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「菜苑」が閉店してしまったこと

午前5時30分起床。浅草は晴れ。「菜苑」が店を閉めてしまった。「菜苑」の爺さんがまだ生きている頃、あたしはまだ40代で、初めて「菜苑」を知った。そこの「たんめん」や「純レバ」を食べた。そんな風景が懐かしい。そう、このサイトを沢山飾ってきたのだ。その「菜苑」が閉店してしまった。あたしは糖尿病になってからは、余り店には近寄らなかったものだから、詳細を知らなくてこう書いた。

夕方、千束通りを歩いていた。「菜苑」には行列が出来ていた。「菜苑」は相変わらず元気なようだが、近くでマンションの新築工事が終わったらお終いかしれないな、等と思っていた自分が恥ずかしい。あたしの予想を見事に裏切って繁昌しているのだ。
http://www.momoti.com/blog4/2018/0406_053606.html

今思えば、あの人だかりは閉店を惜しむ人々だったのだなと思う。隣の「八千代堂千束通り店」も店を閉めた。どうやらマンション計画の為らしい。マンションの建築ばかりが目立つ千束通りで、商店街はどの程度機能しているのかは知らない。ただ、あたしが肌で感している、歩いている人がいなくなった、は確かなのかもしれない。うちの近くの「ニュー・フロンテ」も「丸重」も店を閉めたのだ。

浅草グルメ」を書き始めて何年になるのだろう。書き始めた頃は、浅草のおいしい店を可能な限り廻ってみたい、との思いからだったが、そのうち、ある一定の店への訪問記になってしまった。そのある一定の店も閉じてしまった店が多い。あの「菜苑」でさえ3月末で店を閉めたのだ(跡はマンションになるらしい)。
http://www.momoti.com/blog4/2018/0428_055831.html

裏浅草とあたしが呼んでいる、浅草3丁目で約3000人、4丁目で約2800人、5丁目で約4800人の人口は決して多い数ではない。その裏浅草に住んで早くも20年、年は60歳になる。台東区全体でも20万人程しかいないこの街の、裏浅草が今後栄えると云うことはあるのだろうか。吉原が元気な頃を知らない、あたしの不安なのである。

菜苑のたんめん