スギウラベーカリーのコロッケパン
これがうちの近所でいちばんうまいコロッケパン――つまりは「手に負えないもの」
LUMIX DMC-FZ8
パンとコロッケ(青春の主食)
高校は弁当持参の学校で(というかあたしの世代はほとんどそうじゃないだろうか)、けれど弁当が昼迄残っていたことのないあたしの昼飯は学校で売っているパンであることが多く、それはコロッケパンではなくピーナッツバターサンドだった(ピーナッツとジャムサンドしかなかった)のだが、別にカレーコロッケを買って一緒に食べていた。つまりパンとコロッケがあたしの青春の主食であって、それにテトラパック入りのコーヒー牛乳があれば今でもあたしはその時代にもどれる(気分だけは)。
コロッケパンの「かなしい」とスギウラベーカリー
しかしそんなものが(世にいわれる)「コロッケパン」であるわけもなく、けっしてコロッケパンが(あたしの)《それは=かつて=あった》ではないはずなのに、入谷のスギウラベーカリーのコロッケパンは、まるで「手に負えないもの」であるかのようにあたしを魅了する。つまりこれがあたしにとって世界一うまいコロッケパンなのである。
まとわりついたソースの甘さに不在になるコロッケ、けっして千切りではないキャベツ、とびきりにできのいいコッペパン。このマッシュアップが 狂おしくも「かなしい」※1と思えるのは、このコロッケパン(つまり「作品」)をつくっているスギウラベーカリーの佇まいが、《それは=かつて=あった》(「手に負えないもの」)※2であるからだろうか。スギウラベーカリーが今あることこそが、あたしが失ったものを表徴している(たぶん)。※3
スギウラベーカリー
VQ1015 Entry +ファンシーフォーカス by Picnik
そしてこのお店、外観だけではなく店内も飛びっ切りなのだけれども、それは是非自分でたしかめてみて欲しい。ということで午前7時起床。浅草は晴れ。 [浅草グルメマップ]
スギウラベーカリー |
大きな地図で見る |
※注記
- いつもとは違った引用。
『父と母が互いに愛し合っていたことを私は知っている、その二人が並んでいる唯一の写真を見て私はこう思う。永久に失われてしまうのは宝のような愛である、と。なにしろ私がいなくなれば、もはや誰もそれについて証言することはできないからである。そのあとには、もはやただ無関心な「自然」しか残らないであろう。それはまことに痛切な、まことに耐えがたい別離の悲しみであるから、ミシュレはただ一人、彼の世紀の人々に対して、「歴史」とは「愛の抗議」であると考えたのである。 (ロラン・バルト:『明るい部屋―写真についての覚書』:p117)
- 『それゆえ、「写真」のノエマの名は、つぎのようなものとなろう。すなわち、《それは=かつて=あった》、あるいは「手に負えないもの」である。 (ロラン・バルト:『明るい部屋―写真についての覚書
』:p94)』
もしくは 来集軒の世界一うまいチャーハンでランチ。(西浅草2丁目) 参照 - 『ボードレールが「旅への誘い」と「前の世」(ふたつとも『悪の華』の詩篇)でうたっているのは、この二重の運動である。そうした大好きな風景を前にすると、いわば私は、かつてそこにいたことがあり、いつかそこにもどっていくことになる、ということを確信する。ところでフロイトは、母胎について、《かつてそこにいたことがあると、これほどの確信をもって言える場所はほかにない》(論文「不気味なもの」)と言っている。してみると、(欲望によって選ばれた)風景の本質もまた、このようなものであるだろう。私の心に(少しも不安をあたえない)「母」をよみがえらせる、故郷のようなもの( heimlich)であろう。 (ロラン・バルト:『明るい部屋―写真についての覚書
』:p53)