久しぶりに東向島の亀屋にいくことにしたのは、T君のためということになっているが、ほんとはあたしが行きたかったのであって、なにしろ亀屋は「酒場遺産」である、いつ店が閉まってもおかしくない。行けるときに行っとかないと後で後悔することになる。
しかしあんまりに久しぶりだったのか、酷く酔っぱらっていたせいなのか、タクシーに乗ってもうまく道を指示できない自分に「あかんではないか」とマイブームの言葉を独りごち、ようやく出た言葉は「言問通りをまっつぐ行って、水戸街道に入って、それをずっと行って、途中、鐘淵の駅に向かってグッと曲がってハイできあがり」なのである。酔っぱらい特有のイケイケである。
そんな酷い客にもタクシードライバーは冷静で、まごう事なく店にたどりつく。タクシー代をスイカで払えば、亀屋に灯りはついており、とりあえずホッとしながら引き戸を開ける。
しかしなにか様子がヘンなのは、カントクが居るはずのカウンターの向こうにカントクの姿がなく、見しらぬお方がいたからだ。
ん?なのである。
着いた早々、「あんたはだれだ」と聞くのも失礼だと思い、経営がかわっていなければ、お母さんは厨房にいるはずだ、とトイレに行くふりをして確認に。
これでお母さんじゃない人が料理をつくっていたら、あたしゃどうしようと思いながら、厨房をみれば、あーお母さんがいた、とホッとする。
カントクは体調不良らしい。それでカウンターにいるのは一番下の息子さんで、この人はわざわざ浅草から来る人なんだよ、と母上から説明をうけた息子さんは、浅草なら浜口さんちの近くですか、と訪ねてくる。
うちの近所の浜口さんといえば、泣く子も微笑む浜口京子さんであり、ああ、そうですよと応えれば、僕は京子さんとは同級生なんですよとのこと。
浜口京子さんと亀屋の息子さんが同級生であることが、このあたしとどんな関係があるのかは知らないが、それだけで場は和むのであるのだから、浜口京子さんに感謝しなくてはならない。ロンドンにも行くぞ!なのである。
それであたしとT君は、ニラ玉とすいとん、それに塩引きを焼いたものを酒肴に下町ハイボールを呑む。
今日は三杯までね、と決めてかかるのは、過去の経験からであって、四杯以上呑んで無事だったためしはないからである。
ハイボールは、カントクの不在が嘘のようにちゃんと出てきた。
ちゃんと亀屋のハイボールだった。
亀屋にカントクの姿はなかったけれど亀屋のハイボールは健在であることの不思議さよ。いや不思議ではないことなのか。
亀屋
採点:★★★★★ |
Comment [1]
No.1うどん星人二合さん
ひさしぶりの亀屋ですね。
すいとんを食べにいきたいと思いながら、だんだん暖かな季節になってしまいました。
カントクはもしや春の甲子園の応援にいって、疲れて寝込んでしまったのではないでしょうか。
お母さんが元気で、そしてちゃんと亀屋のハイボールが出てきて良かったです。
相変わらずティッシュとリモコンと、抜いた栓もカウンターの上にあるし。