11月14日の〆は、岩見沢きってのアジール、雷電食堂であった。
いつものように、ホルモン、カレー・ライス、そしてラーメン。
もちろんそれらを一人で食べるわけもなく、みんなでシェアして食べるのである。
それは同じ釜の飯であることで、このアジールの空間は、強烈な子宮的構造をつくりだす。
雷電食堂では、肉体労働者のように、あぶらまみれになりながら、食べて、呑んで、語る。
私はこの子宮で酩酊してしまい、ドルチェビータ・ミニを忘れてしまった。
写真を確認すれば、殆どがぶれているわけで、どうしようもなかった、のである。