2007年05月14日(月) Tweet
Picasaのコラージュ―機械的なブリコラージュの時代の創造性について。
Picasa2
午前7時15分起床。浅草はくもり。 「浅草でランチ」のヘッダー部分のデザインを変更してみた。background-image をPicasa2 の「コラージュ」-「画面パイル」という機能を使って作成しただけだが、がらっと様子が変わった。
もちろんPicasaも Googleの純粋贈与であり、Web2.0 memeに忠実に、Rich User Experiences(直感的操作性)を備えていることで、金銭的にも、技術的にも、負担をユーザーに課したりはしない(つまり簡単だ、ということだ、それもタダだし)。
画像パイル
ポロライドカメラ風のこのコラージュは、「画像パイル」と名付けられている。それは「決まりきったこと」しかできないけれども(パターン化されている)、このブログで使う素材なら、確実に提供してくれる程度の実力を備えている。例えば(↓)のようなコラージュも簡単にできてしまう。
ブリコラージュ
これは、レヴィ=ストロースの言葉を借りるなら、機械的なブリコラージュであって、それは器用仕事のことだけれども、そんな(本来)人間的な創造性さえ、今は、機械的なマッシュアップで機能代替されてしまう――「その気」さえあれば、誰もが、あるレベルのコラージュを創造できる――(だから必要なのは技術ではなく「その気」なのだ)。
Data as the intel inside
そんな時代に、私たちは、何をもって想像(創造)性というのだろうな、と思うのだが、やはり最後は、データ、Data as the intel inside しかないのである。データのないところからは何も生まれやしない。
そのことについては明日(15日)に行われる、空知建協でのプレゼンテーション教室の主題として扱うので、後日(その反省として)触れることになると思うが、つまり私達は、as the intel inside であるために、如何にデータを(自らに)集積できるのか、なのである――まるでオタクのようにね。(笑)
しかしそれさえ、「観察すること、言語化すること、バルネラブルに表現すること……によって、つながること 」でしかないのであって、例えばイントラネットの「現場状況報告」とか「ブログ」とか、「メビウスの帯の1/2×2モデル」的にそういうことを「存在することの習慣」として繰り返してきた人にはかなわないってことだろう(「考えるIT化」というのは、そのために私が考え出した方法=技術でしかないわけだ)
投稿者 momo : 2007年05月14日 08:08 : Newer : Older
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はてなの画像管理 from HPO:機密日誌 (2007年05月14日 11:11)
以前、画像が更新できずに悩んだ。 http://d.hatena.ne.jp/hihi01/20070417 はてなのフォトでは、デジカメのEXIF情報... ...





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