四十萬谷本舗のかぶら寿しと大根寿し四十萬谷本舗のかぶら寿しと大根寿し


四十萬谷本舗というゴーイングコンサーン

午前4時40分起床。浅草は晴れ。これは、昨年末に大阪の「ねぇさん」が贈ってくれた「四十萬谷本舗」の「大根寿し」と「かぶら寿し」だが、「四十萬谷本舗」と書いてなんと読むのか知っているだろうか。「しじまやほんぽ」なのである。この店は1875年の創業から140年以上続く「ゴーイングコンサーン」だ。

「ゴーイングコンサーン」とは「生き延びる」ことである。ただ継続していることでる。そして「誓い」でもり、明文化された契約関係ではない。しかし、企業に不可欠な定理として存在している。この言葉を知ったのは大学生の頃で、「ピーター・F・ドラッカー」を学んでいた時に出てきた言葉だった。

ドラカー曰く、企業の目的は「ゴーイングコンサーン」なのだ。つまり、「生き延びる」会社は正しいのである(ホントか?)。

「四十萬谷本舗」は、「大根寿し」と「かぶら寿し」を作って生き延びてきた。それは凄いことだと思うわけで、140年以上、「大根寿し」と「かぶら寿し」である。その間、飽きずにこの発酵食品を作り続けてきた。飽きずにである、つまりは「商い(あきない)」なのだ。

かぶら寿しと大根寿しと云う生きている歴史

毎年「ねぇさん」からいただくのは、金沢の地からの伝統発酵食品だ。金沢の香りが浅草に届く。「かぶら寿し」と「大根寿し」、この二つを食べて、あたしは毎年年を重ねる。かつて金沢に関与先があった。その会社との往来は途絶えてしまったが、金沢市石引の「若葉」で一献したことは未だに舌が未だに覚えている。

金沢市の「おでん」は有名だ。当然にうまかったが、さすがは金沢100万石だ、と思った、浅草で食べる野暮さはない。お江戸の華は、度重なる火災や震災や戦争と、誰も頼んでない河川の改修(改悪?)で大分消えてしまったが、しかし、金沢では確かに生きているのである。そう、この「大根寿し」と「かぶら寿し」は、今も生きている歴史なのである。

四十萬谷本舗のかぶら寿しと大根寿し

四十萬谷本舗
石川県金沢市弥生1丁目17-28