桃組のこと―3月17日チーム・バイタリジェンス講話用PPT。

2007年3月17日チーム・バイタリジェンスでの講話用PPTをアップしましたのでご自由にお使いください。

桃組について

3月17日、桃組新年会でお話いただいた八木博さんのチーム・バイタリジェンスで桃組のご紹介をさせていただいた。

お題は「桃組について」であった。

桃組の目指すところ

桃組は単なる親睦団体かもしれないけれども、目指すところは勿論あって、それを簡単に言ってしまえば次の二つである。

  1. 如何に広くて薄い紐帯(弱い紐帯:weak ties)をつくるのか。
  2. 如何に交換の原理の定義付けから逃げ続けることができるのか。

〈私は〉如何にしてハブ HUB となるのか

その目標に近付く為に、〈私〉はHUBとなろうとする。ではハブであることの要件とはなにか。

  • 情報を見る能力(信頼の能力)を高める。
  • そのために情報を発信する能力(信頼性の能力)を高める。

この2つは、〈私〉の実践からしか始まらないことで、時間軸に沿って変化する〈私〉の理解を必要とする――つまり即効性はない。しかし避けては通れない。では何から行えばよいのか――それは情報を発信することである。

桃組におけるコミュニケーションの定義は、二クラス・ルーマンの社会システム理論を援用している。つまり――コミュニケーション=〈情報/伝達〉の差異の理解。コミュニケーションは情報を発信することからしか始まらない。

情報を見る(デコードする)ための思考という眼鏡(基本的なもの)

情報を見るためには「型」が必要だというのが桃組の基本姿勢である。桃組では次のような思考のメガネを使っている――これがすべてではない。これらを勉強会等を通じて勉強していただいている。

デコードの実際としてのWeb2.0の見方

上記の眼鏡を使ってWeb2.0をデコードした例。

語彙

つまりデコードには語彙が必要であることで、常日頃の情報発信(例えばブログ)こそが、HUBである私を育てる(語彙を増やす)――しかしそれは時間軸に沿った変化であることで即効性はない。

まにあ・1号さんの書いたテクスト

今回は、桃組からまにあ・1号さんが参加されていて、彼の感想を例によって無断引用。

「考えるIT化の実践?」

■反省の行為

経験を振り返りそれを可能な限り言葉で表す。
徹底的に追体験することで、それは智恵となる。

田坂宏志の言葉である。

これを「反省の行為」という。

私たちは「考えるIT化」の基底にこれを置いている。

自分の仕事を自分の言葉で語る。(書く)
自分自身を自分の言葉で語る。(日記・反省の行為)

まだ、決して自分でも十分だとは思ってもいないが、それにしてもここ(mixi)を借りて、自分なりに反省の行為を
(ほぼ)毎日続けてきて

「力が付いて来たのかなぁ?」

と感じられる時が出てきた。

■現場状況報告から学ぶこと。

北海道を離れて、外に出てみると色々な事が見えてくる。

例えば空知建協の皆さんや桃組の皆さんが取り組んでいる「現場状況報告」。写真をつけて、自分の現場を語る。

つまり、自分の言葉で自分の仕事を語ってみるという事だ。
至ってシンプル。簡単な事ではある。

しかし、実際にやってみるとこれが意外に大変な作業なのである。
外にに少しでもふれてみるとその違いが決定的に良く分かる。

自分の仕事を語ろうとすると、対象となる仕事を一旦第三者的に見る目をもつ必要性に迫られる。さらには意識の中に、自分が書いたものが他人に読まれる事を、強烈に意識せざるを得ない所がでてくる。

これは、実は半端ではないプレッシャーである。

何度も、この現場状況報告を続けているうちに、知らないうちに対象(自分の現場)を第三者的な視点でみる力が育ち、あたかも冷静な第三者がそれを見ているかのように、自分の仕事を客観視するようになる。

これがデコード、つまり、分析する力であり、語彙である。

現場状況報告はそうした、自らの、語彙・デコード能力・分析能力を高めるという極めて高度な作業であり、訓練であるという事に気づかされる。

これは、自己言及、という言葉にも置き換えられる。
つまり、自分の言葉で自分を語るという事で、これも、続けて行く事で、自分自身を第三者的に客体視し、やはり自らの語彙・デコード能力・分析能力を高める事に直結する。

■竣工PPTに学ぶ事

さらには、毎日「現場状況報告」で「反省の行為」を行いデコード能力を、半ば強制的に訓練されているだけでなく、「竣工PPT」という「表現の行為」を空知や桃組の皆さんはフツーに取り組んでおられる。

あまりにフツーで一般化してしまっているので、内側では最近、特に話題にもならない位である。

しかし、一歩引いて考えると、これも特別の作業であり訓練である。

それはつまり、自分の仕事(あるいは自分自身を)自分の言葉で第三者に表現して伝える、という作業であるという事なのだ。

一言で言ってしまえば、これは、自分自身の仕事のレビューである。(反省の行為そのものと言い切ってしまっても良いだろう)

ここでは、分かりやすく伝える為に「演出効果」まで用いられる。

自分の仕事を他人に伝える為、演出までして「わかりやすく伝え」ようとする。普通一般的な仕事の場合ここまでやるケースは稀であろう。

そして、写真や図表、そして音楽などで得られる多彩で圧倒的な情報量と説得性。

空知建協さんなどは、協会という組織をあげて会員企業に積極的に啓発と教育を実践されておられる。
その結果、「外から見ると、とんでもなく大変な事」を「やるのがフツーで、特に珍しくも無い」と事も無げにこなしてしまう。

こんな業界は他の何処を探しても・・・ない。

■つながること、そして、贈与の心

実はここが一番のポイントなのだが、この一連の取り組みは「つながり」というものを求めて行われる、という事がその特徴なのである。

つまり、建設業界だったり、建設業協会だったり、個々の企業という「閉じてしいる」環境から、外とつながるためにこの一連の取り組みが行われているという事なのだ。

閉じた円環は閉塞して明瞭に内側と外側を区別してしまう。しかし、そこに「ひねり」を加えた「メビウスの帯」にしてしまうと、そこは内側と外側の区別が無くなり、そこに「つながり」が生まれる。

空知建協さん、そして桃組の皆さんは「外とつながる」為にこれを行っている。

そして、その行為は、「短期間で見返りを求めない」という贈与の心根がその中心におかれている事もまた、大きな特徴でもある。

その場では見返りを求めず、市民社会、地域、発注官庁などにたゆまぬ貢献をさせてもらう事で、結果として自分達にいつか返って来るかもしれない、(それは返って来ないかも知れないのだ)見返りを信じて、日々貢献活動をなされている。

繰り返し、繰り返し行う事で、奉仕の心はいつしかそれが「あたりまえ」になる。

■外から見てみる

この(↑)一連の取り組みは「考えるIT化」という定義がなされ、ももちさんの指導のもと、空知建協さんでも桃組でも、当たり前のようになされている。

勿論、その為に各種の色々な訓練や、啓発、教育などが、繰り返し、繰り返し行われるのだが・・・。

一度外に出てみて、外部からその取り組みを眺めてみれば、その取り組みのレベルの高さに驚かされるのだ。

今回の出張で、私は各フェーズでその事に気づかされ、改めてそのレベルの高さに驚かされもした。

外に出て、そとから自分を見る場というものが、結果として自分(達)自身のマイルストンの到達度の確認の場となるのだ。

勉強になった出張であった。