あかつき
福島の桃をいただいた。
ありがとうございます。
この桃は「あかつき」という品種で、昭和27年に白鳳と白桃の交配(ハイブリッド)により福島県の農水省果樹試験場で生まれた。つまり福島生まれの桃なのである。
福島の桃は、ほとんど地元で消費されてしまうので、全戸的な知名度は山梨や岡山に比べると低いが、国内屈指の桃の産地なのである。
桃知利男の浅草的ブログ
午前6時40分起床。浅草はくもり。
先日、お客様とこんなはなしをしていた。ウェブの世界には国境はないのだろうが――特にデジタル化されたマネーにとっては――、しかし言語はあるカテゴリーの基底として最後まで機能するのではないだろうか。ウェブという宇宙に、言語は最後まで島をつくり続けるのではないだろうか。
これに関して、CNET Japanが8月8日に配信した「世界のどこかで毎秒2件ずつ誕生」--テクノラティのブログ調査という記事は興味深い。
午前7時10分起床。浅草はくもり。
「共通言語:Crowdsourcing」(三上のブログ)という記事を読んでいたら、「Crowdsourcing」という造語(指し示し)を、ミーム論的な視点で扱っていて、ミームごころをくすぐられた。
「クラウドソーシング Crowdsourcing」は、梅田望夫氏の言葉を借りれば
無数の「個」の意見を集約するシステム(『ウェブ進化論』:p206)
たまにはこういうのもいいだろうと、ねえさん日記の「ハードル」にTBします。
夢や希望に対する障害を、ハードルとか壁というような比喩を用いて表現してしまうと、追随するのが、飛び越えるとか破るという動詞になってしまい、それは多大な運動量を必要とするイメージがあって、年寄りにはなにか最初からつらいわけです。
私は、飛び越えることも破ることも体力的にはつらいので、まずひねります――キアスムですね――。つまりひねるという動詞を先にもってきてしまいます。そうすると、この動詞には、壁もハードルもありません。壁やハードルをひねってどうしましょう。(笑)
ひねりにあるのは現在と交叉点と将来だけです。神話のアルゴリズムが機能していれば、その交叉点を中心に状況が反転します。その交叉点にいるのは(外部要因=環境)もありますが、それさえも孕んだ「私」であることで希望も夢も生まれます。そしてひねりのエンジンは、年寄り的したたかさ(笑)なのだと思っています。
午前6時40分起床。浅草ははれ。
昨日は雨の中、タロとジロに会いにいってきた。上野の国立科学博物館で開催されている「ふしぎ大陸南極展2006」にその剥製が展示されているのだ。
この二頭の剥製が、そのタロとジロだ(この写真どちらがタロでどちらがジロかは忘れてしまった)。普段タロは北海道大学に、ジロは国立科学博物館に収蔵されていて、二頭が一緒になるのは八年ぶりのことらしい。
私たちが神話の異文全体を、ひとつの置換群として組織づけることに成功したあかつきには、その群を動かしている規則を決定することができるだろう。もちろんいまの段階では、その定式の近似的な表現以上のものを手にすることはできないが、将来はそれに磨きをかけていけば、そのすべての神話(すべての異文の集合体)の変換が、つぎのようなタイプの定式にしたがっていることを見出すことになるだろう。
Fx(a):Fy(b)~Fx(b):Fa-1(y)
(引用:『中沢新一:「神話論理」前夜:『レヴィ=ストロース『神話論理』の森へ』に収録:p20)