実録・外道の条件 (角川文庫)

実録・外道の条件 (角川文庫)

町田 康(著)
2004年12月25日
角川書店
438円+税


午前5時30分起床。浅草は晴れ。今日は上野に花見に出かける予定になっている。今日と明日は絶好の花見日和のはずで(たぶん)、つまり今日と明日が今年一番の花見に良き日なのであって、この日を逃したらきっと後悔するだろうから、後悔先に立たず、人混みに辟易するのを覚悟して出かけるのである。

そんな中、さて町田康さんである。

先に町田康は読んだことがないと書いた。読んだこともないのに、彼の才能は「オタク的才能」だろうとも書いた。※1 それは確信があるわけでもなんでもなく、つまりはただの想像で言ってみただけのことだ。

しかし作品を読んでもいないのに、江弘毅とのトークサロンの話だけで勝手にそんな想像をするのもなにか申し訳なく、そのトークサロンのあった日の翌日、仕事で訪れたJR兵庫駅内にある書店で町田康さんの本を探した。

そこで見つけたのがこの本であって、というかあたしにはこの本しか見つけられなかったのであるが、最初に読む町田康が、この本でよいのかどうかは知らない(今ならAmazonから届いた『告白』が手元にあるけれど)。

それで読んでみれば、町田康は、やっぱし(あたしのいう)オタク的才能だなと思う。※2

町田さんのいうミックス――つまり大阪語と日本語(標準語+方言)とのハイブリッドも堪能することができたし、予定調和が嫌いだと言っていた彼のパンクっぽいところも感じられた(ってあたしゃパンクなんてなんだか知らないのだけれども)。

そのうねうねと続く段落は「ひねり」の連続であって螺旋である。それはトリックスターだらけのキアスムが繰り返されることで――物語の展開にはキアスム(どんでん返し)はないけれど――段落単位に小さな反転が続くことで、読む者に快楽(または不快感)を与える。つまりある意味テクストがうまいのである。

しかしそのうまさというのも、新聞記者的なうまさでもなければ、学校で教えてくれる作文の起承転結でもなく、ただただオタク的なのである。その思いはテクストに散りばめられた難しい語彙を見ていて確信となった。結構面倒な漢字を使う人なのだ、この人は。

横溢、鹿十、思度計、高歌放吟、退嬰的、覚束ぬ、拘泥、厭悪、嘯く、剥落、枹……and etc.

これはほんの一部ですけれど、読めます?意味わかります?なのである。

しかし町田さんのテクストにおいて、これらの難しい漢字は読める必要もなく、なぜならルビがふってあるからで、意味は前後の文脈からある程度はわかるようになっている。

つまりこんな難しい語彙さえ、オタク的な創造では単なるデータ、ひらがなやカタカナと同じく存在するものにしか過ぎず、さらには大阪語や標準語と同じ位置にフラットに存在するものでしかなく、ブリコラージュ的組み合わせの素材として使われている。としかあたしには思えないのである。

創造性の三位一体つまり使われる素材は、大阪語も標準語もその他方言も擬音も難しい漢字もミックスされているのであって、ごった煮であり、チャンプルーであり、マッシュアップであり、ハイブリッドであり、エンコードである。

それは文体や語彙までもがそうなのであり、それ故に統一感には欠けるが、その統一感のなさこそがトリックスターなのであって、それはトポロジー的には、街中があの世とこの世の境界(つまり寺社仏閣)ばかりの京都の街が、なぜに人を惹きつけて止まないかの秘密の種明かしであり、東京のオシャレな街が資本のごり押しとマーケッティングで集客をしようとしているのこととは対局にあるものだ(たぶん)。

なので「街的」をいうあたしは、町田さんのテクストを読むのは嫌いではない。ただ読むならもっと硬質なテクストを好む というだけのことであって、好きでも嫌いでもないと書くしかないし、江弘毅とのトークショウの御題であった『言葉が奏でる大阪人』で、町田さんが、自分の文体はミックスだ、というしかなかった意味がわかる(ような気がする)のである。

※注記

  1. トークサロン「言葉が奏でる大阪人スピリット」 町田康&江弘毅。 参照
  2. 芸術作品に限らず、私たちが、なんらかの創造性を感じうるものは、「データ」と「ある規則」が働いている。TVで垂れ流される粗悪な芸でも、アニメでも、映画でも、私のテクストでも、どんな陳腐なものでさえ、「データ」があり、エンコードにおける「ある規則」が働いている。
    サブカルチャーでは、そのデコード能力の高い人達を、広義にマニアとかオタクとか呼んでいる。彼(女)らの表現は、彼(女)らによってデコードされたデータの、「ある規則」によるエンコードだと考えることができる。それを シュミラークルとかブリコラージュと呼ぶ。from デコードとエンコード。(法大EC用メモ)