桃知商店よりのお知らせ

ノスタルジアとパトリと浅草と。

ノスタルジアノスタルジアとは、自分たちがたどり着いた場所が気に入らず、次なる目的地についてもなんの好みももたない、さまよえる人々につきものの悩みなのである。
(@ラッセル・ベーカー)


進化論から

昨日、江弘毅から宿題が届いた。

街のアウラとか、「いまーここはよそではないいまーここである」と「わたしはあなたではないほかならぬわたしである」の関係性の網の目であるみたいなことをひっくるめて説明しようと思いますが、(中略)(桃知流の)「パトリ」とは、ということを浅草の例を交えて説明してくれませんか。年末の忙しいときにすいません。

あたしは至急に仕上げなくてはならない書き物が一本あって、つまりは忙しかったものだから、あとでねー、と返事を書いた。でもそれだけでもなんなので、リチャード・ドーキンス先生の次のことばを添えてみた。

遺伝子淘汰の観念は、素朴単純に原子論的なわけではない。なぜなら遺伝子は、「容れ物」を共有する可能性がきわめて高い他の遺伝子と生産的な相互作用をおこなうことによって淘汰を生き残るからである。』(リチャード・ドーキンス:『悪魔に仕える牧師』:p339)

悪魔に仕える牧師なぜにこれを引用したのかと云えば、書き物で引用したばかりのものだったからで、開いているウィンドウから、コピー&ペーストで貼り付けたのである。

もちろんその書き物は社会学系ではなく、IT系のもので、なぜにこれがITに関係しているのかといえば、あたしのIT化とは「容れ物」をつくることでしかないからだ。まあ理由としては篦棒べらぼうであることは認める。

ドーキンス先生が云っているのは、遺伝子レベルでも「ひとりで生きられないのも芸のうち」(@内田樹)ということだ。だから進化論からのアナロジーを使って、人間を中心になにかのシステムをつくろうとするなら、「人間はひとりで生きられないのも芸のうち」を前提としなくてはならない、ということだ。

さらに付け加えるなら、その「容れ物」がしっかりしていれば、個体レベルで淘汰を生き残る可能性は高くなるということであって、つまり、町内会がしっかりしていれば大丈夫(たぶん)なのである。

しかしそれは、個々がバラバラに生きるよりも99倍は楽しいけれど100倍は鬱陶しい人生を覚悟しなくてはならない。なぜならその鬱陶しさからの自由を求めて「みんな」は個になろうとしたのであるから。

けれど、自分の地図と暦に、この鬱陶しさを上書きできる覚悟があれば、あなたも「街的」な人間となれるだろうし、そのつもりがないのなら、一生消費者(「みんな」)で生きればよいだけのことである。ただそれは大きな違いなんだけれどもね、というのがあたしの理解だ。

パトリ

それで「パトリ」である。今、日本中にいるあたしのような人間(何処へいっても異邦人)にとっては、パトリはあらかじめ失われたものでしかない。つまりパトリはない。あるのはパトリを求める欲望とパトリの機能代替えだけである。

「自分たちがたどり着いた場所が気に入らず、次なる目的地についてもなんの好みももたない、さまよえる人々につきものの悩み」であるノスタルジアは、パトリを欲望するあたしらのような者の心象である。それは別名「帰る処」だ。この「帰る処」を求める心象はノマド、ジプシー、放浪の民の共通の欲望である。

あたしはパトリに一番近いところに居たいと思う。 しかしパトリはあらかじめ失われたものでしかないのだから、本当は一番近いもなにもないのである。だから機能代替えではないパトリをもてる方はシアワセなのだ(それを壊そうとすることは「街殺し」であり自殺行為である)。

これがあたしの結論である。これであたしのパトリ観は終わりである。だから先に引用したドーキンス先生の言葉は、ではパトリのないあたしたちは、如何に生きたら気持ちいいのであろうか、ということのひとつの解でしかない。その解は「ひとりで生きられるのが自由だなんて思うのは止めなさい」である。それは「交換の原理」が共同体を破壊していくこと、個人をますますアトム化することへの抵抗、オルタナティブである。

とここで終わってしまっては、江弘毅への返信にもならないだろうから、続けて浅草について書く。浅草はもちろんあたしのパトリの機能代替えである。

ノスタルジアとしての下町幻想

パトリを求める欲望(ノスタルジア)さえ商品としてしまうのは「交換の原理」の常である。資本主義とは商品だらけ(@マルクス)のことで、それが下町幻想という商品である。浅草が人情豊かな処で、古き良き東京が残っているなんていうのは、どこかの広告代理店がつくった下町幻想(テーマパーク化)でしかない(たぶん)。

けれど下町幻想を商品として消費しているのは浅草に住んでいる人ではないく、浅草の人にとってのそれは生活でしかないわけで、あたしが浅草に住み着いているのは、そんな幻想を食うためではない(最初は幻想を食べにきたのだけれども)。以前、前田食堂のエントリーでこう書いた。

テーマパーク化

浅草のテーマパーク性を揶揄するむきもあるけれど、揶揄されて結構、浅草は確信犯なのである。浅草は世界一くいもののうまいテーマパークなのである。それも生活と見世物の区別がつかないべらぼうさをもって。まえ田(前田食堂)のたんめんとやきめしでランチ。(奥山おまいりまち:浅草2丁目) from モモログ

浅草

あたしは浅草のその確信犯ぶりに惚れているのである。それは弱さの裏返しであり、開き直りであり、バルネラブルである。浅草には、弱い個の開き直り的な生き方がある。それは、申し訳なさそうな顔をしているけれども、相当にしたたかでもある。このしたたかさは金持ちのしたたかさではない。贈与的なしたたかさである。

この街は、ル・コルビュジェ的な「輝く都市」のおちこぼれでもある。谷崎潤一郎や永井荷風が称賛したモダンとしての先進性、繁華街としての栄華はとうの昔のことである。空襲で焼け野原になって以来(というかその前からだろうが)、東京的には年中リストラ状態なのである。しかしそれでも浅草は生きている。それもかなりの強度をもって。そのしたたかさにあたしは惚れ込んでいる。

浅草は他の東京の街に比べれば、少々利己的な商売人が多い街だ。街中小さな店だらけで、それは浅草寺という究極の集客システム(子宮的構造)とそのアジール性からだが、戦後失われた共同体の、機能代替えを担った「会社」は極端に少ない(大会社ってあるのか?)街である。会社を名乗るところもあるけれど、浅草の商売人も職人も、基本的には広義の自営業者でしかない。

だからジャスコもなければヨーカドーもない。ましてやビトンやフェラガモもない。ドルチェ&ガッパーナなんて、なんのことだかわからない。けれどユニクロはある。

勤め人も少ない。24時間テキトーに過ごせる人は沢山いるけれど、24時間働けるエリートサラリーマンなんか見たこともない。いってみれば遺伝子レベルでは、あんまし優秀でもない個の集まりなのだ(今の会社至上主義の社会では、ということではだよ)。

しかしドーキンス先生のいうように「容れ物」は生存のための必要条件である。利己的だけでは淘汰を生き残ることは難しいということになっている。だから「浅草」には「町内会」という「容れ物」が必要なのである。勤め人でも会社員でもない自営業者の「容れ物」こそが町内会なのだと(あたしは)思う。つまり、浅草は利己的な街であるが故に戦略的に利他的であるのだと昔書いた。※1

別の言い方をすれば、浅草は、会社という「容れ物」がなかったから「街的」なのだということでもできる。自営業者として最大限の自己責任(リスク)をとりながら、でも町内会という「容れ物」にいることで、淘汰のアルゴリズムに負けないようにしている。だから町内会強化のためには、テーマパーク化でもなんでもやってしまう。しかし町内会に匿名はないのである。

これはじつに健気な生き方である。ほんとうは「戦略」なんかじゃないのである。ここに住んでいる人たちには、それがテーマパークだろうがなんだろうが関係はない。ただこの街のやり方なのである。ESS進化的に安定した戦略なのである。

それを、生物学も進化論も社会学も経済学も勉強しなくても、ましてや根源的に余所者であるあたしさえ知っているのは、浅草寺を中心としたこの街が持っている暦と地図のせいだ(たぶん)。だから自分たちがたどり着いた場所が少々気に入らなくとも、次なる目的地についてもなんの好みももたなくとも、浅草(町内会)の持っている暦と地図さえあれば、あたしはさまよわなくても済む。だかから、悩みはない(とは言い切れないので少ない)のである。

※注記

  1. 浅草は利己的な街なのである。だからこそ戦略的に利他的なのである。 参照 

Track Back [1]

自営業者が「街的」であるには、昼間から飲める居酒屋のある街でなくてはならない。

暗い予言で2009年は始まりましたが あたしが知っている限り、... 続きを読む

このページの上部へ

プロフィール

桃知利男のプロフィール

サイト内検索

Powered by Movable Type 5.2.13