午前5時50分起床。盛岡は晴れ。7時30分の「はやて」で浅草へ帰る予定。今朝は時間もないので、ちょっと興味をひかれた記事の紹介だけをしておこう。

日本人の働き方は「タグ」と「ソーシャル」で変わる|『ソーシャル・ウェブ入門』から読み解くウェブ・広告・メディアの未来(1)

まだちゃんと読んでいないのだけれども、糸井重里的 Web2.0論 のようなものなのかな、と思う。所感は新幹線の中ででも書いていこうと思う。なので続きは、午後1番ぐらいにアップする予定。ということで、また後程。


追記

糸井さんも、Googleのことを考えていたらしい

僕の中で一番問題意識があったのは、やっぱり「グーグル(以下Google)」だったんですよ。」/Googleが登場したことの意味は、詳しい検索エンジンというところだけじゃないと思って、実際にGoogleがその後進化して、本性を表してくるプロセスを見ていると、「何か今までと違うぞ」と思ってきた。うまく説明できないけど、Googleの中には、ツリー構造じゃないものを感じていたんです。その気持ちが、わだかまりとしてずっとあったんですね。

プレモダン「ツリー構造」という語彙で表現されているものは、それは、プレモダン的なツリーの構造、ということになるだろう。(→図:浅田彰: 『構造と力』:p236)

糸井さんの感じたつツリー構造が、プレモダンであろうが、モダン→ポストモダンとやってきたら、またプレモダンのようなものに戻った、というツリーでも、どちらでもよい(たぶん日本にはその両方がある)。

そして糸井さんは、Googleの中に、ツリー構造じゃないものを感じた、というのだが、それは、真っ当な感性だろう、と(私は)思うし、私は「ツリー構造」とは言わないけれど、限定経済学でとらえきれないゴーイング・コンサーンとしてGoogleをみてきた。

その理解のために普遍経済学アプローチをつかってきた。

糸井さんはそれを、ネットワーク的にみている、ということだろうか。

まあそれはよいとして、では問題は、この「ツリー構造じゃないもの」の正体なのだ。それは、糸井さんの言葉では、「リンク、フラット、シェア」というネットの要素ということになるだろう(つまり私の言葉だと「広くて薄い紐帯」)。

HUB能力とは、広くて薄い紐帯 narrow ties――つまりリンクをつくる能力であり、コミュニケーション能力であり、つながりをつくる能力である。「円環モデル。(法大EC’06第3回講座)

タグ

糸井さんは、それを作り出しているものを「タグ」だという(正確には「タグ的」なもの、といった方がよいかとは思う)。

タグ、つまり Tagging、Social Tagging 、Folksonomyは、階層分類学としての分類ではなく、つまりユーザーの手で自由に分類する、ということだ。それは、オライリーの Web2.0 meme では重要な要素のひとつで、特に目新しい指摘でもない。

ソーシャル

そしてもうひとつ、今回出てくるキーワードが「ソーシャル」なのだが、(私は)ここで、糸井さんのはなしに興味を失ってしまった。

Tagging は、Social Tagging 、Folksonomy なのであるので、Webでのそれは、当たり前の話でしかないわけで、いまさら「Web2.0」論 の焼き直しのようなはなしにつき合う気もない。

事例には、朝日新聞と日経の記者が共同で仕事をするとか、日立と松下でもいいし、業界が異なっていてもいい。もちろん国籍も問わない。ツリー構造の組織の中で完結しない仕事をする場合、すぐに使える共同作業のインフラはもう準備されてしまった。というようなものを挙げているのだが、これもどこかで聞いたようなはなしだろう。それもだいぶ前に。

無料経済

つまり、「ツリー構造の組織の中で完結しない仕事をする」などということは、ずっと前からあったはなしだし、そしてそれは、その昔もネットを使えば可能であった。(個人事業主の私は、その昔から、そうしないと仕事にならなかったわけだしね)。

では、その昔と、Google以降ではなにが違うのか、といえば、「ツリー構造の組織の中で完結しない仕事をする」場合、すぐに使える共同作業のインフラが、今は、無料(タダ)で使える、ということだろう。

今回の糸井さんのはなしには、この視点(無料経済)が欠けている。

そのことで、Gpogleがつくりだしたツリー構造でないものの本質、を(一部)見失っているように思うし、話が妙に古臭い(たぶん糸井さんもツリー構造の中ではなしているのだろうな、と思う)。

もっとも、それは私の個人的な感想であり、ツリー構造の典型のような「お役所仕事」を持ち出せば、日本人の働き方は「タグ」と「ソーシャル」で変わる、はまだ有効な指摘だろう。IT化の最後尾を走り続けているのは、今も昔も「お役所仕事」であることは、かわりないわけだからね。

無料経済がその破壊の対象としているものは、階層なのである

そしてもうひとつ付け加えるなら、ツリー構造の意味するもの、だろう。それは階層なのか階級なのか(階層と階級は違うものだ。詳しくはそのうち書こう)。

無料経済がその破壊の対象としているものは、階層なのである。階層とは、お金に換算できるものを〈買える/買えない〉という二分コードで区分したときに生まれるツリー構造である。

Googleが破壊の対象としているのは、この階層としてのツリー構造であることで、じつはフラットなのだ、と私は思うのだが、まあ今回はこんなところで。w