煮込みうどん午前7時10分起床。浅草は曇り。昨晩はちょっと用事があって居酒屋浩司へ。そのまま一番奥の小上がりに座り込み、ホッピー白氷無し※1 を飲み始め、気が付けばだらだらとやっている。

ニッパチのニ、それも月初めの水曜日、鈴芳は休みだし、さすがのホッピー通りも人出は少ない。けれども、居酒屋浩司はそこそこの人出。女性客が多いのは最近の傾向か。

それで、二杯目の熱燗を飲み終えた頃に、マスターが出してくれたのがうどん。関東風のみそ煮込みうどん玉落としぎょくおとしである。もちろんこれはメニューではなく賄いまかないである(たぶん)。


あたしは居酒屋浩司の常連のひとりであるにはちがい(たぶん)。けれどあたしは、常連なんだから賄いぐらい食べさせてよ、などとは絶対に云わない。※2 ただ、

店はお客のものであり、その店のご主人のものである。
こちらが店にいろんなものを要求するように、店側もまだたくさんの「あえて言わない」ワガママを密やかに心に秘めている。でも「常連」という名の店のパーツになると、基本セット料金の変動もさることながら、サービス料まで免除されてオプションまでついてきたりする。(江弘毅:『「街的」ということ』:p202) ※3

ということはある。それは「贈与」の関係でしかできあがらないことはたしかであって、ということは、居酒屋浩司のマスターとママとあたしが全人格を賭けて、けれどそれをけっして表出させないようにしながら、でも酔っ払って醜態を晒してしまうから結局はバネラブルに、時間をかけてつくりあげてきた関係である。

あたしらが「街的」に惹かれるのは、「街的」では店と客の関係が「交換の原理」を超えているからだ。あらかじめ値段に組み込まれたマニュアル化されたサービス、スマイル無料なんていうものが存在しない。それが「贈与」であるからこそ、あたしらは「街的」に魅せられる。

 「贈与」の起源は鏡像段階にある※4。だからこそ「贈与」は究極の〈欲望〉となる。その〈欲望〉の対象を「商品」(つまり「交換の原理」)で無理矢理代替えしようとしたのがアメリカナイズされた資本主義であり、その手法がマーケティングである。

そこで消費者として暮らすのは最初は楽しい。けれどそれは「商品」そのものが供給過小の時代、進歩は必ずあたしらに幸福をもたらすという工業化の時代のことであって、今や、世界は「商品」で溢れ、自分の〈欲望〉の埋め合わせなんていくらでもあるはずなのに、「商品」というピースを自分の〈欲望〉にあわせてみても、このジグソーパズルはけっしてできあがらない。そればかりか簡単に壊れてしまうことさえある。

そんなものだから、消費者である限り自分のナイーブさと否が応でも向き合わなくてはならないのがこの時代なのであって、だからみんな精神症なんだけれどもw、あたしらは、そのナイーブなものの埋め合わせは「街的」には残っている(かもしれない)と云っているヘタレなオヤジなのである。

煮込み通り(ホッピー通り)には〈欲望〉の対象としての「贈与」がある。だからこそ、この消費不況の時代にこの通り賑わうのである。※5 その〈欲望〉はおカネじゃ買えない。そのおカネで買えないものには「結界」があって、その結界の内側をアジールという。アジールは「贈与」の関係で出来ている。けれど、「贈与」の関係で生きるというのは、ちょっとばかり根性がいるのもたしかなのだな。

※注記

  1. 正しいホッピーの飲み方?(居酒屋浩司:ホッピー通り:浅草2丁目) 参照。
  2. あたしの今の常連ランクでこれを云ったら田舎者である。追放である。常連には階級がある(たぶん)。アジールとしての「街的」な店の空間で客は平等だが平等じゃない。云ってみれば共同体性を否定したところに残る贈与の原理のようなものか。 
  3. この本は今の時代に改めて読む価値があって、「贈与の原理」のバイブルにしていいと思うのだ。
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    「街的」ということ――お好み焼き屋は街の学校だ「街的」ということ――お好み焼き屋は街の学校だ

    江 弘毅(著)
    2006年8月20日
    講談社
    720円+税

  4. ボロメオの結び目(ジャック・ラカン) 参照。
    その始まりは「純粋贈与」の享受(おっぱい飲みながらウンコとオシッコ垂れ流し)なのだけれども、社会性をもつことで(去勢)、互恵的な「贈与」となる。 
  5. テレビの取材を受ける―なぜに煮込み通り(ホッピー通り)は人で賑わうのか?この消費不況の時代に。
  6. アジール 参照
    アジールの原理―組合の原理
    この空間を支配する原理は「組合(アソシエーション)の原理」である。それは次のようなものだ。
    組合は非農業的、縁の作り出す社会的束縛からの自由の空間。平等。アジール。同一性をもたないトポス。
    非農業民。非定着、無縁。「原始・未開以来の自由の伝統を生きるもの」。(網野善彦)
    「数の原理」で組織される。年齢階梯性(年齢や年次や受けたイニシェーションの回数など)。
    「同一性」にかわっての差異を尊重。個性の重視。共同体との断絶
    霊的ではあるが肉体性をそなえた神。
    未知のものを表現する芸術の神、文学の神。
    (中沢新一:『芸術人類学』を要約)