ブログタイムズ第1回目の今回は、2008年11月分(2008年11月1日~2008年11月30日)のランキングを発表いたします。

【調査結果】
ブログ記事広告ランキング 上位10位(2008年11月1日~2008年11月30日)

1.[渋谷&恵比寿] ランチ・ジャーナル
http://ameblo.jp/surfrider3/ 
2. DSLR デジタル一眼レフ初心者 新米パパのぶろぐ
http://ameblo.jp/nanotan/
3. WEBマーケティングブログ
http://web-marketing.zako.org/)
4. 三十路彼ナシ独女が結婚するまで日記
http://ameblo.jp/yucanaka1029/
5. デジタルマガジン
http://digimaga.net/
6. つれづれなるままに日記(田舎の空気に囲まれて)
(http://yamagatan.blog.so-net.ne.jp/)
7. Happy Days*
(http://ameblo.jp/sachi-san/)
8. Designworks
http://designwork-s.com/
9. ももち どっと こむ
(http://www.momoti.com/)
10.にゃーのダイエット日記 
http://ameblo.jp/nyadiet/

以上 from 【ブログタイムズ】 「ブログの記事広告ランキング」の発表について(2008年11月度) - 株式会社PR TIMES


あたしが面白がって書いている※1、ブログタイムズの広告記事の11月のランキングなるものが発表された(メールで連絡も来た)。そこでのあたしは9位であって、なにか落胆する。

あたしはこんなランキングがあることなど知らずに書いていたのだが、もしランキングがあったら、間違いなくあたしが1位だと思って書いていたのである(根拠のない自信である)。しかしあたしは9位である。10人しか参加していなかったら、ブービー賞じゃないか、やっぱり若い者にはかなわないな、と途端に年寄りになる。

ネットの世界は、味方が1人、敵も1人、無関心が98人である。これが10年(日本語の)ウエブの世界にいた「もしもインターネットが人口100人の村だったら」なのである。多くのサイトは、味方が0人、敵も0人、無関心が100人である(たぶん)。

あたしは、批判も称賛も、「差異」の理解と、理解している。コミュニケーションは、〈情報/伝達〉の差異の理解(@ニクラス・ルーマン)なら、それでしか、あたしは無関心の人とつながることはできないし、ブログなんていうものに、コミュニーション的な価値があるなら、そんなものでしかないと考えている。

けれどあたしは、無関心の98人に向けてブログを書いているわけじゃなく、ただ反省の次元を経由させようと努力しながら、データベース的に書いている。それは書くこと、つまりテクストの快楽への欲望でしかなく、恐ろしく孤独な楽しみとしてである。

つまり、あたしの欲望は、コミュニーションよりも、書くことでしかないのだが、それは「」に向けて書いていることで、「われわれ」に向けて書いていることでもあるだろう。その「」と「われわれ」が味方の1人であり、敵の1人である(たんなる冷やかしは敵でなければ味方でもなく、ただの「みんな」である)。

だからこのサイトには、「あたし」という頼りない一人称はあるけれど、その語りかけの先は、いつでも誰なのかはわからないのである。

その誰なのかわからない人たちを〈他者〉というのなら、あたしはウェブにテクストを晒すことで、〈他者〉に向けて、毎日テクストをはき出していることになる。

それは〈他者〉からみれば(もし見てくれるのであればだが)無駄で、未意味なことかもしれないけれど、ブログを書くということは、無駄で無意味を(あえて)やることでしかなく、それは、ウェブの気まぐれ、つまり誤配を楽しむ心象があたしにはあるからだ。

それは(制限のある※2)偶有性であり、偶有性の機能する世界なら、たとえそれに制限があっても、まったく偶有性の機能しない世界よりも、(あたしは)信頼しているということでもある。

今手元には、ブログタイムズの記事広告は、1本溜まっていて(じつは既に書き終えている)、今度こそ1位になるぞ、などと思うのだけれども、どう書いたら1位になれるのかなんてわかるわけもなく、それもまた偶有性なんだろうなと思う朝、午前6時40分起床。浅草はくもり。今晩は今年最初の忘年会の予定。

※注記

  1. 何故面白いかというと、書くことに対して制限が与えられているからだ、あたしはフリーハンド的に書くことを長い間自分自身に対して課してきた。けれど、「うんと固くしばってくれると、かえってありがたいのだ」(@太宰治:『女生徒』)は、書くことでも機能することはたしかであって、制限の中で書くことは、じつはかなりありがたいことなのである。それは「街的」を書くもだえ苦しみとは異質のモノではあるけれど。
  2. ここでの制限というのは、ウェブでは「べき乗則」が機能しているのはたしかだということであって、それを今司っているハブは、極少数の検索エンジン(の検索アルゴリズム)であるということだ。