2008年1月の記事一覧
人は、いつでも、自分をさまざまな意識でしばりあげている。見栄、てらい、羞恥、道徳からの恐怖、それに、自分を自分の好みに仕上げている自分なりの美意識がそれだ。それらは容易に解けないし、むしろ、その捕縄のひと筋でも解けると、自分のすべてが消えてしまうような恐怖心をもっている。(司馬遼太郎:『風邪の武士 下』)
むろんヨーロッパにもアジアにも「好事家のための美食文化」は豊かに存在する。けれども、それはあくまで料理人がいたり、地下にワインセラーを持っていたりする選ばれた少数のためのものである。本邦の美食本のマーケットはそうではない。これらの雑誌の読者たちはビジネス街のランチや「こなもん」の美食情報を求めるヴォリューム・ゾーンな人々である。そのような日常的食物(カツサンドとかオムライスとかおでんとかについての)美食情報が国民的規模で熱い関心をもって探求され、かつこれほどに情報精度が高い出版文化を持つ社会が他にあることを私は知らない。[美食の国へ (内田樹の研究室)]