午前8時起床。浅草は晴れ。昨年暮れに、宮崎の橋邉さんから、奥出雲がんこ村たまごかけごはんセットをいただいていた。例によってネッカリッチが関係しているものだ。※1
森林酢パワーと謳われたこの卵はたしかによろしい。黄身がプリプリしている。箸で黄身を割ると、ちゃんと二つに割れたりする。ふにゃふにゃしていないのである。
毎年、あたしの正月は、極端に質素な食生活になるのだが、たまごかけご飯は質素さの究極かもしれない。※2 がんこ村の米を炊き、たまごかけごはん用の醤油で食べるとたしかにうまい。あたしの持病にもよろしいはずだ(たぶん)。
子供の頃、あたしの家には
出荷するわけでもなく、自家消費用の鶏※3 だったので、たいした餌であるわけはない。けれどその鶏の産んだ卵と、その辺の醤油と、(今考えれば)たいしてうまくもない米、そして味の決め手は味の素※4 でつくるたまごかけご飯は、子供心にとてつもなくうまい御馳走だった。(今回は味の素を使うのを忘れた。次回は普通の醤油と味の素でやってみよう)。
いつの頃からか、家に鶏はいなくなり、卵は買って食べるモノになった。それでもまだ1個単位で売られていた卵があった時代だった(たぶん)。家の冷蔵庫の凹ケースに卵が並んでいることや、10個パックで売られているものを見たのは、ずっと後のことで、それが何時の頃かは思い出せない。けれども、卵が自給自足であった時代を知っているだけに、なんかアメリカ人になったような気がした。そのアメリカ人になったような気がするというのが高度経済成長の時代の共有感覚かもしれない。
※注記
- ネッカリッチ卵「まるひ」を厚焼きにしてもらって食べた。 参照
- ふつうは正月からこれは食べないだろうとは思う。
- 時々近所の人が買いに来ていたことは覚えている。そのときは1個10円で譲っていたように思う。それも1個か2個だった(そもそも鶏が少ないのである)。もう何十年も前のことだが卵は10円だった(たぶん)。
- あたしは食のブランドをほとんど気にしないけれど店にはこだわる。だから好きな店の卵がその辺のスーパーで売られている特売品でも、味の決め手は味の素でもいい。それは子供の頃の食生活がそんなものだったからだろうと思う。なにしろチクロもサッカリンも有りの時代にあたしは育った。