着くところは「我輩は猫である」なのである。自分のキャラをWeb上で立てることは、「私は」の行き着く先としては妥当だと(私は)思う。――詳しくは「なぜ私のブログでは、「(私は)思う」と私を()の中に入れてしまっているのか、ということ。」をご参照いただきたい。

Webの再編

閑話休題。だとすれば、Webはロングテール的に、無数の小さなランダムネットワークの集合と、そのランダムネットワークのプラットホーム(これが恐竜の頭だ)から成るグラフ的配置に向かって再編成されることとなるだろう。そのプラットフォームの中心が今はSNSであり、mixiの躍進は、そう考えると理解しやすいかと思う。

と同時に、(検索エンジンの高機能化もあって)、Webにおけるスケールフリーネットワークの大きな島であった、ポータルサイトはその力を失うだろう。それは、Yahoo!や楽天のようなポータルサイトは、個人の鏡像としてはいささか焦点がぼけているからだ――楽天のTBS株買収という「あせり」の正体はこれだろう。

Tags: 鏡像

投稿者 momo : 2007年04月24日 13:26 : Newer : Older

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コメント

はじめまして。naru33といいます。

> 徐々に自らを置くコミュニティの数は限られたものとなるだろう。

なるほど、私もmixi、GREE、Yahoo! Days、…と誘われるままにいろいろなSNSに登録しましたが、結局はmixiに落ち着いちゃいました。
mixi内のコミュでも落ち着き場所は決まってしまいましたし(^^;

まあ、結局は飽きっぽいんでしょうね。

投稿者 naru33 : 2007年04月24日 16:44

>Webにおけるスケールフリーネットワークの大きな島であった、ポータルサイトはその力を失うだろう。<

あるポータルサイトのスタートから終焉をみていますが、まさにその通りの結果となりました。
ポータルサイトは、汎用的なそして門戸の広さを目指したものの、結局は万人を満足させる事が出来なかったのです。
当時のユーザーはある意味、お仕着せ的な窮屈感を味わって使い続けてきたと思います。

投稿者 うどん星人二合 : 2007年04月28日 02:34

>naru33さん

はじめまして。コメントありがとうございます。
今のSNSはmixiに代表されるような交換日記システムですから、多重人格(キャラ)を必要としなければ、日記はひとつ書けば十分かと思いますし、多くの方々は情報処理能力とそれに費やす時間というリソース制限がありますから、自ずと限界は見えてくる、と考えています。

>うどん星人二合さん

例のポータルですね。(笑)

投稿者 momo : 2007年04月30日 09:33

はい、例のです。(笑)
表面的には「無償贈与」的なイメージを出しかけていたけど、実際にはかなり企業的メリット追求のどろどろな世界だったと記憶しています。

投稿者 うどん星人二合 : 2007年04月30日 14:22

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